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半透明の影  作者: 穏田省吾
療養編
25/37

初めての壁上監視

 

 早朝。

 気分が悪くなる位に晴れた青空の下、

 俺は門を目指して歩き出す。


 久しぶりに、門に着いた。

 既にほとんどの門兵がそろっていた。


 が、何処かよそよそしく、妙な距離感があるように感じる。

 ジラールとも一度目が合ったが、彼も気まずげに目を反らした。


 ・

 ・

 ・


 今日は初めて壁上監視を言い渡された。


 ま、それもそうか。

 こんな怪我で検査役なんてやったら、余計に傷が悪化しそうだ。


 ペアを組まされたブロンと共に、土埃だらけの古めかしい螺旋階段を上る。


 おお……


 壁上に着くと、そこには解放感のある景色が広がっていた。

 高さは恐らく5メートル程。

 気持ちの良い風が体を打つ。


 都市の内側を見て見ると、下街の景色が一望できる。

 家々は増改築を繰り返し、ほぼすべての家が4,5階もの高さがある。

 横繋がりになっている建物も少なくない。


 建築基準法など存在しないと言わんばかりだ。

 建物の間には紐に干された洗濯物の数々が見えた。


 屋根の形、壁の色、煙突の有無、建物の高さ。

 どれもバラバラで、とりとめがない。

 それらが狭苦しく詰め込まれ、陽光を受けて色濃く存在を主張している。


 土壁と平らな屋根、粗末な建物が並んでいる部分がスラムだろうか。


 カーブルト曰く、どこの都市も逃げ込んだ人々でパンパンとの事だったが、

 本当にギリギリの状況のようだ。


 例えるならコップの上に張った水だろうか。

 何かがきっかけで、溢れださなければいいが……


 内壁の先の上街は緩やかな丘になっており、その頂点に領主様の住むバリエル砦が見えた。

 きっとあそこに、あの女もいるのだろう。


「……」


 脳裏に、荒れ狂う海の瞳がよぎる。

 俺は、反射的に視線を砦からそらした。

 目の前には屋根付きの櫓がある。


「おい、こっちだ」


 櫓の方向からブロンの声がする。

 櫓に入ると、そこではブロンが旗を立てようとしている。


「壁上役は最初に都旗を掲げる準備をする。

 これが開門の合図になるらしい。

 側で流れだけ見ていろ」

「はい」


 ブロンは慣れた手つきで黙々と作業を行う。

 相変わらず無口な男だ。


 少ししてブロンがスルスルと紐をひくと、櫓の上に都旗が上がっていく。

 背景色は薄い水色で、中心部にはオレンジ色の積まれたレンガの絵が見えた。


 長さとしては一メートル程度。

 中々大きい。


 陽光を受け、旗の鮮やかな背景の水色や、オレンジ色が照らし出されている。

 旗は風を受けて生き物のように動いていた。


 俺は横目でブロンを見た。

 相変わらず手入れされてない無精髭、くせ毛、力のない目。


 普段から人目を気にせず、堂々としている男。

 その変わらず淡泊な雰囲気が、少しだけ有難い。


「俺達の仕事は文字通りの壁上監視だ。

 大きく分けると、門の業務に対する監視と都市に対する敵襲への監視の二つがある」

「はい」


 そう言えば前にトレバーが、壁上から暴れていた冒険者を弓でけん制してくれていた。

 あれは門の業務の監視になるのだろう。


「ここから斜め左にある物見砦から狼煙が上がった場合や、敵襲を確認した場合は

 これで思い切り鐘を叩け」


 トレバーは手に持っている鉄の棒で鐘を軽くたたいた。

 それは小さい鐘だったが、それでもスイカ位の大きさはある。


 ……この鐘、フルスイングしたらどうなるんだろう。


「後は時々壁上から下を眺めていればいい。

 入市者の列を確認して不審な動きをしていないかとか、逆に壁の内側の確認もな」

「壁の内側も……ですか?」

「門は人の行き来が多いからな。

 肩がぶつかったとかで喧嘩する冒険者もいる。

 ……まあ、こっちまで火の粉がかからなそうなら、適当に無視しろ」

「分かりました」


 しかし、「無視しろ」か。

 本当に適当な人だな。

 まあ、今は俺も真面目に仕事をしたい気分じゃないし、有難いが……


「とりあえずお前は見やすい所に立っていろ。

 俺は櫓の中で寝る。

 飯時は先に行っても良いから、昼休憩になったら起こしてくれ」

「えぇ……」


 そう言い残して、ブロンは腕を枕にして寝転んだ。


 深夜帯の警備員が、仮眠を取るみたいな話は聞いた事があるが……

 今は朝方だぞ。


 都市を守る守護者の姿か?

 これが……


 暗い。余りにも……


 ・

 ・

 ・


 俺はとりあえず、壁上から辺りを見回す。


 朝ラッシュの時間帯という事もあり、入市者の行列が続いている。

 きっと下は大忙しだろう。


 太陽の強い日差し、かといって暑くはなく、むしろ涼しい風が吹いている。

 心地が良かった。

 上を見れば澄んだ空が見えた。


 しかし、晴れわたるような空を見てもどこか味気なく、

 逆に苛立ちさえ感じていた。


 カーブルトと死地を乗り越え、危険な門兵の仕事に食らいついているつもりだった。

 成長したつもりだった。

 それが一日でがらりと変わった。

 もう、あの時のような気概は持てない。


 無限に広がる大空に比べれば、

 人の人生なんて、何てちっぽけであっけないものなのだろう。


 澄んだ空をいつまでも眺めていても、心まで晴れる事はなかった。


 ・

 ・

 ・


 二の鐘が打ち鳴らされ、不快な音が鼓膜を打った。


 昼時だ。

 景色ばかり見てぼうっとしていたら、もうこんな時間だ。


 そう言えば、昼時になったら起こせとブロンが言っていたか。

 俺は櫓の中に入り、寝ているブロンの横に座る。


 驚くべきか、呆れるべきか。

 これ程強い鐘の音を聞いても、ブロンは眠りから覚めていない。

 よほど良い夢でも見ているのか……?


 俺は少し緊張しつつも、ブロンを起こすべく声をかける。


 キレれば誰にでも剣を抜く男だ。

 心地よい夢から起こした際のいら立ちで、何が起きるか分かったものじゃない。


「あー、ブロンさん?

 あの、ブロンさん?」


 俺は軽くブロンの肩を揺さぶる。


「ん、んん、あー」


 ブロンはあくびしながら体を起こす。

 同時に、立て掛けてあった得物をさっと掴み取る。


 起きてから真っ先に剣を手にするか。

 流石だな。


「もう昼時か?」

「はい」

「そうか。なら先に飯に行って来い。

 俺は眠気を覚ます」

「僕は昼食は食べないのでどちらでも構いません。

 よかったら先にどうぞ」

「昼食に行かないのか?」

「はい」


 最近は、以前にもまして食事が進まない。

 食べる事はできるものの、あの日から何を食べても味気ない。


「……」

「ま、いいか」


 無言でうつむく俺を前に、ブロンは続ける。


「誰もが望郷の騎士のようにはなれない。

 あの、恐ろしい逆境と、戦場を勝ち抜いた化け物のようにはな」


 ブロンの吐き捨てるような口調には、明確な嫌悪があった。


「……」

「……」


 俺とブロンは櫓の中で向かい合って座っていた。

 外からは旗がたなびく音と、風が吹きすさぶ音が聞こえる。


「よく眠れますね。こんなにうるさいのに」

「前線に比べれば楽な所だ」


 ブロンはぶっきらぼうに言った。


「前線にいたんですか?」


 俺は興味本位に聞いてみる。

 噂の不死公とやらと戦っている前線にいたのだろうか。


「あ?ああ、まあ……」


 俺が目を向けると、ブロンはあからさまに目を反らした。

 自分から口に出したのに、実際に聞かれるのは嫌だったらしい。

 思ったより繊細だな。


「……ロクな所じゃない」


 ブロンは一言そう言って押し黙った。

 それ以上聞ける雰囲気じゃなかった。


「……」

「……」


 再び沈黙が続いた。

 どうせなので、俺は前から気になっていた事を聞いてみる。


「上にあるレンガの旗ってどういう意味なんですか?国旗ですか?」

「……紋章だよ。カヴェルナの」


 国旗ではなく家紋だったか。


「あの煉瓦は何を表してるんですか?」

「……確か壁の材料を表している。

 丘を取り巻く二重の壁。ここの事だ」


 壁が紋章?

 よく分からないな。


「……壁の材料を紋章にしたんですが?」

「五年前のカヴェルナ防衛戦の影響だよ。

 この壁のおかげで、しのげたんだ」


 カヴェルナ防衛戦……

 そう言えば昨日神父も話してたな。


「あの家紋の下に書かれている言葉は、何て書いてあるんですか?」

「俺も字は読めんが、「堅守する事鉄の如く」らしい。

 領将様が残した言葉だとさ」


 洒落てるな。

 社会から部屋を堅守し続けた身としては、涙が出そうだ。


「それが街の標語となって、こうして旗に刻まれているんだと」

「物知りですね」

「馬鹿かお前。こんな事位そこらのガキでも知ってるぞ」

「……」


 何だよ、辛口だなあ。

 ちょっとは病人を気遣えよ。


 もちろん、そんな事は口には出さない。

 キレたら怖いからだ。


 ・

 ・

 ・


 その日はそのまま壁上で監視を行った。


 途中で入市検査が込み合った時は、ブロンが下に降りて手伝いに行った。

 俺は来なくて良いと言われた。

 この傷だし仕方ない。


 ブロンは俺がリンチされる前も後も、淡泊な態度を変えなかった。

 気遣いもしないし、煙たがりもしない。

 有難い態度だった。


 それとも、俺と同じで人生そのものに投げやりになっているだけだろうか。


 ・

 ・

 ・


 眼前に広がる平野は夕焼けに染まっていた。

 西の方角を見ると遠くに沈みかける太陽が見える。


 夕焼けか。

 今までは仕事を必死でこなすばかりで、景色なんて目に入らなかったな。


 雑多でとりとめのないこの街に、

 この瞬間だけは等しく夕焼けが降り注ぎ、都市を丸ごと優し気な色に包んでいる。


 夕焼けの都市は美しかった。

 たとえ中身がどれ程腐っていて、救いようがなくとも――


「良い景色だな」


 隣に立っているブロンが口を開く。


「はい」

「壁上監視の特権だな。

 ……実を言えば、リンチされたお前を受け入れるかで、門では議論があった」

「!……そうですよね」


 貴族から目をつけられた奴を、そのままって訳にはいかないよな。

 特権階級から目を付けられれば、誰だって逆らえない。

 どんな罰があるかも、分からない。

 分かっていても、実際に言われると落ち込む。


 今朝の、どこかよそよそしい空気の門兵たちがよぎる。

 彼等も、内心ではどう思っているか……

 内心に黒い物が渦巻いていく。


「そいつらは単にお前を嫌っている訳じゃない」


 どうだか。


「このせまっ苦しくて不景気な都市の中じゃな。

 職が危うくなれば誰もが死活問題だ。


 子供を食わせなくちゃいけない奴。

 兄弟を食わせなくちゃいけない奴。

 要領が悪くてここ以外いけない奴。

 色々な理由がある」


 俺は少しだけ苛立った。

 気分の落ち着くような夕方でなければ、もっと直情的になっていたかも知れない。


「……色々な事情があるから、見て見ぬふりをしても良いと?

 そのまま切り捨てられても仕方ないと?」


「そうは言ってない。

 ただ、皆、自分の手の中に納まる範囲だけでも守ろうと必死なんだ。

 滅びかけた国の中、わずかな食い扶持と居場所を巡ってな」

「随分と達観した物言いですね」


 俺がリンチされた現場には居合わせてなかったとは言え、

 きっとあそこにブロンがいても、俺を助けなかっただろう。


「ブロンさんは僕がここに残る事に、賛成か反対のどちらなんですか」


 この際だからはっきりと立場を確認してやろう。

 そんな達観したような物言いから引きずり降ろしてやる。


「俺は……正直に言えばどちらでも構わない。

 元々冒険者ギルドからの斡旋だし、正規兵連中と違って、いつまでもここにいられるとは考えていない。


 フォルの奴は正規雇用を狙ってはいるようだがな。

 ギルドに戻ればまた別の色々な依頼がある」

「……」


 言いにくい事だったが、どうしても聞きたい質問を聞いてみる。


「そんな危険な仕事をして……将来が不安にならないんですか?」


 冒険者という仕事自体が危険な仕事ばかりだ。

 その上ギルドの中抜きも酷い。


 体だって30を過ぎれば衰退期だ。

 いつまでも肉体労働を出来る訳じゃない。


 それでも門兵というきつい仕事にしがみついているのは、将来が不安だからだ。

 今度こそ二度目の人生を誠実にやり直す。

 その決意で、この仕事に食らいついてきたつもりだった。


「確かにこの仕事は危険だが、そもそも世界は危険で理不尽なものだ。

 だからこそ俺は、後悔するような生き方はしたくない。

 家族も仲間も、いる訳じゃないしな」


 ブロンは壁によりかかりながら答える。


 宵越しの銭は持たない。という事だろうか。

 日々を刹那的に楽しむ気性。

 愚かだと思う反面、それが出来るのは羨ましくもあった。


 正直に言えば、ブロンは常に負のオーラを放っている。

 後悔するような生き方をしていないとは思えなかった。


 自分自身にそう言い聞かせているようにすら思えた。

 が、キレると怖いので、その部分は突っ込まない事にしよう。


「お前も、ギルドに帰るという選択肢は常に考えておいた方が良い。

 一つの環境だけが、全てじゃないからな」

「……」


 ギルドに帰る選択肢、か。

 ただ、今の満身創痍で、ロクに経験も無い状態じゃ、紹介できる依頼も少ないだろうな。

 傷が癒えるまでは、ここにいた方が良いか……


「冒険者だって皆が皆、酷い生活をしている訳じゃない。

 領主一家の護衛を任され、騎士号を授与された“夜明けを告げる鐘”

 上街の要人の護衛に特化して地位を築いた“黄金麦穂の大盾”

 どんな速達でも必ず届ける“八本足の走り屋”

 イコルが率いる、聖教とも繋がりのある “ロッシュ兄弟団”

 あいつらみたいな、社会的な地位がある連中もいる」


 色々な奴がいるんだな。

 それにイコルって男。

 確か冒険者ギルドで話したような。


「その中に“異邦の剣”は入らないんですか?」


 少なくとも、門を通る冒険者の中では一番恐れられている。


「壁外での戦いにも慣れているようだしな。

 奴等より上の実力者は、本当に数えるほどだろう。


 だが卑肉なんぞいくら売っても高く売れないし、

 そんな事をする奴は軽蔑の目で見られる。

 恐れられてはいても敬われはしない、だから外した」


『本当に数えるほど』か……

 相当に強いんだな。

 実力はあるんだし、上手くやればもっと上を目指せるような気もするが……


「ブロンさんでも、勝てないんですか?」

「一人一人、闇討ちしていくなら勝ち目はあるかもな」


 ブロンはすまし顔で言った。

 怖いって……


 ブロンなら、本当に実行に移しそうな雰囲気がある。


「ッ」


 優し気な夕焼けの景色に、無遠慮な鐘の音が鳴り響く。

 今日の業務は、これで終わりのようだ。


 ・

 ・

 ・


 最後に都旗を仕舞い、簡単に辺りを見回して異常がない事を確認する。

 少しすると、夜勤役の二人男が壁上に昇ってきた。

 ブロンが夜勤役に引き継ぎをしたり、夜に備えて松明の準備を行う。


 俺たちは作業を終えて、地上に降りた。

 門の近くで、門兵達がたむろしている。

 丁度、閉門作業が終わった頃だったらしい。


「……」


 途端にブロンの言葉がよぎる。

 俺の処遇を巡って、追い出すかで議論があった話。

 恐らく今も、何人かは俺を厄介払いしたいと思っているのだろう。


「……」


 人が怖い。

 これ以上、辛い言葉を投げかけられるのは耐えられない。


 俺は足早に、誰にも気づかれぬよう門を後にする。

 途中で、背後からジラールの呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、

 無視して先を急いだ。


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