反抗
夜、部屋に戻るとまた携帯が鳴った。
画面に「母」と表示され、私は深呼吸した。
受話器を取ると、案の定、キンキンした声が飛び込んでくる。
「コムギ、また本ばっかり読んでるんじゃないでしょうね?」
いつもの調子。
でも今日は、黙っていられなかった。
「お母さん。私にとって、それは『くだらないこと』なんかじゃない。私だけの時間で、私にとって大切なものなの」
「たとえ、それがお母さんの言う『駄目なこと』だとしても、私が私のペースで、必要だと思える時に、自分で終わりを決めたいの」
母が息を呑む音が聞こえた。
「……何を言ってるの?」
「私は、お母さんの言う『ダメな子』かもしれない。でも……少しずつ、自分の足で立って、自分の人生を歩き始めているの。だから、もう、私を縛り付けないで」
言葉を吐き出した瞬間、心臓が跳ね上がった。
それは、長年心の奥底に閉じ込めていた何かを、ようやく解放できた安堵感と、これから始まる新しい日々への微かな期待が入り混じった、複雑な感情だった。
母はしばらく沈黙した後、絞り出すように「……そう」と呟き、電話を切った。
受話器を置いた静寂の中、初めて心の奥底に絡みついていた鎖が、ゆっくりと解けていく音が聞こえた気がした。
電話を置いて、鏡を見た。
そこには、いつも疲れ切っていた私の姿はもうなかった。
代わりに、少しだけ希望の光を宿した、新しい私が映っている。
「私、変われるのかな……」
呟きながら、鞄から栞の入った本を取り出す。ページを開くと、鮮やかな物語の世界が広がった。
かつて、現実逃避の手段だった楽しい物語は、いつの間にか私の日常を彩る、大切な脇役へと変わっていた。