表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/96

悪役としての暮らし

 一か月もあれば以前のアルビーナの情報はそれなりに手に入る。

 両親は魔都と呼ばれるミザナにて過ごしており、子供のアルビーナだけ領地のマナーハウスに残されている、とか。

 情報が手に入った事で、私はアルビーナとして振舞えるようになった。


 また、私の騎士となった少年には、毎日の三食と寝所に衣服を与え、私を守るべくを理由に学問だけでなく剣術体術と学ばせている。

 私が死んだ後でも彼が独り立ちできるようにと、七歳でも中の人は十八歳である私からの十歳の少年に対する親心である。


 そんな彼は辛い稽古に泣き言など一切言わず、また、勉強ができる事が幸せだという風に私に感謝しきりなところが親泣かせだ。

 もっと色々してあげたいなんて思うぐらいに。


 ってか、彼の名前がジャンではなくヤンだった、とは!


 この世界の登場人物がドイツ系名前だというのならば、JANと書いてヤンと読むので、彼がジャンで間違いも無いのだけど。


 さて、彼が同名なだけでヤン・ヘルツォークではないらしいのは、彼が太陽神みたくな金髪でないことと、海のような真っ青な瞳じゃないことから、私がそう勝手に断定している。

 そう思いたいが真実だ。


 だって、検索魔法で何度覗いても、貧民街にヤンの姿を見つけられないのだ。

 その代わりと言う風に、私の傍に同名の少年がいるのよ。


 彼が普通の子供だったならば、私はそんな不安など抱かないだろう。

 でもね、風呂に入れて綺麗になった私のヤンは、誰よりも可愛い少年だった。

 金髪はくすんでいようと金髪だから綺麗だし、整った顔立ちの中で輝く瞳は真っ黒で彼を理知的に見せている。

 まるで柴犬のように、可愛らしくて賢そうな美少年だったのだ。


 そう、ヤンの外見は柴犬の化身風なのだ。

 私は失った愛犬をヤンの中に見ているから、こんなにも彼が愛おしいのかも。

 でも、私のジャンはヤンみたくいい子じゃ無かった、と思い出すばかりだ。

 取ってこいなんか、絶対にしてくれない犬だったもの。


「お嬢様。今日のお菓子はクリームが色とりどりで可愛いですよ。」


 銀色の大きな盆を抱えるヤンは、そのお盆を私に見せつけるようにした。

 確かに小さなケーキは色とりどりで、どれも凝ったデコレーションがしてある。

 彼は銀の盆をテーブルに乗せると、盆に添えてあった銀色のトングを手に持って笑った。

 一か月の健康的な生活で、血色も良くなったヤンの笑顔は破壊的だ。


「どれになさいますか?」


 ああ!取ってこいをしてくれるなんて!

 いえいえ、これは十歳の男の子だとしても、彼氏が彼女にしてあげる、そんな擬似体験じゃないのかと。

 なんて尊い!


「じ、じゃあ、この水色のクリームのものを。」


 私は言いかけて、口を閉じた。

 あからさまに残念そうな眼つきをしやがって。


「……いえ、やめて、ピンクのものにするわ。あとこの紫のものと。」


 やっぱりヤンはジャンに似ている。

 私が残したケーキは彼のものだから、彼は水色のケーキを狙っていたようで、私が水色と言ったとたんに眉毛を少し悲しそうに下げたのだ。


 全く!

 今の笑顔を見てよ!


「ピンクのケーキは僕が飾りつけたんです。」


 ぐはっ!

 そっちか!

 何かが私の胸を刺し貫いたわ!


「そ、そう!素晴らしいわ。最高よ、ヤン。」


「あの、こんなことを奴隷が言うべきではありませんが。」


「何?聞いてさし上げてよ?」


「おれ、僕はヤンではなく、ジャンなんです。この国ではヤンと読みますが、本当のほんとはジャンなんです。」


 私は泣きそうになりながら、彼に微笑んでいた。

 私が転生したならば、ジャンも転生していると嬉しいと思いながら。

 だって私は、ジャンをとっても愛していたのだ。

 あのろくでもない犬を、私はとってもとっても愛していたのだ。


「分かったわ。ではジャンと呼びます。でも、そうね、私以外の人にジャンと呼ばせてはいけないわ。いいこと?」


「もちろんです。僕はあなただけのものです。」


 綺麗なシャツに身の丈に合ったズボンを履いている彼の首には、今はもう、奴隷の印である金属の輪っかは嵌っていない。

 その代わりとして、私の所有物として焼き印が首の裏に押し付けられた。


 輪っかを外す時に執事のコンラートは異を唱え、私は残虐なアルビーナである為に自分の炎魔法で彼に焼き印を入れたのである。

 それは普通の炎でつけられた火傷ではなく、私の魔法の炎によるものだから、私が死んだら消えるから良いわよね?


「ジャン。椅子にお座りなさいな。お茶会は一人ではつまらないものよ。」


 彼はさらににっこりと素晴らしい笑顔を見せると、長いテーブルの私の右斜めとなる場所、誕生席となっている私から二つ席を置いた場所に腰を下ろした。


「遠すぎるわよ。私が淹れたお茶が飲めなくて?」


「い、いえ!お茶は俺が、いえ、僕が。」


「俺で良くってよ。そして私がお茶会の主人なの。黙って言う事をお聞きなさいな。よくて?」


 ジャンは立ち上がると私の直ぐそばの席に腰を下ろした。

 そう、これでいい。

 私の柴犬ジャンは傍若無人だった。

 人間のジャンが犬よりも控えめでどうするの?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ