冒険の前には仲間を作る
シャツは垢が付いて薄汚れて灰色になって見え、ウールのズボンなんて、彼には小さくなり過ぎた上に左膝が破れて膝小僧が出ている。
ここは豪奢な貴族のサロンだぞ?
金持ちの家には似つかわしくない、浮浪児そのままの姿の少年が急に現われたのだとしたら、それは驚かない人なんていないだろう。
「あ、あら。ええと、あなたは何かしら?」
「犬ですよ。お嬢様。先日人間狩りで狩ってきた、お嬢様の獲物では無いですか。小汚いのでそろそろ何とかして欲しいのですけどね。」
「何とか?」
偉そうに答えながら、さらに偉そうに喋りながら館の中に入ってきた執事を見返すと、あらま!執事の胸のあたりにクリップボードみたいなものが出現した。
バックハウス家執事コンラート
幻術・召喚術・予知能力に特化した魔人
魔人?
え、そんな設定だった?
設定、という思考により、私の頭の中から地図は消えて、その代わりにこの世界の設定らしき文章が出現した。
いや、ゲームについている小冊子にあるあらすじみたいだ、と思った。
人が魔術を手に入れたことで、人は魔人と自らを名乗り始めた。
魔力のない人間は搾取され最下層に落され、世界は魔法力が強い者
達によって支配され、富も人間の尊厳も独占されてしまったのだ。
それは知っている。
このルビータ国を牛耳っているトップにバックハウス家は名を連ねているのだし、その関係でプリンセスとしてアルビーナは残虐非道に振舞っていたのだ。
小説を読んで知ってる設定なんかじゃなくて、私は小説に書かれていなかった他の隠し設定が読みたいんだよ!
「ぎゃあ!」
少年の苦痛の叫び声に、私は意識をハッと戻した。
コンラートが少年の襟首を汚いもののようにつかんで持ち上げているだけだが、彼が掴んでいるのは少年の首に嵌められた金属の輪だった。
少年は金属の輪を引っ張られたことで起きた痛みと苦しみに、思わずの悲鳴を上げたのだろう。
私は少年の腕を掴み、自分に引き寄せていた。
怒りを込めながら。
私と少年を守るように炎が起きて、コンラートは炎に巻き込まれないようにぱっと少年から手を放して後退った。
「お嬢様?」
「私の飼い犬ですわ。」
そして、とりあえず、この場から逃げた。
子供のように少年の手首を掴んで駆け出しただけだけど、私に引っ張られる少年は私の後ろを走りながらくすくすと笑い声を上げていた。
「怖くは無いの?あの執事よりも怖い目に遭わせられるかもよ?」
「でも、家にいた時よりも、美味しいものが食べられるし。」
美味しいものが食べられる?
そんな事を言ったばかりの少年は、大きくお腹をぐうと鳴らした。
私はピタリと足を止め、奴隷少年を見返した。
「お腹が空いているの?ご飯は食べたんじゃないの?」
「食べましたよ。昨日!捕まえられた日にふわふわのパンとお肉のシチューを貰いました。」
少年は私に見られた事で恥ずかしそうに顔を下げた。
私は彼から手を放すと、先に行け、という風に彼に手を振った。
「そう。ではまずは台所に行きましょう。私の召使だったら、私を台所まで案内なさいな。」
「かしこまりました。」
少年はぎこちなく歩き出した。
私は彼の後ろを歩きながら、これはいい仲間を手に入れたと思った。
なんと、私が歩いていないが彼が知っている道が補完されながら、私の頭の中で館の地図が出来ていくのである。
設定がよくわからないゲームの登場人物だと自分を考えれば、自分を取り巻く環境を知ることがゲームの攻略の第一歩だ。
ただし、この館を好きに歩き回らせるには、彼は少々小汚すぎる。
台所に行けば召使いの一人はいるだろう。
「何とかなるかも。」
「そうですね。俺は奴隷ですけど、大丈夫です。奴隷じゃないときは親父に殴られて、飯だって残飯を路上で漁っていたんだし。」
私の意識が乗っ取る前のアルビーナは、一体何を考えて彼を捕えたのだろう。
でも、彼の告白で、私は彼に対しての方向性は決めた。
同じ寄る辺の無い人間同士として、互いを守り合えるようにしようと。
「お前の命は私を守るために使いなさい。お前の命は――。」
私が守ってあげると言いかけて、私は口を噤んだ。
振り返った少年は嬉しそうに微笑んでいた。
汚れてベタベタの髪をして、垢だらけの薄汚れた肌はまだらなのに、彼の笑顔はとっても純粋で素敵だった。
だから、私がアルビーナであることを失敗したら、彼を守るどころか巻き添えで死なせてしまう気がして急に怖くなったのだ。
私を裏切っても生き残る道を、彼には残させるべきではないの?
だが、少年は右手を胸に当てた。
騎士が姫に誓いをするようにして、彼は胸に手を当てている。
「誓います。あなたを守ります。アルビーナ姫。」
くっ!
尊い!
お読みいただきありがとうございます。
わんこタイプの男の子です。