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私の名前はアルビーナ・バックハウス

「お嬢様、おはようございます。」


 私がベッドから出るや、部屋の両開きの扉が開いて、わらわらとメイドにしか見えない格好をした三人の女性達が入ってきた。


 なんだ?

 これは何の冗談だ?


 目を丸くしている私の前で、私でも理解できる行動をし始めた。

 一人は私が着替えるべく服をクローゼットから取り出し、一人は水の入ったタライをパイプ椅子の座面が無い脚だけのものだけに置いた。

 最後の一人は、もちろん、私が顔を洗ったら拭くためのタオルの用意だ。


 何の冗談だ?

 ここはどこ?

 私は誰?


「頭が痛い。自分の名前も忘れたようだわ。」


 三人のメイド達は一斉に笑い、だが、私に私の名前を教えてはくれなかった。

 そこで黙って顔を洗う事にした。

 私の手は記憶にあるよりも白く、白すぎるほどで、指は子供のものでも細く華奢に見えるものだった。


 それで爪は?

 ワインをしみ込ませたような薄紅色に染められていた。

 この爪はネイルをしたものではなく、生まれつきの爪の変色にしか見えない所が気味が悪かった。

 まるで、死ぬ前の私の血塗れの手のようだ。


 いいえ、この手はそのうちに血塗れになるんだわ。

 どうしてそう思ったのか。

 自分の今の顔が見たいと望んだ途端に、私が顔を洗っていたタライの水が鏡のように煌き、私の姿を映し込んだのだ。


 私を見返す私は、人形のように硬質的な美しさがある美少女だった。

 漆黒のはずの黒髪は、ワインをしみ込ませたように赤く輝き、私を見通すように見つめ返す瞳は、橙と赤が混じったザクロ石のような輝きも持つ黒い瞳。


「フフ、ハハハ。」


 転生物は流行だけど、私まで転生してしまうとは!


 それも、私の大好きだった小説の登場人物の一人で、その登場人物は大嫌いだった、の注釈付きの奴!


「お嬢様?」


「ハハハ。これが笑わずにいられますか!」


「お嬢様?」


「気分が悪いわ。お下がりなさい!」


 メイド達は、ひぃ、っと声をあげると逃げるように部屋を出て行った。


 それもさもありなん。


 アルビーナ・バックハウスは、私が恋をした小説の中のヒーロー、ヤン・ヘルツォークを破滅させようと数々の謀略を尽くし、最後はヤンの剣によって滅ぼされてしまうという悪役なのである。


「生き延びるために……いいえ。それはできないわ。」


 ヤンは自分が恋した人がアルビーナに殺される事で、どんな事をしてでもアルビーナ達がのさばる世界を壊そうと決意する主人公だ。

 その彼の様々な行動の結果、現時点で虐げられている人達の助けとなり、ヤン・ヘルツォークはこの世の救世主となるのである。


 でも、現時点では、ヤンは無力な奴隷階級の人間でしかない。

 私が彼を殺すことは可能かもしれない。


 だけど、彼を殺せば、この世界は辛く悲しい世界のままとなってしまうだろう。


 だから、アルビーナはヤン・ヘルツォークに殺されなければならない?

 それが私が愛した小説のストーリーを変えないことで、私が愛したヤン・ヘルツォークの為になるのよ。

 命を懸けても誰かを愛したかったなんて、小説を読んで思ったのは自分じゃないの?


「いやいや、死にたくはねえよ。でも、他に道は無いのか?小説のあらすじと結末を順守しながら私も世界もヤン・ヘルツォークもハッピーになるという道は?」


 それはまず、この世界のヤン・ヘルツォークを見定めて決める?

 そうよ。

 アルビーナが私という異質なものになったのならば、ヤン・ヘルツォークだって小説と違った人物になっているかもしれない。


 だったら、私が自分を生きる道を見つけて、小説の筋を変えようとしてもいいのでは無いの?


 私は着ている寝間着をするっと脱ぎ棄てると、メイドが用意していたドレスに急いで袖を通した。

 ドレスは水色で、アルビーナには可愛らしすぎると思った。

 小説のアルビーナは好んで白を着ていたのにな、と不思議に思いながら、そのままクローゼットに向かうと、適当なマントになりそうなものを探した。


 現在のヤン・ヘルツォークが住んでいるのは、貧民街だ。

 金持ちそうな雰囲気は出来る限り隠さねばならないだろう。


「て、一人ではやばくない?」


 でも行かねば!


 受験は、戦争と同じだと父方の叔父は言った。

 情報と戦術と戦略で、まず情報ありきなんだそうだ。


「さあ、行くわよ!」


 私がアルビーナ・バックハウスだと言うならば、彼女は齢七歳にして一個小隊を全滅させる魔力があるはずなのだから!


 私は、飛翔の魔法を唱えながら、二階のベランダから外へと飛び出ていた。

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