久々の再開
石造りの礼拝堂の中では、そこかしこで雑談の声が上がっている。
着飾った正装の服装の人もいるし、小綺麗な普段着の人もいる。
前回の信仰の曜日は日本で言う日曜日。
仕事がない日だったため多くの人が参列していた。
が、今日は水曜日にあたる正義の曜日のため、人の数は少ない。
少ないと言っても、長椅子が8列――ざっと180人程度はいる。
やがて子供を中心とした合唱団が並び、讃美歌を高らかに歌い始める。
いくつかの曲が終わったところで、子供達は下がり、神父が登壇する。
「やあ皆さん。本日もご足労いただきありがとうございます。
皆さんの元気な顔が見れて私も幸いです。お、久しぶりですね」
神父がその方向に手を振ると、一人の男が手を振り返した。
「本日は、より良い人生を歩むための指針をご紹介しようと思います」
より良い人生を歩むための、方針ねえ……
人生どん底の包帯男にとっては、有難くて涙が出そうだ。
「テーマは自分の話し方についてです。
自分の言葉が人生にどのような影響を与えるか、皆さんは意識していますか?
それは友人と職場を決定づけ、
結婚と夫婦関係を決定づけ、
未来を決定づけるものです。
私たちは日々の生活において、その扱い方に一層の注意を払わねばなりません」
言葉ね……
あんまり、意識してなかったな。
「老賢者の諫言 3章18節にはこうあります。
不機嫌な言葉を口にしないよう注意なさい。
相手の為となり、気づきを与えるような実りある言葉を話しなさい」
信者たちの中には、聖書らしき本を取り出しページをめくる者もいる。
「ではテーマの紹介が終わった所で、本題に入る前に祈りましょう」
神父は目をつむった。
周囲と形だけ合わせ、俺も目をつむった。
「天の父よ。御名において、一人一人の心の中に導きの霊が力強く働きかけてくれるようお願いします。
私たちが話を聞いて、理解できるようにお力をお貸しください」
一呼吸終えた後、神父は話し続ける。
「自分の話し方について、引いては考え方によって、
人はどこに行くのか、どこにたどり着くのかが決まります。
ネガティブな考えが長引くことにより、人の体や心にも悪影響を与えるからです」
神父は人々を見渡した。
「例えばリンゴの木から生まれる果実は何になりますか? 誰か分かる人?」
何って……
そんなのリンゴになるしかない、よな?
「はい!神父様!ぶどうになると思います!」
子供が自信満々で言い放ち、笑い声が上がる。
「こらこら……話を戻しますと、答えとしてはリンゴの果実になります。
梨の木の果実が梨の実になるように、果物は自分の植えた種から成ります。
つまり、自分の話す言葉は、自分たちの中にある物から湧いています。
不機嫌な言葉や人を傷つける言葉が出てしまう人は、あなたの中に良くないものがあるという事です。
それはひょっとして、何かによって植え付けられたものかも知れません」
ん?
「その人たちも昔、悪い出来事の影響を受けてしまって、あんな例を見たから自分はああはなりたくない。
そう思っていてもなってしまう人が多い」
ひょっとして家庭内暴力のような話だろうか?
「他にも、犯罪を犯した人物は皆暴力を受けたり、不快な事をされた経験がある人物が多いんです。
精神への暴力は、時に体へのそれよりも酷なものです。
それが種になってしまう事があります。
貴方は役立たずの人間だ。生まれるべきではなかった。
といった言葉が元になる事もあります」
「……」
体の傷は癒せても、目に見えない心の傷は治りにくい。
今の俺が、そうであるように。
……何だろう。ピンポイントで狙い撃ちにされた気分だ。
俺は居心地が悪くなって身じろぎした。
「例えそう言ったネガティブな現象を乗り越えたと思っても、
それは無意識下に残り、どこかのタイミングで似たようなことが発現してしまう可能性があります。
発現した結果、殻にこもったり、内気になったり、自信を無くしてしまったり、逆に、俺はもう過去を克服したんだぞ!というオーバーな態度になってしまう。
発現には色々な種類があり、人々はそれと戦っているに過ぎません。
そして、良くない種、言葉はあなたの中に残り続けてしまうのです」
じゃあどうしろと?
癒えない傷の癒し方など、存在するはずもないのに?
「そこで大事になって来るのは、自分の考え方と言葉です。
それはあなたの中にある物、植えられた種から来ており、貴方自身を決定づけます。それを正さない限り、同じことを繰り返してしまう可能性が高い。
聖書にはこうあります。清い心から清い言葉が生まれる、と。
逆説的に言えば、そうでない心からはそうでないものが生まれてしまいます」
それの何が悪い?
こっちだって毎日を必死に生き抜くことだけで精一杯だ。
心の折り合いをつけているような、時間も余裕もない。
「聖書にはこうあります。
舌は死と生をつかさどる。どちらかを愛して、人はその実を食べる、と。
つまり、自分たちが植えた果物が、自分たちが受け取る物なんです。
舌には人の生と死を司る力があります。
それは一般的な生活にも言える事です。
例えば、この中で朝は強い方だよって方いますかー?」
数人が手を上げる。
俺は朝は弱い方だ。
起こされても、二度寝したくなる。
「どうやら皆さん朝は弱いようだ……
私自身もそうです。
あー、今日は起きたくないなですねー。
だるくてめんどうくさいですねー。
小言を言われるので、司教様には会いには行きたくないですねー。
何てことを考えているかもしれません。あくまで例えです」
周囲の人々がクスクスと笑う
「ですが、仕事の愚痴を言うような同僚と、一緒に仕事をしたい人はいません。
そんな話を四六時中聞いていれば、こちらまで気が滅入ってしまいますからね。
ネガティブな言葉を口に出しても、何もいい事はないんです」
それはそうだ……
ネガティブな言葉を吐く、トマスやフォルのような奴と一緒に仕事をする事は苦痛だ。
「言葉というのは、本来相手の為となり、
救いを与えるような実りある物でなくてはいけません。
ただ、それを最初からこなすのは難しいでしょう。
しかし意識するだけでも変化はあります。
例えば仕事でミスをして怒られている時も、ネガティブになるのではなく
仕事をせずに謝っているだけで金が貰えるなんて、何ていい場所なんだろう!と」
「神父様!怒られた事に対して反省はしなくても良いんですか?!」
客からツッコミが飛び、人々が笑う。
「確かに、これは少し下手な例えでした。
それと、言葉は周囲の人々にも影響を与えます。
周りにネガティブな事ばかり言う人がいれば、数か月後にあなたも同じようになるでしょう。
それに対しただ離れるのではなく、自分の種を変える事によって気持ちを変え、
周りにも良い影響を与える事ができます。
私たちは周囲を変えられるのです」
神父はそこで一呼吸置いて、周囲を見渡した。
優し気な目だった。
「私は今、あなた方に種をまきました。
それを受け取り、自分の内に実らせるのは、あなた方の判断になります」
神父は続けた。
「では、最後に祈りを行いましょう。どうか目を閉じてください
天の父よ、感謝します。
平日にも関わらず色々な方々が時間を割いてきていただけました。
今日の御言葉が、彼等の中で実る事を、自分たちの言葉の大切さを知れた事に感謝します。
私の言葉には力がある。それを、教えてくれてありがとう」
・
・
・
合唱団が登壇する。
全ての日々の中で、貴方に思いを馳せる。
日々の生活の中で、あなたを側に感じる。
太陽が夜に隠れても、鳥たちが朝を告げても
私は貴方のしもべ、常に称え慕います。
どうか導いてください。私たちの父よ。
・
・
・
「あれ? ……ひょっとしてその防具」
横を通りかかった誰かがそう言った。
20代後半くらいの王国系の顔立ち。
刈り上げられた、くすんだ金髪
いつぞや冒険者ギルドで仲裁してくれた男だ。
確か……イコルだったか?
昨日ブロンから聞いた話だと、そこそこ有名らしい。
あの時と違って、防具ではなく正装だ。
教会に来るには、冒険者と言えど気を払うらしい。
……これじゃ、教会に防具で来た俺の方がよっぽど野蛮人かも知れない。
イコルには他に3人の仲間がいた。
一人は、俺と同年代で16,7位だろうか。王国系で面長で意志の強そうな目をした少年。
もう一人も俺と同年代の女。王国系でショートカットの理性的な瞳の落ち着いた少女。
最後にイコルと同じ位で20代中盤の女性。白を基調とした修道服だ。
教会と言う場所と正装に騙されかけたが、恐らくは全員が冒険者。
俺よりも強いのは確か。
そう思うと、緊張する。
「確か……ユーヤだったか?」
「はい」
俺は目線をそらす。
正直、こんな包帯だらけの姿を見られるのは気まずい。
「その傷は……どうしたんだ?」
「いや……」
俺は言いかけて閉口した。
あの件に関しては、あまり話したくない。
早く去ってくれないだろうか。
「イコルさん、お知り合いですか?」
年長の女が尋ねた。
「前にちょっと――」
「そう言えば次女様にリンチされた流民の門兵がいるって-------」
無遠慮に言ったのは、俺と同い年位の面長の少年だ。
「そ、そう言う事か。
……しかし何とも痛ましい事件だった。
君が無事でよかった
ひょっとして、教会へ治癒の祈祷を受けに来ているのか?」
「はい。そのためにここにいます」
それさえなければ、こんな所に足を運ぶのは御免だ。
「スラムに住む流民への扱いに関しては、
俺達のような王国系スラムに住んでいる者達にとっても気がかりだ。
何かあったら力になるよ」
確か、流民たちのスラムとは別に、周辺の村々から逃げ込んできた王国系の人たちが住む王国系のスラムというのもあるんだったか。
スラムの事情は複雑で良く分からないな……
別に知りたくもないけど。
「はあ、ありがとうございます」
それじゃあ、お金に困っているので恵んで下さい。
なんて言えるわけもないが。
「紹介しよう。俺の3人のパーティメンバーだ。
まずは守護聖教の修道女のマノン 結界術の使い手で副リーダーを務めてくれている」
年長の白を基調した修道服の女性が挨拶する。
「初めまして。
あれは痛ましい事件でした。
一刻も体調が回復する事を結界の聖女様にお祈りします」
また宗教がらみか。
正直、もううんざりだ。
が、異端審問とか怖いので当たり障りのない返事をしておこう。
「いえ、ありがとうございます」
「次に、前衛を担当しているカレルだ。恐らくユーヤと同じ年頃だ」
意志の強そうな、面長の少年が前に出る。
「俺の名はカレル。同じ冒険者としてよろしくな」
「ええ、よろしく」
意思が強そうなので苦手だ。
ブロンぐらい無気力で丁度良いんだよ。
「最後はラシェル、彼女もカレルやユーヤと同じ年頃だ」
理性的な瞳と、どこか余裕のある表情。
要領が良さそうだ。
「よろしく、ユーヤ」
「よろしく」
さっきの意志の強そうな少年と言い、やはり名の知られるパーティの一員ともなると
どこか自信のようなものが雰囲気に現れるのだろうか。
いや、そもそも素質が無ければ若手から育成しようとは思わないか……
俺とは大違いだ。
「ユーヤの冒険者のランクはいくつなんだ?」
カレルが唐突に尋ねる。
「確か一番下のランクだから……Eだったかな」
「そうか……
積極的にランクを上げようとしないのか?」
「……」
俺は何も答えられなかった。
しないじゃなくて、出来ないんだよ……
お前みたいに育ててくれる相手がいる訳でも、仲間がいる訳でもないからな。
ただのニートが、身一つでこの世界に飛ばされたんだから。
ラシェルが話し出す。
「そうだ!ユーヤはどこに住んでるの?どこのスラム?」
「今はスラムには住んでない。宿で過ごしてる」
「そうなんだ。元々はどこの区の生まれなの?」
「……」
これも答え辛い。
この都市で生まれたわけではないし、本来は不法滞在者だ。
出自の話はボロが出る。
これ以上掘り下げてほしくない。
が、何かを考えてとりつくろう元気もない。
俺は無言でうつむいた。
イコルが察したように口を挟む。
「そうだな、ユーヤ。
もしよかったら今度一緒に依頼を受けてみないか?
たまにはパーティで活動するのも良い経験になるぞ」
「はあ……まあ、いつか傷がよくなったら」
「それじゃ、決まりだ」
「ええ、いつになるか分かりませんが……」
「次に会う時は顔の包帯も取れているだろうから声を掛けてくれ。
お前の顔が分からないから、すれ違っても素通りしちまうかもな!」
「アハハ……気を付けます」
俺は適当に返事をした。
・
・
・
その後、前のように別棟の診療室まで案内してもらう。
今日はリディアともう一人、厳つい修道士の男も同行している。
俺が包帯を変えられている間、男はずっと無言で見守っている。
ピクリともせず、仏頂面だ。
居心地が悪い。
「本日はそろそろ二度目の祈祷を行おうと思います。
でもそれは次の信仰の日でも良いのかと思います」
ん?
どういう事だ?
「大きな傷の治療の後は、体に大きな倦怠感が残ります。
宿の方々なら教会から帰宅する際、貴方の付添人となって支えてくれるでしょう」
そういう事か。
倦怠感のある患者を、一人で返すのは嫌という事らしい。
「いえ、大丈夫ですよ。この前も何とか帰れましたし」
正直、この前も帰るのは確かにきつかった。
足がおぼつかなかったし、吐き気もした。
が、宿の人たちには俺を置いてもらっている時点で色々と迷惑をかけている。
これ以上世話になりたくない。
自分で出来る事に関しては、他人の手を借りたくない。
「……そう、ですか」
リディアはまだ何か言いたそうだったが、諦めたようで話を進めた。
「では、杖を貸し出すのでそれを使用して帰宅してください。
そしてまた、次の信仰の曜日にちゃんと来て返してくださいね?」
「……ええ」
まあ、有難いといえば有難いが……
この悪女の気の強さは知っているので受け入れておくか。
今日は隣に怖いお兄さんもいる事だしな。
リディアは正面の椅子から移動して、隣に座り込む。
そして俺の胸元に両手を添える。
「天にまします我らが父よ。そして最初の祝福者たる初代癒し手様。
飢えるものに食事を、家無き者に宿を、家族無き子に愛を。
その御名において、私に御業をお授けください――」
リディアの手先に近い部分から、熱を感じる。
やがてその熱はじんわりと全身に広がっていく。
全身が火照りだす。
「う……」
頭がぼうっとするし、視線が定まらない。
体がふらふらする。
「大丈夫なのか?……」
近くで見守っていた修道士の男がつぶやいた。
「あの、ユーヤさん。調子はどうですか?」
うつむきがちになった顔を、リディアが覗き込む。
俺は弱みを見せまいと答える。
「大丈夫、です……」
「そう、ですか」
俺は近くに置かれた杖を手に取り、重い体を引きずって診療所を出た。
あの日以降、俺が安心できるのは自室だけ。
今は一刻でも早く、あの場所に戻りたかった。
「死と生とは舌に支配される、 これを愛する者はその実を食べる。」
箴言 18:21




