受験
やがて三年生になり、進路を考える時期がやってきた。
「どうするの? 高校」
放課後の教室、窓の外で西日が赤く校庭を染める中、サキが不安そうに俺を見つめた。
「剣道の特待生で声がかかってるんだよね?」
確かに、強豪校から声がかかっていた。全国を目指せる環境。夢のような話だ。
けれど、心の奥で引っかかるものがあった。
本当にそれでいいのか。
俺は剣道だけの道を選んでしまって、後悔しないのか。
そして何より……サキと離れてまで、勝ちたいのか。
ふと、あの日のことを思い出す。
初めて一本を決めて全身に電流が走った瞬間。
夕焼けの下で、震える声で告白した瞬間。
そのとき俺は、逃げないって決めたんだ。
深呼吸をひとつ。
「……俺、特待辞退する」
サキの瞳が大きく揺れた。
「えっ……でも、それってすごいチャンスじゃ……」
「いいんだ。俺、剣道だけじゃなくて、もっと広い景色が見たい。それに……」
言葉を飲み込む。でも視線はそらさない。
「サキと一緒に、頑張りたい」
その瞬間、サキは驚いたように瞬きをしてそして、少し震える笑みを浮かべた。
「……バカ。でも、ありがとう」
それからの日々は、まさに戦いだった。
放課後は部活を切り上げ、図書室やファミレスで勉強。
問題集を広げれば、互いに本気の真剣勝負が始まる。
「ちょっと! そこ解き方違う!」
「は? いや、こっちのやり方のほうが早いだろ!」
時には言い合いになり、プリントを奪い合う。
サキが拗ねて黙り込むこともあれば、俺がムキになって声を荒げることもあった。
でも、不思議だった。
ケンカしても、次の日にはまた一緒に机を並べている。
「昨日のとこ、やっぱお前のやり方のほうが合ってたわ」
素直に謝ると、サキは「でしょ?」と得意げに笑う。
そんなやりとりが、どんどん積み重なっていった。
気づけば、孤独に戦うんじゃなくて、二人で支え合っていた。
そして受験の日。
試験会場で緊張に飲まれそうになったとき、隣でサキが、小さくガッツポーズをしてみせた。
その仕草に救われる。
大丈夫。俺たちはここまで一緒にやってきたんだ。
胸の奥にじんわり熱が広がった。
数週間後。合格発表。
掲示板に並んだ受験番号。
俺の番号があった。サキの番号もあった。
「やった……!」
思わず隣のサキと顔を見合わせる。次の瞬間、二人同時に叫んでいた。
「うおぉぉぉぉ! 合格だぁぁぁ!」
周囲の人の視線なんて気にならなかった。
この瞬間、二人の努力が確かに報われたんだ。
そして迎えた卒業式の日。
体育館に響く送辞と答辞、友達の泣き顔。
けれど俺の胸は、不思議と悲しみに沈まなかった。
だって、これからが始まりだから。
これからサキと、同じ高校で、もっと広い景色を見ていくのだから。
式が終わり、制服姿のまま並んで歩く帰り道。
「なんかさ、まだ全然実感ないよね」
サキが笑う。
「だな。でも……ワクワクしてる」
気づけば自然と手が伸びて、サキの手を握っていた。
桜のつぼみはまだ固い。けれど、新しい春は確かに近づいている。
「高校生活、楽しみだな」
そう言うと、サキが小さく頷いた。
「うん。これからも一緒に頑張ろ」
その言葉に胸が熱くなる。
あの日灯った小さな火は、今や大きく燃え広がり、未来を照らしている。
悲しみよりも希望。
別れよりも始まり。
中学最後の日、俺とサキの気分は最高潮に達していた。
並んだ影が、春を待つ道に伸びていく。
そこには確かに、二人で紡ぐ青春の続きがあった。




