表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二話

※この作品は全年齢向けですが、ヒロインが「ちょっと大人な小説」を読んでドギマギする描写があります。

真面目な顔で変なことを聞く婚約者と、心の中で絶叫する令嬢のすれ違いラブコメです。

苦手な方はご注意ください!



 サフィーナ・カレストリには婚約者がいる。

 名はダリオ・クライドス。

 二十六歳の若さで王国騎士団団長を務める彼は、クライドス公爵家の次男にして、冷静沈着を絵に描いたような人物だった。


 とはいえ、この婚約は典型的な政略結婚であり、公爵家の一人娘であるサフィーナの家に、クライドス侯爵家の次男であるダリオが婿入りするという形で取り交わされたものだった。

 ふたりのあいだに恋愛感情らしいものは今のところ見当たらない。

 会えば丁寧に言葉を交わすものの、もともと会話が得意ではないふたりは、いつも数分と経たずに沈黙が訪れる。


 無言の時間はどこか居心地が悪い。けれどきっと、彼も同じ気持ちなのだろう――そう思うことで、サフィーナは少しだけ心を落ち着けていた。



 本来であれば、今日はダリオと顔を合わせる約束の日だった。

 だが、朝になって微熱が出たサフィーナは、両親の過剰な心配により面会を取りやめ、屋敷に医者まで呼ばれる騒ぎになっていた。本人はというと、そこまでの体調不良ではなく、むしろ静かに新作小説を楽しめることに胸を躍らせていたのだ。



(今日の新作は……ふふふ)

 うきうきと本を手に取ったその瞬間、使用人から唐突な知らせが届く。


「クライドス様がお見舞いにお越しです」



 あまりに急な訪問。通常であればありえないことだが、今日の面会を一方的に断った手前、文句など言えようはずもない。

 サフィーナは慌てて身なりを整えると、ダリオを自室へ通した。



「……大丈夫か」


「はい、おかげさまで……もうずいぶん楽になりました」


 あたりさわりのないやり取り。しかしそれきり、言葉は続かなかった。



(……もし獣人に例えるなら、夜の森に潜む黒狼……牙も毛並みも、誰よりも威厳に満ちていて、けれど誰にも懐かない――)

 そんな妄想にうっかり深く沈みかけていたそのとき、不意に彼が口を開いた。


「君は、本が好きなのか」


「ええ、本は……好きですが……」



 そう答えかけたとき、サフィーナの血の気が引いた。

 ダリオの視線が向いていたのは、彼女がさきほどまで抱えていた“あの”一冊――『獣人伯爵の夜伽は檻の中で』だったからだ。



(なにか言わなくては……なにか……)


「どういう本か、見せてほしい」


「えっ、あっ、ま、待ってください、それは――っ」



 止める間もなく、ダリオの手に本が渡り、彼は無造作にページをめくる。



(ばれた……終わった……こんな慎みのない女、婚約破棄。むっつり令嬢と噂され、社交界にもいられず、最後は修道院行き……)



「“欲望を刻む牙”……とはどういう意味だ?」


「……はいっ?」


 唖然とするサフィーナ。



「そっそれは……いわば情動を濃縮したような、表現上の装飾とでも申しましょうか……」


(いけるかもしれない……!)



「これは平民の流行を知るための、いわば資料として……」


「なるほど。君は勤勉なんだな」


 思いがけない賞賛に、サフィーナの心は混乱する。

 だがそれも束の間、ダリオはさらに追い打ちをかけるように言った。



「では、俺にもこの本の内容を教えてくれないか」



 その瞬間、サフィーナは本気で「どうか高熱にうなされて、意識を手放せますように」と天に祈った。

 しかし、祈りは届かず、彼女の意識は恐ろしいほどはっきりしていた。




続きは明日の21時に投稿予定です!

楽しんでいただけたら、評価で応援してもらえると嬉しいです!

次の創作のモチベーションになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ