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シトラスの香り

金曜の夕方、要珈琲店で本を読んでいると、聡さんがカウンターから顔を覗かせた。


「コムギちゃん、明日って何か予定ある?」

突然の質問に、私は本から目を上げて固まる。


「 ……特に、ないです」

「そっか。実はさ、古書店の店主から連絡があって、面白い本が入ったって。週末に一緒に覗きに行かない?」


彼の声が響くと、店内に漂う珈琲の香りが、いつもより甘く感じられた。その甘さは、心の高鳴りに他ならない。


「私と……ですか?」

「うん。君、本好きだし、こういうの楽しめるかなって思って」


聡さんが少し照れたように笑う。

その笑顔があまりにも魅力的で、私は思わず頷いていた。


「行きます」

「よかった。じゃあ、明日、店の前で11時に待ち合わせね」


彼がそう言って、コーヒーを淹れに戻る。

私は膝の上の本をたたみ、ぎゅっと握った。


「また一緒に」と約束したけれど、聡さんに誘ってもらえるなんて。


その夜、部屋で何を着ようか迷いながら、鏡の前で何度も髪を整えた。


「デート、じゃないよね……ただの本屋巡りだよね」


心臓がうるさくて、眠るまでずっと落ち着かなかった。





週末、約束の11時に要珈琲店の前で待っていると、革ジャン姿の聡さんがバイクで現れた。


「おはよう、コムギちゃん。乗って」

「え、バイクで?」

「うん、古書店までちょっと距離あるから。安全運転は得意なんだ。安心して。」

ヘルメットを渡され、私は少し緊張しながら彼の背に手を回した。

彼の休日だけ纏うシトラスの香水が脳天を直撃しわたしから冷静な思考を奪う。


「こんなの、物語みたいだ」


小さく呟くと、その声は風に乗って消え、彼に届くことはなかった。

けれど、そんなことはどうでもいいと思えるほど、彼の背中にしがみついているという事実が、私の心を高揚させていた。


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