面影
「それでは、本日の仕事を開始するッ!」
エルドの掛け声と共に、朝礼に集まった門兵が一斉に動き出す。
大半の門兵は門に向かうが、俺は螺旋階段への道を急ぐ。
今日も壁上監視だ。
「!」
壁上に到着すると、寒風が体を打つ。
空は曇りで、温度は一段と低い。
壁上から入市者の行列を眺めつつ、トレバーと共に櫓に向かう。
「最近は暖かくなってきたと思ったんだがな……また冬に逆戻りか?」
トレバーはそう言いながらせっせと旗を上げる準備を始める。
バシバシと旗を叩くと、少し埃が落ちた。
少しして曇天の下で旗が泳ぎ始める。
俺はトレバーの姿を横目で見た。
手入れされた正規兵装備、高い身長。
理性的な面長の顔、背中の立派な弓矢。
堂に入った格好だ。
首元には首飾りの紐が見えたが、ペンダントは今日も服の中に仕舞われている。
「今日はゆっくりできそうだな……」
景色を眺めつつ、トレバーは呟いた。
「……それじゃ、僕が見やすい部分に見張りに立ちましょうか」
ブロンから、周囲から見やすい場所で見張りをするように言われていた。
そうじゃないと、エルドなりがサボってないか様子を見に来るらしい。
俺が櫓を出ようとすると、
「いや、いい。そんな事気にするな。寒い中、無理して立ちたくないだろ?」
「それはそうですが……」
「しかしユーヤ。よく戻ったな」
その言葉に、暗い響きはなかった。
「次女様が去ってから、俺とジラールで台車にお前を乗せて病院に運んだんだ。
ヒョロヒョロのジラールなんて、最後は息も絶え絶えだったな」
そうだったのか。
「その節は、ご迷惑を……」
「いや、別にそう言う事じゃないんだ」
トレバーは慌てて言った。
「恩着せがましい事を言ってしまったな……
お前はまだこの門に来て日も浅いが、それでも同僚だ。
戻ってきてくれてよかった。一時はどうなるかと思ったんだ」
戻ってきてくれてよかった、か……
戻ってきてから、面と向かって歓迎の言葉を言われたのはこれが初めてかもしれない。
「……あの時は、本当に死ぬかと思いました」
「正直、生きて帰れるか分からないだろうと思った。
ジラールも、右往左往するばかりでな。
だから、一か八か噂に聞く癒し手様のいる病院を選んだんだ」
「そうだったんですか?」
こう考えるのは癪だが、リディアのいない病院に運ばれていたらどうなっていたか分からない。
きっと治療費を払えず、そこらで野垂れ死んでいただろう。
「好んで下街に住む、物好きな癒し手様の話は噂で聞いていた。
噂だけで、今まで会う機会はなかったんだけどな。
本当に凄いんだな、もう包帯が取れるなんて」
「ええ、おかげさまで……自分でも驚きました」
実際、治癒の祈祷は驚いたとしか言いようがない。
あの技術だけは、確実に現代日本を超えている。
「祈祷を受けてみてどうだったんだ?
人によってはいい気分とか、逆に酷い苦痛だという奴もいるが、どっちだ?」
踏み込んだ質問だ。
しかし、不思議と悪い気はしない。
「手をかざされた時は、熱かったです。
傷口からじんわり熱が広がって……そこから、発熱で一晩寝込みました」
「副作用ね……他の奴からも聞いた事があるが、酷いのか?」
「ええ、体が急な変化に耐えられず、そのような状態になるらしいです」
「へぇ……そりゃ大変だ。
幼い子供に祈祷が出来ないのも、その辺りが理由なのかねえ。
しかし、あれを見た時は正直どうなるかと思った」
「あれ、ですか?」
何のことだろう。
「お前、フォルに殴りかかろうとしたろ?」
「ア、アハハ」
殴ろうとして、自分の体の痛みに悶絶した時か。
恥ずかしいな。
「頭に血が昇っていました」
「またフォルが適当な事を言ったんだろ?
フォルかトマスが何か突っかかってきたら俺に相談しろ。
コネパワーで撃退してやる」
「コネパワーって……」
自分からそれを言うのか……
中々、身を削ったネタだな。
「!」
二の鐘が打ち鳴らされた。
昼時だ。
「お前の事を良く思わない奴もいるが、そうじゃない奴もいる。
じゃ、ちょっと先飯行ってくる」
そう言ってトレバーは階段を下りて行った。
「……」
俺はトレバーの去っていく背中を見ながら気が付いた。
何故、妙に話しやすく感じるのか。
俺は何処かに、カーブルトの影を見ていたのだ。
陽気で、兄貴肌だった。
だから彼と重ね合わせたのだ。
カーブルト、アンタは今どこにいる?
どこかで仲間達と旅しているのか?
アンタが今の俺を見たら、何て言うだろうな。
・
・
・
「ん?」
午後の業務が始まって間もなく、異変に気が付く。
壁上で吹きすさぶ風の音の中に、妙な雑音。
下を見ると、門の内側で門兵と中年の女性が揉めている。
「何かあったのか?とりあえず行くぞ」
「はい」
トレバーと二人で螺旋階段を下りる。
そこには粗末な服を着た中年の女性が、エルドとトマスに詰め寄っていた。
「お、お願いです……!何があったかだけでも!」
「そうは言われましても……」
トマスは珍しく困惑しているようだった。
隣のエルドも、難しい表情だ。
「何があったんですか?」
トレバーが質問する。
「わ、私の夫が、数日前にこの門で、密輸で捕まって、でも、そんな事をする人じゃなくて……!絶対にそんな事をする人じゃないんですよ!小心者だけど、良い人なんです、どうか、事情だけでも……!」
密輸……
ひょっとして数日前に、トレバーが見つけたあの事件の事だろうか。
「衛兵から、ある程度の事情は説明されているのでは?」
「はい。でも、私にはどうしてもそれが本当の事だと思えないんです。
詳しい事をお聞きしたいと思って、居ても立っても居られず……
ずっと牢屋にいるあの人の事を思うと……」
そう言って中年の女性は嗚咽した。
「しかし、今は仕事中です。
それに衛兵に伝えた以上の事は何も無い」
トマスが言った。
「そ、そんな!お願いです、どうか詳細な状況だけでも教えてください。
何か、何かきっと冤罪の証拠があるはずなんです……!」
女性は涙声だ。
「そうは言われましてもなあ……」
トマスが困惑気味に答える。
……これは、どうする事も出来ない気がする。
逮捕時の詳しい状況を説明したとしても、気休めにしかならない。
冤罪だったとしても、それは門兵でどうこう出来る話じゃない。
トレバーが口を開く。
「心中お察しします……
エルドさん、よろしければ、兵舎でご婦人に事情を説明する時間を頂けませんか?
出来れば、立会人としてもう一人いると嬉しいんですが」
「お前が説明するのか?」
「はい、事情を一番詳しいのは、最初に証拠を見つけた私ですから」
「……そうか」
「私がした事ですから、私が事の責任を負います」
「分かった。一時的に壁上監視の任を解く。
立会人は……フォルでいいだろう。
上滑りしている部分はあるが、話せる方だ。それでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
「よし、トマス。フォルを呼んで来い」
「分かりました」
進んで面倒な仕事を……
律儀な人だ。
「ユーヤ。そういう訳だ。一人で見張りは出来るか?」
「はい」
どうせ仕事が無いも同然だしな。
これ位なら一人で何とかなるだろ。
「本当か?まあ、いざとなったら鐘を鳴らせばいい。
でも緊張のあまり何も無いからって鐘を鳴らすなよ?」
「やりませんよ、流石に……」
・
・
・
俺は壁上をうろついて時間を潰す。
直近の問題としては、貧困だ。
週に二度、仕事を休み通院する関係で、貯金も減る一方。
切り詰めて貯められる金額は、雀の涙。
かと言って今後冒険者として身を立てていける将来は見えない。
非王国系と言うだけで、この街では強制ハードモードだ。
半透明化の能力では、堂々と身を立てる事もできない。
路地で窃盗や、強盗、犯罪まがいの行動をするのに向いている能力かも知れない。
が、それを検討するのは……本当に最後の手段だ。
それに、今は体もうまく動かない。
別の手段でお金を稼ぎたい。
何か……現代日本の知識を生かす事ができないか?
マヨネーズ、プリン……まともに料理をした事が無いので、作り方が分からない。
トランプみたいなカードゲーム……粗紙ですら高価な時代、そもそも印刷の方法が分からない。
この世界の文字が読めないのが大きな課題だ。
文字を読めないと、肉体労働からは抜け出せない気がする。
かと言って、一から勉強するのにも時間と金がかかる。
本自体も、高価な時代だ。
……ああ、失敗したな。
せめて料理位はまともにやるべきだったか?
このままだとジリ貧だ。
週末にギルドで依頼でも探してみるか?
・
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・
考え続け、空が夕焼け色を帯びてきた頃、トレバーが戻って来る。
「待たせたな、何ともなかったか?」
「異常ありませんでした。トレバーさんは、あの後大丈夫でしたか?」
「出来るだけ事情を説明して、なだめて、何とか帰ってもらった」
トレバーの表情には、どことなく疲れが見える。
「フォルの奴にも手伝ってもらったし、今度飯でも奢ってやるか」
「お疲れ様です。あの女性、よっぽどご主人の事が心配だったんですかね」
「だろうな。カヴェルナの財政ガタガタの赤字だ。
人口過剰や、前線維持のために課せられた税のせいでな。
特に牢屋の予算は減る一方らしいから、酷い環境らしい」
異世界に来ても不景気は変わらないか。
世知辛いね。
「でも、よくあそこまで対応しますね」
初めて会う他人のために、数時間も善意で対応していた。
俺だったら、早く帰ってくれと追い払っていたかも知れない。
そんな対応が出来るのは、それこそ教会で馬鹿正直に教えを信じている連中位だろう。
「……言いたい事は分かる。
内門にいる上街出身の頭の固い門兵達だったら、有無を言わさず追い返してただろう。
俺も昔は、そんな堅物の一人だった……」
トレバーが夕日の方向を見て、目を細めた。
その横顔には哀愁がただよっている。
「俺自身、色々と失敗も経験したからな。
昔と比べれば、丸くなったと言われるかも知れないな」
「……」
色々な失敗か。
その中にはひょっとして、この外部東門に左遷された事も含まれているのだろうか。
元々、上街のお偉いさんの家に生まれ、出世コースだったのだろう。
その中で色々あって、この人はここに来た。
理由を聞こうとは思わない。
少なくとも、目の前のこの人は尊敬できる男だ。
それで十分じゃないか。
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4の鐘が打ち鳴らされ、門を閉める準備を始める。
「旗とかは俺が仕舞っとくから、先に帰っていいぞ」
トレバーが唐突に言う。
「良いんですか?」
「良いよ、俺は夜勤の連中に引継ぎがあるからな」
「ありがとうございます」
「おう、お疲れ。
……そうだ、最近ジラールがお前を気に掛けているようだ。
よければ話してみたらどうだ?」
「……善処します」
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螺旋階段を下りて、門を見るとジラールが見える。
窓口小屋から書類を持って、兵舎を行き来している。
「……!」
どうしようか迷っていると、ジラールがこちらに気が付いて寄ってくる。
「ユーヤ!包帯も取れたんだ」
「お、おう……」
俺は無意識に目を反らした。
未だに、他の門兵に対する溝は消えていない。
「よかった!この後、良かったらまたどこか行かない?」
「持ち合わせが、ちょっと……」
「僕が奢るから、行かない?」
「ま、まあ、それなら……」
……帰っても特にやる事もないしな。
薄暗い部屋でぼーっとしている位だ。
透明能力の検証をしたいが、傷の治療も途中だしな。
「分かった!それじゃちょっと待ってて、今仕事を片付けて来るから」




