社会勉強という名で設定を探らねば
お読みいただきありがとうございます。
今日は夕方にあと一話投稿します。
伯爵令嬢と呪いの未亡人よりも、一話を短くして行こうと思っています。
部屋のベランダから飛び降り、私は屋敷の中庭に降り立った。
「なんて広いお庭かしら。ほほ。」
アルビーナ・バックハウスの設定は、両親が上流貴族の侯爵様である。
つまり、彼女はプリンセスと呼ばれるアッパーなお方だ。
そしてそんな御大層な侯爵家であるならば、敷地はそれはそれは広く、門から玄関まで馬車で二時間という事だってありうる。
よって、見回したところで、中庭は私の知っている中庭名称の広さのものではなく、中庭の癖に御苑と呼べそうなだだっ広さを見せつけていた。
地平線を眺める気持で立ち止まってしまった私は、当り前だが、ここからすぐに敷地外へと出られはしない現実を受け入れるしか無かった。
「しくったわ!庶民の家の二階から飛び出すのとはわけが違うわ。」
しかし、私は前世でも自宅の窓から逃げ出した事など一度も無い。
家には犬がいるのだ。
奴は番犬として外敵から家を守ってくれたが、家内の人間も外へ気軽に出しはしない誓いを持つ門番となっていたのだ。
ジャンは私が外に行こうとすれば声をかけた。
犬だから、私の服の裾を引っ張る、あるいは大声で鳴いて騒ぐ、そんな感じだったが。
「お嬢様、何をなさっているのですか?」
ジャンが人間だったら、こんな風に、だっただろう。
私は自分に声をかけてきた執事、多分、燕尾服みたいな服装だから執事に違いない!を見上げて、彼に可愛らしく答えた。
「社会勉強がしたいの。」
マジ社会勉強だ。
私という人格がアルビーナ・バックハウスを乗っ取っているが、私はこれまでのアルビーナ・バックハウスの記憶を持っていない。
自分が読んだ小説の中で知っていること、しか知らないのだ。
有名な本ならば、マニュアル的な設定集が販売されただろうが、一冊きりの、表紙絵が好きで買ってしまっただけの無名作家のものでしか無いのだ。
小説内で書かれていなかった世界設定を調べる必要性ありき、だ。
私のその必死さを見透かされたのだろうか。
執事は鼻で笑った。
それから、憎たらしい事も言った。
「飛翔魔法で遊ばれるなんて、子供らしいところがあってほっとしてます。そんなたわいもない嘘でその行為を誤魔化されるところも。」
アルビーナは子供らしくない、情報ありがとうございます。
小説によると、アルビーナの両親は魔力の為ならば自分の子供だって生贄にしそうな人間味の無い人達である。
アルビーナらしくないと言って消去されたら困る。
で、え?
執事は腕をぐるっと回した。
すると、楕円形の鏡のような空間の歪みが出来て、そこに屋敷の中の人達の様子が次々に映しだされているのである。
「社会勉強なら、いくらでもこうして覗く事が出来ますでしょうに。」
「そうね。飛んでみたかったのよ、私は。」
私はそのまま身を翻すと館の中へと駆け込んだ。
執事のお陰で、今の術を使ってヤン・ヘルツォークの現在を探れば良い、と気が付いたからだ。
さあ、自室に戻るぞ。
「で、まず階段はどこだ?」
まず、私は自分の家であるはずのこの館の見取り図が頭の中に入っていない。
自室に戻る道順が分からないのである。
「ちくしょう。家の地図はどこだ?」
私の頭の中に、自分がこれまで歩いた地図がぱっと浮かんだ。
中庭の一部と、今私が入って来たばかりの室内の四角だ。
これだけ?と思った途端に、ぱさっという音がして、私の頭の中の絵が私の部屋からベランダ、という二階の図に変わった。
「作れと、自分の足で確認しろと!」
コントローラーを弄ってゲーム世界をオートマッピングするのは楽しいが、だだっ広い、イギリスの自然史博物館の三分の一くらいは広さがある屋敷を現実に歩き回るのは楽しくないぞ。
「ああ、こんな時にジャンがいれば!」
私の口は自然に失った愛犬の名を呟いていた。
あいつこそ、こんな探検は大好きだろうに。
「おそばに。」
え?
私はぼそぼそとした声が脇から聞こえた事で、ぎゃっと叫んでいた。
叫ぶだろう。
金髪だろうが汚れてぼさぼさの髪は顔を覆っていて、着ている服も粗末この上ない、という少年がそこにいたのだ。