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半透明の影  作者: 穏田省吾
療養編
37/37

日常へ

 

 早朝の街中。

 俺は門を目指して走る。


 空か……いい天気じゃないか。


 今日は曇り一つない晴天。

 柔らかな陽光が心地よい。


 もう寒い朝ではなかった。

 春が近づき、気温が上がっているようだ。


 体も調子が戻り、もう痛みもない。

 長い療養は、ようやく終わったようだ。


 俺は内心で、昨日の神父とのやり取りを思い出していた。


 ・

 ・

 ・


「僕は、どうすればいいですか?」

「……まず、主をあなたを心に受け入れてください。

 日々の折々で主に感謝を捧げてください。

 過去も未来も関係なく、今ある日々をただ、誠実に生きてください。

 そうすれば、おのずと道は開かれるでしょう」


 そう言って、神父は一冊の聖書をくれた。


「たとえ身近に、人の皮をかぶった獣がいたとしても、

 誠実に日々を過ごせと?」

「だからこそ祈り、勇気を求める事です。

 だからこそ、堂々としている事です。

 戦うべき術は、ここに既に記されているのだから」

「……」


 俺はもらった聖書の表紙をさすった。

 隣にいるリディアが口を開く。


「書が読めなければ、私たちがあなたの口となり、読み聞かせましょう」

「……ありがとうございます」


 俺が立っているのは、まだ山のふもと。

 これから一歩ずつ、上っていくのだ。


「ちなみに、悪夢に対処するいい方法は無いですか?」

「ええ。ありますとも。

 聖書を枕にして寝てください。ぐっすりですよ」

「まあ、またそのような。

 司教様に怒られてしまいますよ」


 辺りに笑い声が響いた。


「忘れないでください、ユーヤ」


 神父の目が俺を見る。


「主は、貴方のそばにいます。

 祈れば常に、語りかける事ができるのです」


 ・

 ・

 ・


 今思えば、どこかで意地を張っていたのだろう。

 この世界まで来てから、心までは染まっていないつもりだった。


 どこか、周囲と俺は違うと思っていた。

 今は、それも諦めがついた。



 この街で……いや、この世界で、もう一度やり直そう。


 未来も過去も関係ない。

 どんな問題が待っていても、トレバーも関係ない。


 なげやりになるのは、もうやめだ。


 人生は、常に戦いの、選択の連続だ。

 毎日の小さい言動、そのすべてが戦いだ。


 だからこそ自分を律し、選択のひとつひとつ、

 戦いのひとつひとつを積み重ねていくのだ。


 もう一度、真剣にこの世界を生き抜いてみよう。

 今ある日々をただ感謝し、誠実に向き合おう。


 諦めるのは、それからでもいいはずだ。


「ふぅ……」


 眼前にはどこまでも続く青空。


 しかし景色とは裏腹に、脳内にはカーブルトとの旅路を思い出していた。


 唐突に森に飛ばされ、危険な暗闇の冒険が始まった。

 カーブルトと身の毛もよだつような旅路を歩んだ。


 残念なことに、都市に着いてからも辛い旅は終わっていなかった。

 馴染めない文化、職場、同僚。


 ずっと、何かの悪夢を見ているようだった。


 門兵を恨み、教会を恨み、軽視と哀れみの目を向ける町の人々を恨んだ。

 寝れば悪夢にうなされ、起きれば現実に引き戻された事を恨んだ。


 日々、この悪夢から、辛い旅から目覚めるよう祈った。




 でも、今になってようやくその旅が終わった気がする。


 胸いっぱいに吸い込んだ空気が美味しい。


 どこか夢見心地で浮ついた感じが無くなった。

 今ここに、この地面を歩んでいるのだと、

 この世界で息づいているのだと、確かに感じられた。


 もう一度だけ、やり直してみよう。


『この世界で生きるのは確かに色々と大変だ。

 俺たちみたいな異邦人は特にな。

 ただ、かといって弱気になるのはよくない。


 もう少し肩の力を抜いてみたらどうだ?

 身構えていると機会を逃す。

 少しだけ踏み込んでみろ、案外、うまく行くかも知れないぞ?』


 カーブルト。

 俺は、確かに踏み出しだんだ。

 確かに、行動したんだ。


 うまくいくか分からないが、やってみるよ。

 せっかく、あんたからもらった命だ。

 もう少し、あがいてみるよ。


「おーい、ユーヤ。早くしろよー」


 前方からフォルが能天気に呼ぶ声がする。

 兵舎に到着すると、案の定、すでに門兵達は集まっていた。


「……」


 どうしても、足が遅くなる。

 この前の失敗の事。

 トレバーの事。

 それを考えると、足が進まなくなる。


「……」


 俺は心の中で、祈った。


 主よ。

 私に恩寵をお与えください。

 私に勇気をお与えください。

 その曇りなき瞳を、一時でも貸し与えてください。

 感謝します。

 主よ。




 ……よし、行くか。


 ・

 ・

 ・


「おいおい、またギリギリか?

 近くに引っ越して来たらどうなんだ?」


 到着してすぐ、呆れ半分にトマスがそう言った。


「すみません!……それと、皆さん!ちょっといいですか?」

「ん?」

「何だ?」


 近くにいた門兵達がこちらを振り返る。


「先日は自分のミスで高価な荷物を破損させてしまいすみませんでした!

 今後は同じことが無いように気を付けます!」


 勢いよく頭を下げて、大きな声で謝罪する。


「「「……」」」


 少しの間沈黙があった。


「人間である以上ミスはする。起きた事は仕方ない。

 ただ、請求関連で少し話があるので業後に兵舎まで来い」


 そう言うのはエルドだ。

 思ったより厳しい言葉はかけられなかった。

 でも賠償の話は怖いな……


「へっ まともな謝罪程度はできるようになったか」

「……次は頼むぞ?」


 トマスは相変わらず嫌味っぽい言い方だ。

 ロジェは釘を差してきた。


「……そんな大きな声だして傷に響かないですか?」


 ジラールは逆にこっちの心配をした。


「いや、俺もフォローしきれなかったからな。

 ……と言うか頭なんて下げなくてもいいぞ。上街の連中じゃあるまいし」


 トレバーも許してくれるようだ。


「いいけど、体調はよくなったのかよ?また途中帰宅だと困るぜ」

「……」

「……」


 フォルも体調の心配をしてくれた。

 ブロンとベルナールは、いつものようにどこ吹く風だ。


「よし、じゃあ今日も業務開始だ!準備を行え!」

「「「「はい!」」」」


 エルドの号令と共に一斉に門兵達が動き出す。

 俺は今日も荷物検査役だ。


 一生懸命働いて、この前の汚名を返上するぞ。


 ・

 ・

 ・


 急いで朝のラッシュを捌くため荷物検査をしている途中。

 周囲の門兵達がざわつき始めた。


「!」


 見ると、そこにいるのは異邦の剣。


 手に持った麻袋からは、生臭い血の匂いがただよっている。

 4人とも眼光鋭く、体中に獣か人間のものか分からない血が付いている。


 周囲の入市者からも恐れられて、恐怖と嫌悪の視線を受けながらも、

 それでも彼等は堂々としている。


 彼等の雰囲気を見ていると、10歳上と言われても信じてしまいそうだ。

 流民が恐れられるのも、分かる気がする。


 おっと、変な偏見を持つのは良くないな。

 新しい鏡で対応しよう。

 同じ外国人同士だしな。


「またあの連中か。下手に異形共を刺激しやがって」

「そんなに戦いたいなら前線にでも行けってんだ……!」

「流民共が、デカい顔しやがって」


「……」


 周囲の雑音に眉一つ動かさず、彼等は門へ進み出た。

 門兵達はたじろぎながらも検査を行う。


 血生臭い麻袋を見て戸惑うベルナール。

 俺は代わりにその麻袋を手に取って中身を見た。


 一瞬、R18に指定されるようなスプラッター映像が映るも、

 確認してすぐに麻袋を戻す。


「はい、中は異形の血と肉で間違いありません。お進みください」

「……」

「……」


 門兵達と異邦の剣の面々が、目を丸くしてこちらを見た。


「それじゃ、これで検査は完了だ。

 装備を取って先に進んでくれ」


 トレバーがそう言うと、異邦の剣の面々は装備を着け始める。


「おい、確かユーヤとか言ったか」


 すれ違う途中、ゴルカが声を掛けてきた。


「数日合わない内に何か雰囲気が変わったか?

 前は飢えた獣のような目をしていたが、何か度胸がついたと言うか……」

「う、飢えた獣ですか?」


 なんだァ?てめェ……


 飢えた獣はお前達の方だろ。

 もちろん、そんな事は口には出さないけど。


 と言うかそんな風に見られていたのか?

 確かにメンタルの不調は酷かったかもしれんが。


「確かに、雰囲気は変わったかもしれないですね。

 少し、考えが変わりましたから」

「……そうか。薬でハイになっているわけじゃなさそうだな」

「あれ~、新人門兵君、前みたいに腰抜かしていたのが急成長だね~」


 浮ついた雰囲気の、弓を背負った女性メンバーが茶化した。


「余計なお世話です」

「ハハハ、すまなかった。すねるなよ。じゃあな!」


 ゴルカ達は笑いながら門を通って行った。


 全く、ヒヤヒヤさせられる奴等だ。


 元気で強いのはいいんだけどね。

 そこだけ、見習わないとな。


 これからはただ苦手意識を持ち続けるのではなく、

 付き合う術を見つけていかないとな。


 新しい価値観で、新しい見方で問題に取り組んでみよう。

 例えば、トレバーとの付き合い方とかも――――は?




 背後で大きな落下音。

 同時に、地面から振動が伝わって来る。


 ぎょっとして振り返ると、門の格子が降ろされていた。

 その中で、閉じ込められて右往左往している異邦の剣の面々がいた。


「おい、どうなってる?!」

「ふざけんな!」



 何が起きたのか理解が追い付かない。

 荷物検査は問題なかったはずだ。

 何が――



 呆然とする人々を前に、トレバーがゆっくりと歩み出る。



 新しい戦いは、近付いていた。


第三章 完

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