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半透明の影  作者: 穏田省吾
療養編
30/37

王色の騎士



「こうして夜の街を歩くのも、久しぶりだ……」


 隣で歩くジラールがつぶやいた。

 久々に見る夜の街並みだ。

 そこかしこで、大声や喧嘩が聞こえる。


 ……思えば初めて来たときは、絡まれないか不安しかなかった。

 今となっては、この雑多な雰囲気に少しだけ慣れた気がする。

 少なくともここでは、貴族も門兵も関係ないのだ。


「もう体の方は大丈夫?」

「はい、治癒の祈祷のおかげで今は普通に歩けます」

「なら良いけど、あれ程の傷がこうも良くなるなんて……」


 そう言ってジラールは俺の姿をまじまじと見た。

 視線がむずかゆい


「次女様に関しての悪い噂は聞いていたけど、まさかあれ程なんて……

 あんな事になって本当に残念だった」

「……」


 残念だった、か。

 殺されかけた身としては、たまったものじゃないな。

 が、そんな皮肉を言い返せるほどの勇気はない。


「謝罪と言ってはなんだけど、今日もいつもの店で奢るよ。

 それに、僕の一番好きな話を聞いて欲しい」

「一番好きな話、ですか?」

「うん、単純に話の内容が面白いし、それを聞くと元気づけられるんだ」


 ほお。


 ・

 ・

 ・


 いつもの店に着くと、案内された席に座る。

 少し待つと、ジラールにはレモネード。俺には頼んだミルクが運ばれてきた。


「ささやかだけど、これを快気祝いに」


 そう言ってジラールがグラスを掲げたので、俺も小さくそれをぶつけ合う。

 こういう部分は、元の世界の風習と同じだ。


 しかし、ジラールも不思議な男だ。

 どうして俺みたいな、非正規の、外国人にそこまでしてくれるのだろうか。

 そういう人柄と言われれば、それまでだが……


「……」

「……どうかしたのか?」

「いえ、業務に復帰してからこうして祝われた事が初めてだったので。

 正直、揉め事を起こした身なので、あまり歓迎されないかと思っていました」


 ここ数日の門兵達の態度は、よそよそしかった。

 今までにも増して、どこか遠巻きから見るような感じだ。

 特にトマスやランドンは視線も合わせようとしない。


「それは、そうだね……もっと早く声をかけるべきだった」

「いえ、何となく想像はつくので、大丈夫ですよ」


 俺を残すか残さないかで論争があった影響だろう。

 トマス、フォルを含め何人かが反対側に回ったはずだ。

 ……恐らく、家族がいるランドンも。


「今回の事に関して、君に非が無いのは分かっている。

 でも、僕たちは正しさだけで物事を判断できる立場じゃない」


 ジラールは悲し気に言った。


 組織の中にいる以上、上の機嫌を伺わなければいけない。

 サラリーマンと一緒だ。


「実を言うと、今日聞く話は、この前の望郷の騎士の続きなんだ」


 望郷の騎士、別名、王色の騎士。

 モラン・ジャフル。

 この街の上街に住んでいるらしいとか。


 確か前回、前線へ向かう事になったんだっけ。

 自分と同じで不幸が続き、思わず感情移入した覚えがある。


「何度も困難を乗り越えた、この街の英雄だ。

 僕もこの話を聞いて、何度も勇気づけられたんだ」


 ・

 ・

 ・


 詩人は、ゆっくりと話し始めた。


「幼き騎士は旅立った!

 兄弟や友人に別れを告げ、一人戦列に加わった。


 赤と鉄色の地面、腐臭と血の香り。

 息を吸えばむせ返る、匂いを嗅げばひん曲がる。

 死体に貴族も民もなし。


 しかばねの山を越え、武具と馬鉄の合唱、人々は叫ぶ

 例え恐怖に体は震え、帰れぬ事を悟っていても。


 立ちはだかるは死人の異形、闇夜の獣

 死者の尊厳を冒涜し、朽ちた戦友が成り果てる。

 主よ!若き英雄を救い給え」


 人々から興奮するように声が上がる。

 どれも応援するものだ。


 しかし、初っ端からグロテスクな内容だ。

 仮にも飲食店だぞ、ここは……


「若き英雄は、死の海に挑む。

 だが戦うのだ、もはや帰る場所はない 


 勇気ある友と共に、死者の波を切り開く。

 後に死者となった友らと、殺し合う事を知っていても、

 寄る辺なき彼らに、帰る場所などないのだから」


 悲壮感の漂う曲調だ。


 故郷で口減らしに選ばれた者、帰る故郷が滅ぼされた者。

 決死の覚悟で戦場に挑む望郷の騎士は、

 時に不死者になった友たちとさえ戦った。


 敵の魔法らしきものによって、目の前にいた仲間の頭が吹っ飛んだり、

 雨のような弓矢で仲間が倒れていく。


 バタバタと人が死んでいくな。

 詩人が盛り上げるため、盛っている部分もあるのだろうが。


 そんな望郷の騎士にも転機がやってくる。


 敵将が陣地に攻め込んできた時の戦いは激しかった。

 夜明けまで持ちこたえて撃退したものの、多くの死者を出した。


 望郷の騎士は仲間の死体を呆然と眺めていると、

 まだ一人、息があった騎士に気が付いた。


 それは王に聖剣を貸し与えられた高名な騎士の一人だった。

 若き望郷の騎士に腰元の聖剣を託し、この陣地を守り切る事を誓わせると息を引き取った。


 聖剣を手にした望郷の騎士は強かった。

 剣を振るえばいかなる魔法も消え去り、死者達はおののいた。


 何度も目覚ましい働きをこなした。

 主を失い戦場を駆ける暴れ馬を手懐け、教国の司教から輝く軽銀の鎧をもらった。


 しかし、思わぬ命令が下る。

 聖剣は国が所有しているので、王都まで返しに来いとの事だった。


 望郷の騎士は一刻も早く前線に戻るため、朝も昼も王都への道を駆け抜けた。

 夜の騎士達は名馬に追い付くこともできず、追いついたとしても次々と切り払われた。


 聖剣を返上する予定だったものの、その強さと実直な人柄が王に好まれ、

 聖剣の所持の許可と王の護衛の一人となった。


 そこから曲調は軽やかなものになり、しばしの平穏が訪れた。


「王都の貴紳と親睦を深め、色々な茶会にも誘われる。

 望んだ出世、待遇、名誉。全てを与えられた。

 人生の中で一番豊かなひととき。されどその心は戦場にあり」


 いい生活が続いていたが、大きな転機が訪れる。


「その報は、国中を恐怖に陥れた。

 大砦は打ち破られ、墓よりいでし不死者の公が先陣を切る。

 不義の9人が軍を率い、全ての使者が付き従う。

 おお、聖リカルドよ、加護を授けたまえ!」


 不死者の公がという単語が出た時、周囲の人々の表情が露骨に歪む。


 不死公。

 確かこの国と戦争している、魔王軍の将軍だったか。


 不死公が旗下の全ての勢力を一斉に前進させた。

 前線では連日激しい戦いが繰り広げられ、その血の香りは風に乗り、遥か遠くの王都まで届いたと言う。


 王は望郷の騎士を側に置きたかったが、半ば無理やり飛び出してしまう。

 何日も寝ずに馬を走らせ、迫りくる敵を次々を切り伏せながら走り続ける。


「「小胆」は4つの大腕と黒曜の剣、巨人の鎧をまとった不死者、竜巻の如く人の子を追い散らす。

 「腐敗」は、朽ちた腐肉を啜りし者、腐臭と肉をまき散らし、荒れ狂う汚水の嵐の中で巨体をもたげて暴れまわる。

 「白痴」は神への冒涜と魔王を褒め称える祝詞を唱え、魔法を使い不浄の瘴気を解き放つ。

 「迫害」は時に闇に潜み、時に人に変装する。陣地内部に侵入し、高名な諸侯を次々と闇へと引きずり込んでいった」


 死者は疲れを知らず、恐れを知らず、容赦を知らない。


 不義の9人は恐ろしい強さで王国軍を追いやって行った。

 名のある騎士や諸侯は、次々と討たれていく。


 王国軍は大きな城塞都市に踏みとどまり抵抗を続けたものの、

 不死者達の猛攻をしのぎ切る事はできなかった。


 不死者達は城壁を越え、住民を殺しまわりながら王国軍に迫る。

 次々と兵士たちが倒れ、これ以上持ちこたえるのが限界だと思った時。


「艶やかな青鹿毛の名馬に跨るは、輝かしい聖なる鎧に聖剣を携えた騎士!

 片腕には血塗られた王国旗を掲げ、我ここに在らんと叫ぶ!

 我こそは王の剣にして、聖剣を託されしものなり!」


 周囲の人々はわっと声を上げた。

 熱に浮かされ、場の空気そのものが振動した。


 青鹿毛の名馬は死者達をものともせずに突き進んだ。


「白痴」が放った魔法は、聖剣の一振りで霧散した。

「腐敗」はその汚水で飲み込もうとしたが、名馬は跳ね避けてすれ違いざま聖剣の一振りによって絶叫した。

「小胆」は立ちはだかり、嵐のごとく切り結んだが、敵わないとみて逃げ去った。


 望郷の騎士の登場により、不死公は攻略を諦めて撤退を開始。

 こうして王国軍は助かった。


 ……いくら何でも強すぎる。

 この部分が誇張されているのは、流石に分かる。

 そんなに強かったら、とっくに戦争は終わっているはずだよな?


 戦には勝ったが、良い時間は長くは続かなかった。

 人々が勝利の宴をしている最中、王都から伝令が到着。

 曰く、勝手に出て行った事に対して王が激怒しているとの事だった。


「器の小さい奴だ!」

「空気読めよ!」


 宴を中断し、数日かけて王都に帰還する。

 王はどうして側を離れたのか問いただした。


 望郷の騎士は相手が王であっても毅然と言い返した。

 この態度は決定的な亀裂になった。


 王は激怒し、聖剣を置いて王都の邸宅で謹慎しろと一喝した。

 それに対し望郷の騎士は、聖剣に加えて名馬と鎧と護衛の地位を捨てて故郷に立ち去ると言い返した。

 王は絶句した。


 ……言いすぎじゃないか?

 この話自体、どこまで本当なのか分からないけど。


 王は発言を取り消そうとしたが、望郷の騎士は譲らなかった。

 故郷には病弱な妹がいる事や、恩になった人々がいるため帰郷したいと言い張った。

 王は多くの厚遇を約束したが、彼をとどめる事はできなかった。


「夏に川を見れば故郷の豊かな川を思い出し、

 秋になれば落ち葉と共に去って行った父の身を案ずる

 冬に雪を見れば故郷で帰りを待つ妹の寒さを案じ、

 春になれば新たな植物の芽吹きが故郷に豊かさを与えてくれるように祈る」


「ここは素晴らしい場所だ!」

「望郷の騎士様!」


 近くの誰かが叫んだ。

 周囲の熱量に比例し、俺の内心で黒いものが渦巻く。


 王は故郷を思う心に、病弱な唯一の家族である妹を思う心に打たれた。

 王は代わりに、騎士の家紋に王家の紋である鷹を書くことを許可した。

 望郷の騎士は畏れ多いとそれを固辞した。


 王は代わりに王家の血を引く家にしか使用を許可されない

 特別な染料の使用を許した。

 それは碧色の染料で、王色<ロイヤルカラー>と呼ばれていた。


「なんて謙虚な方だ!」

「王色の騎士!」


 内心でふつふつと怒りがわいてくる。


「こうして、一人の気高い騎士は旅を終えた。

 今では唯一の家族の元へ帰郷し、ひっそりと生活を送る。

 質素な椅子に腰を掛け、窓辺の夕焼けに目を細める。

 今では昔日の名誉を表すものは何も残っていないが、

 ひっそりと置かれた家紋には王家の色が描かれていた」


 詩人はゆっくりと曲調を緩め、完全に停止する。

 その途端に周囲の人々は立ち上がって拍手を捧げた。

 隣のジラールもそうだ。珍しく熱に浮かされた顔だった。


 座っていたのは俺だけだ。


 ・

 ・

 ・


「……いやあ、久々に聞いたけどいい話だったなあ」


 帰路を進む途中、ジラールはまだ熱が冷めないようだ。


「……」


 俺は押し黙って進む。


「ある詩人はこうも言った!

 カヴェルナには領主様にすら照らし出せない光と闇がある!

 スラムはその規模と文化故に支配が及ばない。

 望郷の騎士は王の威光と、人々からの畏敬のために支配が及ばない!」


 ジラールは上機嫌だった。


「ユーヤもそう思わない?」

「……」

「あれ、ユーヤ……」

「……ジラールさん。あまりこういう事は言いたくないんですが、

 少し、こちらの事情も考えられませんでしたか?」

「え?」


 相手が相手だ。

 内心の怒りを抑えつつ、言葉を選ぶ。


「あなたは、私を勇気づけるためにこの話を選んだと言いましたが、

 既にボロボロになった私に向かって、まだ頑張れと言いたいんですか?

 単に自分が聞きたかっただけじゃないですか?」

「そ、そんな事」


 ジラールは動揺した。

 全く予想していなかったようだ。


「もう疲れたんですよ。

 今はただ、心も体も休めていたいんです。

 僕が陰気で、元気がないのは僕自身に頑張りが足りないからと言いたいんですか?

 あの時、傍観者だったあなたが?……あ」


 しまった。言い過ぎたかもしれない。

 傍観者とまで言うつもりはなかった。


 後日まで支障が残るような言葉を使ってしまった。

 ただでさえ危うい門での立場が崩れてしまう。


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ」


 ジラールは目に見えて動揺していた。


「い、いえ、こちらこそ言い過ぎました。

 それでは、私はここで……」


 俺は逃げるようにその場を後にした。


 ・

 ・

 ・


「……」


 灯りが無く、暗い自室に帰る。

 このひどい世界で、唯一心が休まる場所だ。

 装備を雑に脱いで身軽になると、寝台に腰掛ける。


「……ああ、クソッ」


 自分の頭をがしがしと掻いた。


 分かっている、分かっているのだ。

 ジラールは良い奴だ。

 善意で時間を割いて、お金を割いて、良かれと思って俺を連れ出した。

 恐らく、俺を門に残すべきとも主張してくれたのだろう。


 悪気が無いのは分かっていたが、それを割り切って受け止める余裕がない。

 素直に受け止められる心は、あの時体と共に折れ曲がっていた。


 他にも、今後の身の振り方の事、僅かな貯金の事、人間関係、道行く人々からの視線、次女の事、腹の立つ入市者達の事、狂った癒し手の事、教会で嫌々聞かされる癪に障るご高説。


 色々な悩みがあった。

 悩めば悩むほど、袋小路に追い詰められていく。

 もう、キャパシティに余裕がない。


 やり場のない怒りと、自分への失望が胸中で渦巻いた。


 俺はゆっくりと大きなため息を吐いた。


「その光ゆえ、ね……」


 ジラール曰く、望郷の騎士の威光は領主様ですらうかつに手が出せないらしい。

 王や人々からの敬意が、そうさせるらしい。


 望郷の騎士は、俺にとっての闇だ。

 心が疲れ、自分に見切りをつけて生きる人々から見れば、この上なく厄介な存在だ。

 幾多の苦境を乗り越えて得た不動の地位。

 あれに比べれば、俺達の苦しみなど、なんてことも無いと鼻で笑われてしまう。


 ブロンが彼を嫌っていた理由が分かった。

 俺やブロンのような者から見れば、彼は目の上のたんこぶだ。

 嫉みを感じさせる、邪魔な存在。


 逆に、ジラールのように前を向いている者から見れば、

 この苦しい理不尽な世界を生き抜く旗印なのだろう。


 畏敬と憎悪、光と闇。

 その男に向けて、この街の人々はどちらかを強く抱くのだろう。



 もう、考えるのが嫌になって来る……

 早く寝てしまおう。

 心休まる世界など、夢の中にしかないのだから。


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