巨人と人
「……」
教会に入ると、すでに礼拝堂には多くの人々が座っている。
合唱も始まっている。
どうやら、すこし遅刻したようだ。
平日という事もあり、座る場所には空きがある。
俺は適当に、目立たない後方の席にすわる。
「こんにちは、皆さん。今日も皆さんの顔が見られて嬉しいです」
教壇のエタンは、今日も笑顔だ。
昨日、汚れた格好で籠を背負って門を通ったのを見た。
お金に余裕がないのだろうか。
肉体労働だけでなく、説法も考えないといけない。
神父も大変だ。
「我々の人生は道のように続き、いつかある場所にたどり着きます。
主は、我々のために道を整えてくださいます。
それを知った時、あらゆる物事への態度、見方が変わり始めます。
ただ、彼につき従うには教えを受け入れ、自分自身を見つめ直さねばなりません」
教えを受け入れれば、生まれ変わったように良い人間になれるという事だろうか?
大げさな話だ。
「今日お話ししたいのは、教えを受け入れる事によって生まれ変わった一人。
剣の聖者リカルドについてのお話です。
随行六聖の一人であり、何度も救世主様を守った素晴らしい人物でした。
旧神族の神官や、獣たちを何度も打ち払ったのです。
では、そうなる前の彼はどうだったのか、少し見ていきましょう」
俺はあくびを噛み殺した。
二日続けて、物騒な話を聞くことになりそうだ。
「まだ救世主様が偉業をなす前、唯一神教は弾圧され、
遠き辺境の小国にひっそりと息づいてきました。
リカルドはその地で7人兄弟の末子として生まれました。
霊的に優れた予言者は生まれ来る救世主様の旅路を予期し、
彼を助けるための少年を探していました。
予言者はある家に入り、父親にそれを伝えました。
すると、父親は7人中6人の兄弟を呼び寄せました。
『これが私の息子たちです。この子らの一人が成し遂げるでしょう』
しかし、予言者は一人一人を見て、この中にはいない、外にだれかいないかと尋ねました。
父親はしぶしぶといった様子で一人の子供を連れて来ました。
やせた子供で、羊の面倒を見させているとの事でした。
それが、若き哀れなリカルドの姿でした」
へえ。
英雄も、四六時中英雄という訳ではないらしい。
「リカルドは父親の期待に叶わず、拒絶を味わった人物でした。
孤独を感じていました。
しかし、主は彼にも道を整えていました」
何とも慈悲深い神様な事だ。
俺の為にも、せっせと通る事のない道を整えているのだろうか?
「予言者はリカルドの髪に油をそそぎ、彼こそがそうであると宣言した。
その日から彼の上には導きの霊が臨みました。
油を注ぐと言うのは、その人に権力を与える意味があります。
今では叙階や名家の代替わりの際など、人々が次の座に就く際に用いられます」
油……?
髪がベトベトになりそうだ。
俺ならすぐに風呂に入りたいね。
「この部分に関して聖書にはこうあります。
『おお、主よ。私の人生の意味はここにあったのか』とリカルドは言いました。
リカルドの人生はその瞬間のために準備されていたのです。
それは知らず知らずに、私たちにも起こりえます。
人はどうして自分にこんな不幸がふりそそぐのかと恨みますが、
これが主に与えられた試練だと考える事が大切です。
試練を通して、主の御手から油が注がれているのです」
俺は少しだけ苛立つ。
俺の身に起こった事も、試練だと言うつもりか?
あんな理不尽な事を、ありがたがれと?
もし神がいるとして、どうしてあの女に天罰を下さない?
……いや、あまり熱くなっても仕方ないか。
ここには治療のために来ているだけ。
もっと言えば、音楽を聴きに来ているだけ。
そう割り切ろう。
その方が楽だ。
「また、この事から私たちは「時」について学べます。
リカルドが立派な戦士となって主の随行が許されるまでに10年以上の歳月がかかりました。
その間、彼には多くの訓練が必要でした。
戦いの訓練よりも、信仰を学び自己を見つめ直すことが第一でした。
はやく悟りたいとはやる気持ちを抑え、じっと学びました。
そうする事によって、彼に知恵と臨在がそそがれたのです」
「神父様!俺が悟りを開くのにあとどのくらいかかりますか?」
いつものお調子者の少年が声を上げる。
「聖リカルドですら10年以上かかったのです、あなたはあと90年位かも知れませんね」
「うええ、先にお迎えが来ちゃうよお!」
「こうして、リカルドはゆっくりと準備を進めました。
その後は皆さんもご存じの通り、救世主様の旅に同行し、多くと戦いました。
今では彼の名前は有名ですね。
ここでもう一つ、リカルドがまだ訓練中だった間の出来事についてお話したいと思います」
まだあるの?
「まだ信仰の訓練中であり、無名の人であった頃。
リカルドは父親の命令により、街を守る兵士となった兄たちに荷物を届けに行った事がありました。
この時、彼の都市は中央大陸からやってきた竜や巨人を信仰する異教徒と戦っていました。
リカルド自身はまだ少年だったため、徴兵されなかったようです。
彼が前線に到着した時、その景色を見ました。
異教徒の軍から、3メートルはあろうかという巨人が姿を現したのです!」
人々がざわざわと話し込む。
3メートル級か。
15メートル級じゃなくてよかったな。
空飛ぶカミソリソードもなさそうだしな。
「たくましい体に、青銅の鎧をまとい、大人の身長ほどの盾と矛をかかげた巨人は叫びました。
『お前達の中で俺を倒せるものがいるなら、俺達はお前に屈しよう!」
その声は辺り一面に響きました。
そしてリカルドは、それを聞いた味方の人々がうつむき、おびえている事を知りました。
兵士たちの心には、既に敗北がよぎっていたのです」
そりゃ、そんな化け物がいたらな。
俺ならとっくに逃げ出してる。
「ただ一人、リカルドだけはそれを聞いて怒りました。
リカルドは信仰の訓練をしており、多くを学び、それに則った生活をしていました。
この中でただ一人、リカルドだけが信仰の目線で物事を見ていました。
周囲に影響されず、自分の心の中の声だけを聞きとっていました。
幼い頃、多くの拒絶を受けて内気だった彼は、もうそこにはいませんでした」
何を基盤に自分を構築するか、か……
そう言えば、そんな話も前にしていたっけ。
「リカルドは味方に叫びました
『何をしているんだ!誰がこんなことを望むのだ!』
しかし、それも仕方ない事でしょう。
敵の巨人は二か月もの間、毎日前に出て言い続けたのです。
『俺に一騎打ちで勝てる奴はいるか?
勇気のある戦士はいないのか?
お前達は臆病で、女子供にも劣る存在だ!』
ここで学ぶことがあります。
体の外から何度も暗い言葉を投げかけられれば、やがて体の中もそれに侵されてしまう。
だからこそ、我々は自分の心を守らないといけない。
リカルドは既に拒絶を経験し、そして訓練していました。
彼は自分の心に根差す、信仰に注意深く耳をかたむけました。
巨人は二か月間、暗い言葉を投げかけましたが、
リカルドはそれ以上の日数を費やし、毎日、書を読み訓練しました。
自分の体の外側の物より、内側にあるものこそ、優先するべきだと知っていました。
……昨日の話と同じで、困難に打ち勝つ類の話だろうか。
説教臭さもいい所だ。
昨日のジラールへの失言が無かったら、頭に血が上っていただろう。
「リカルドは言いました。
『あの無礼な巨人は誰だ!俺が打ち倒してやる!』
それを聞いて兄たちは怒りました。
『お前は何様のつもりだ!愚かな弟よ!
俺達よりも、お前のような奴が強いと言いたいのか?』
リカルドは更に問いました。
『その巨人に勝てば何をもらえるのか?』
兄弟たちは更に怒りました」
頭じゃなくて、火に油を注いでないか?
「リカルドは仕方なく、軍を率いていた将軍のもとを訪ねました。
『私こそがあの巨人を打ち倒すもの、して、そのあかつきには何を頂けますか?』
『お前のような、背の低いただの少年に何ができよう?
かの巨人は少年の時から既に戦士だったのだ』
『若いからと言って、私を見下さないでください。
信仰や知恵は、必ずしも年齢に比例しないのです。
私は幼い頃から羊飼いでした。獅子や熊が現れ、時に子羊をさらえば、
私は犬と共に追いかけて打ちかかり、子羊を取り返してきました。
たてがみを掴みかかり、何度も組み合ったのです。
あの無礼な巨人も、それらの獣の一匹となるでしょう。
そして何より、私には見守ってくれる方が、常に側に臨まれているのです』」
勇ましいな。
でも巨人に勝てる作戦はあるのか?
誰もが、望郷の騎士のように強いわけじゃないはずだ。
「将軍は仕方なく、リカルドに鎧や武器を着させようとしました。
しかし、若きリカルドは鎧が重く満足に動けなかったため、鎧を捨て去りました。
彼には既に、信仰という見えざる鎧をまとっていたのです。
それは精神的な世界で、誰よりも立派な鎧でした」
初期装備のままボス戦突入か?
いきなりキングは取れねえだろうよい。
「リカルドは地面の石をいくつか拾い上げて巨人と対峙しました。
巨人は前に出て、リカルドを見下しました。
『小人の兵士がいるとは知らなんだ。
さあ、来い。お前の肉を空の鳥、野の獣の餌にしてくれよう!』
『私の信仰と、将来仕える主の名の下にお前に立ち向かう。
お前を倒した後、お前の軍を空の鳥、野の獣の餌にしてくれよう!』」
本当に戦うのか?
「続けてリカルドは言いました。
『私は見ての通り武器を持たぬ!
主の御力があれば、剣や槍など必要ではないのだ。
ここに集まった、全ての者はそれを知るだろう』
巨人はそれを聞いて大笑いしました」
武器も持たず何言ってんだ。
完全に自殺志願者だと思われてるぞ。
「巨人が腹を抱えて大笑いしている最中、
リカルドは腰元にしまっていた石投げ紐を素早く取り出しました。
そして、先ほど拾った石をすばやく紐にはさんで飛ばしました。
それは巨人の頭に命中し、食い込んでうつぶせに倒れました」
は?
「リカルドは剣も持っていなかったので、巨人に走り寄ってその剣を取りました。
剣を引き抜いて、とどめを刺したのです。
それを見た異教徒たちの軍は逃げ去りました」
……展開が急すぎて理解が追い付かない。
要は自分の外見と言動で油断をさそい、わずかな隙をついて巨人を倒したのか?
少なくとも、理不尽に強い望郷の騎士と違い、
ちゃんと頭をつかっている。
こちらの方が、まだ分かるといえば分かるが……
「こうして、リカルドは巨人に打ち勝ちました。
そして、それを見ていた兵士たちの心を縛っていた鎖も、引きちぎったのです。
数年前の、拒絶を感じていた頃のリカルドでは成しえなかった。
毎日少しずつ学び、それを信じ、新しい視点で物事を見られるようになった。
体を訓練した兵士に、心を訓練した者が打ち勝ったのです」
・
・
・
俺はようやく話から解放された。
人々はまだ、神父や修道女達と親しげに話している。
治療について聞けるタイミングはなさそうだ。
俺は長椅子にもたれかかり、無気力に眺める。
リカルドと望郷の騎士。
何者かになれた人物の話を二日続けて聞いたせいか、気分が重い。
俺も何かやってみるか?
例えば、この能力を使い、夜の内に内門を抜け、砦に侵入し、
複数の護衛の目を避けて、あの次女にやり返す?
……到底無理だ。
半透明の能力は、戦いが強くなるわけじゃない。
多少、見つかりづらくなる程度のはずれ能力。
灯りがあれば影が浮かびあがる。
雨が降れば姿が浮かびあがる。
物質が透明化できない以上、武器も持てない。
捕まって正体が割れれば、それで終わりだ、次は無い。
それに、そうまでしてやり返す気力もない。
復讐した所で、貧困等の問題が解決するわけでもない。
何者かになれた二人とくらべ、俺は王国民にも、流民にもなれず、
復讐者にもなれず、門兵にすらなり切る事ができなかった。
かと言って冒険者になり切るには、度胸と腕前が足りない。
どれかになろうとしても、なりきれない。
親も兄弟もいない。
ヒロインも師匠もいない。
着の身着のまま、来たくも無い世界に放り出された。
俺は、どうしたらいい……!
俺は一体何者だ?
何だったらなれる?
ああ、不安だ。自室に帰りたい。
少なくともあそこにいる時だけは、俺は何者でなくても許されるのだ。
「あれ、ユーヤ……くん?」
「!」
俺はその声を聞いて、ぎょっとして振り返った。
「ランドンさん……」
目立たない色だが、手入れの行き届いた正装。
そのそばには、同じく正装に身を包んだ奥さんらしき人がいる。
それと、まだ6,7歳程度のぷっくりとしたほっぺの男の子がいた。
直接話すのは、リンチ事件以来だ。
正直に言うと、かなり気まずい。
「あなた、あの人は?」
妻からの問いに、ランドンは少しうろたえながらも答えた。
「あ、ああ、彼はユーヤくん。
同じ門の後輩なんだ」
「あら、そうだったの。ちゃんと説明してくれればいいのに。
どうも、うちの主人がいつもお世話になっています」
「……いえ、こちらこそ、門兵のユーヤです。
冒険者ギルド経由で働いています」
「どう?うちの旦那は職場では頼もしいかしら?」
「そうですね。まだ経験が浅いので、色々お世話になっています」
俺はとりあえず調子のいい返事をする。
「なら良かった。元々気が強い方じゃないのに、職がないからって門兵なんて危険な仕事を始めてねえ……大丈夫ならいいんだけど」
「おい、聞こえてるよ」
ランドンがツッコミを入れる。
阿吽の呼吸だ。
「おにーちゃんもへいしさんなの?」
子供が質問する。
「一応、そうなるかな……」
そう言うと子供は分かりやすく笑顔になって、嬉しそうに体を揺すった。
男の子は大体、戦いとかに夢見がちよな。
兵士と言っても、役立たずもいい所だが。
「おそとのおばけさんとたたかったことあるの?」
お外のお化けさん……
壁外の、名も無き獣や死者達の事だろうか。
「もちろん、あるよ。
ずっとまえにお外を歩いていた時に、たくさんのお化けと戦ったんだ」
この腕に剣を握り、危険を切り抜けてきた。
もう、何年も前の出来事のようだ。
今もう一度、壁外に追い出されたら……
今度こそ生きて帰れないだろう。
「すごい!すごい!」
子供はまた嬉しそうに体を揺らした。
子供は純粋だ。
「こら、ここは教会だから静かにしなさい」
ランドンがそう諭すと、子供はしゅんとした。
「僕はちょっと彼と話したい事があるから、先に教会を出てくれないか?」
「分かったわ。それじゃ、先に言っているわね。
それじゃユーヤくん。よかったらまた子供と遊んであげてね」
「へいしさん、ばいばーい」
「どうも……」
そう言い残して、二人は礼拝堂の出口に向かっていった。
「隣、いいかい?」
「ええ、どうぞ」
そう言ってランドンが隣にすわる。
「……」
「……」
少しの間、気まずい沈黙が続く。
最初に口を開いたのはランドンだった。
「家族がお騒がせしたね。
不死公の侵攻が始まる前、僕は商隊の一人として色々な都市を行き来していたんだ。
双塔城、色彩の都、南部の波打つ黄金の麦穂畑に、半島にある古き湖畔城、王都の色々な催し物。
今では、どこもたどり着くことすら難しくなってしまった。
妻と会ったのも、そんな旅先の一か所だった」
「……」
ランドンはうつむきながら続ける。
「戦況が悪化するにつれ、各地に盗賊や異形が現れ始めた。
王都の統制が効かなくなり、地方領主達が勝手に振舞い始めた。
商品の価格や護衛費、通貨の価値や各地の関税率が目まぐるしく変動した。
そして行商人を続けるのが難しくなった。
行商人は辞めざるを得なかったけど、僕は家族だけは守りたかった。
慣れない門兵の仕事も、何とかこなしてきたつもりだった。
僕は、僕は……」
「ランドンさん。もう、いいですよ」
どんどんと早口になり、言葉が詰まるランドン。
俺は気が付けばそう言っていた。
「ランドンさんが、家族を守りたかったのは分かりました。
だから、もういいですよ」
「……」
ランドンはうつむいたままだった。
ランドンは門兵でも数少ない常識人だ。
俺のような人間にも、平等に気をつかって話しかけてくれた。
彼が例え半死半生の病人を解雇しようと主張していたとしても、
それは家族の為だったのだ。
……立派な、父親だ。
「ユーヤくん、すまない、僕は……」
ランドンは顔を手で押さえ、静かにうつむいた。
・
・
・
人々が帰り始め、手すきになったカロルから声がかかる。
そばにはリディアとその護衛のガタイの良い修道士もいた。
「お待たせしてしまいすみません。
退屈ではありませんでしたか?」
「いえ、そんな事はなかったですよ」
「? そうですか、なら良いのですが……」
神父の横を通ると、結婚式がどうたらと言う話が聞こえる。
市民の冠婚葬祭の段取りもやっているらしい。
俺が死んだら、ここで埋葬してもらうか。
・
・
・
4人も診療室に入ると、いつもはがらんとしている部屋が少しだけ狭苦い。
俺は上半身の服を脱いでいく。
「傷むところはありますか?」
リディアがそう言って、体をまじまじと眺める。
視線がむずかゆい。
「実は、体の内部がチクチク痛むと言うか、何と言ったらいいか……」
体の内部でたまに痛みが走る事があった。
と言っても、日常生活に支障の出ないレベルの痛みだ。
今までの物と比べたら、屁のようなものだ。
「うーん、ひょっとしてあれの事ですか」
「あれ、ですか?」
「はい。前に前線にいた癒し手様から治療の手ほどきを受けた事があるのですが、
時間差で違う箇所の傷を治療すると、
それらの範囲の繋ぎ目に痛みが生じる事があるそうです。
傷が重いほど、治療できる面積は減ってしまいますから。
どうしても隙間ができてしまうらしいです」
確かに今回も重症だったし、ちょうど中間にあった部分は隙間ができたのだろう。
思えば、リディアは治癒の祈祷を行った後は疲れた様子だった。
重症の治療は、色々と大変らしい。
「痛みはそれ程ではないんですよね?」
「はい」
「それなら、今祈祷を行ってしまい最後の治療にしましょうか」
「ええ、では……」
「あまり痛みが無いのであれば、祈祷は不要ではないですか?」
そう言って急に言葉を差し込んできたのは、護衛の修道士だ。
「しかし……」
「リディア様。祈祷は本来は御業であり、
本当に必要とされる人に与えられるべきではないでしょうか。
軽々しい行使は、教会の権威を傷つける事にもなります。
軽傷なら、病院で経過を見てもらえれば良い……
そうではないでしょうか?シスター・カロル」
カロルは少し戸惑いながら言った。
「確かに、軽傷という事であればこちらでも対応は可能ですが……」
「確かに、教会の名声を守る事も大切です。
しかし、初代癒し手様は例え病人ではなく、動物や敵国の兵士にいたるまで慈悲をお与えくださいました。
病人より名声を取るのは初代様の意向にはそぐわないでしょう」
リディアは毅然として言い返した。
「当時には当時の、現代には現代の教会の決まりがあります。
また神父様にご迷惑がかかりますよ」
「ですが……」
揉めそうだったので、俺は口を割って入る。
「すみません。確かに祈祷が必要な傷ではないので、このままで大丈夫ですよ」
リディアは裏切られたような表情でこちらを見た。
見捨てられた子猫のようだ。
表情の変わりようが、少しだけ面白い。
「リディア様、ここで御力を使わない事によって、救える命があるかも知れません。後は私におまかせください」
カロルもそう言った。
「……分かりました。少し行き過ぎた部分があったようです」
「いえ、リディア様のお考えはご立派なものだと思います。
ですが、私たちにも出来る事があります。後は任せてください」
・
・
・
リディアと護衛が出ていくと、室内にはカロルと俺だけが残された。
彼女は黙々と診察を行い、いくつかの助言と薬をくれた。
「傷は大分よくなってきたようですね。
後は、一、二度お越しいただいて問題がなさそうであれは治療は終わりにしましょう」
「それはよかった」
やっと、あの無遠慮な説教から解放される。
次女にリンチされた後では一番の朗報だ。
「……ユーヤさん、少し変わりました?」
何だ、唐突に。
「……変わりましたか?」
「ええ、先ほどは治療を遠慮しましたけど、あれは、他の病人の事を思ってですよね?」
「まあ……」
治癒の祈祷は疲労をともなう。
俺の祈祷で疲れたせいで、運び込まれた重傷者を助ける力が無かった。
なんて事になったら、流石に後味が悪い。
「正直、初めて会った時は人を気遣える人ではないと思っていました」
「は、はは……」
冗談めいた口調だが、中々の辛口だ。
治療したばかりの傷口には染みるね。
「少しだけ、表情が穏やかになった気がしますよ?」
「……そうですか?」
あの時、病床で終わりを望んだ時と比べれば、多少は良くなったのだろうか。




