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人間狩り

「まあ!オスカーじゃないの!会えて嬉しいわ。さあ、お座りになって。浮気性の婚約者を待っている可哀想な女の話し相手になって下さる?」


 オスカー・ウッツはくすくす笑いながら私の向かいに腰を下ろし、私に会えてこの上なく嬉しい、そんな笑顔を私に向けた。

 そこで硬質的な外見の彼は、途端に気安く柔らかい雰囲気に変わった。


 いえ、以前よりも柔らかい雰囲気よ。

 それは彼が完全に大人になったからかしら?


 四年前のウッツはカチカチの柔軟性のない人だったが、それは彼が軍人として制服を着たばかりの十八歳だったからかもしれない。

 二十二歳になった今の彼を見てよ。

 黒髪を四年前の角刈りではなく、少し伸ばして後ろへと流しているわ。


 でも、そんな遊びが出来た雰囲気にも拘らず、まだまだ堅そうと見えるのは、地味だが仕立ての良いスーツをカチッと着ているからだろう。

 そして、そんな所が彼の真っ直ぐな性格を表しているようで、彼が堅苦しいと思うよりも好ましいと見えるのだ。


「あなたにお会いできて本当に光栄です。」


 そう言ってウッツはさらに煌く笑顔を作った。

 もう!あなたは二重丸どころか花丸だわ!

 ウッツの笑った目尻に笑い皺が刻まれ、空みたいな青い瞳が煌いている。

 なんてハンサムさん、と、私は思わず自分を右手で仰いだ。


「私は臭かったですか。仕事帰りでしたから……。」


 オスカーは右腕を持ち上げて、スーツの布越しにクンクンと匂いを嗅いだ。

 私は笑いながら、オスカーの腕を軽く叩いた。


「お馬鹿さん。あなたがホット過ぎて熱くなっちゃっただけよ。」


 彼は豪快な笑い声をあげた。

 そして左手の指先で目元の涙を拭う素振りをしながら、変わっていない、としみじみとした声をあげた。


「あら、残念。ずいぶん変わったね、そう言って欲しかったのに。」


「成長されて物凄い美女になられています!私が言っているのは、私をいい男だってあなたが言う、そこですね。ほら、あなたの婚約者は誰が見ても美青年だ。」


 オスカーはガラス越しにジャンを指差したが、私達が顔を向けて見たそこにはもうジャンの姿はない。


「あれ、消えた。」

「あら、どこに?」


「妻の警護をありがとう、ウッツ。」


 ガラスの向こうを眺めていた私達は、カフェの通路の方へ顔を向き直した。

 物凄くぜいぜいと息を吐いているジャンがそこにいて、私がずれると私の横に体を押し付けるようにしてソファ席に腰を下ろした。

 それから、オスカーに偉そうに左手を閃かせた。


「会えて嬉しかった。では、さようなら。」


 私とオスカーは顔を見合わせて吹き出した。

 変わっていない、と同時に呟いてもいた。


「ああちくしょう。四年ぶりでも仲良しだな。そうだよな。アルビーナはひと目でウッツが大好きになっちゃったんだもんな。」


 不貞腐れた様にジャンはぼやき、ジャンが座った事で注文をようやく取りに来た女給に、彼はコーヒーと告げた。

 私とオスカーに尋ねもしないで。


 オスカーはジャンの子供っぽい行動がツボらしく、クスクスと心地よい笑い声を立てている。

 そして彼が笑う事で、カフェの女性客がチラチラとこちらを振り向いて、笑顔で素敵になっているオスカーを盗み見をしていた。


「ウッツは誑しだ。俺のアルビーナが優しいからって、同情心を煽って口説いてきやがる。」


「すいません。私を素敵だと言って下さるのがアルビーナ様だけですから、私はアルビーナ様から離れられないんですよ。」


「おま、お前!開き直りやがって。」


「いや~、私からの命令もありますからね。ウッツ君を受け入れてくださいよ。」


 私達の上に影がかかり、私もジャンも聞きたくないはずの声が聞こえた。

 いや~な気持になりながら見上げれば、忘れもしないエドガー・バール様がおわしていらっしゃった。


「うああ。」


「私にも喜んでくださいよ。侯爵様。」


 久しぶりに会ったエドガー・バールは、髪の毛が少し長くなっているぐらいで、四年前と変わっている所など無かった。

 ほんの少し長くなった焦げ茶色の髪は、無造作に見えるがちゃんと整えたものだろうぐらいに綺麗にウェーブが掛かっていて、その煩そうな前髪から覗く緑の瞳は相変わらずに猫のように隙が無い。

 彼が着ている軍服の肩の階級章によれば、彼は大佐になってるらしい。


 四年の間に、またどんなえげつない事をしたのだろうか。


「まあ!大佐様だなんて。ご栄達を存じあげなくてごめんあそばせ。」


「ハハハ。こんなのはいいんだよ。出世ももういい。ここに君達を呼んだのは、君達に知らせたい事があったからだ。」


「君達を呼んだって、私はジャンからここで待ち合わせようって――。」


 ジャンは首を横に振った。

 確かに、ジャンの言付けを伝えてきたのはタウンハウスのメイドだが、そんなものはいくらでも誤魔化して伝える事が出来るものだ。


 デートの始まりみたいな待ち合わせにウキウキしていた私は、一瞬で真っ暗な気持ちになってしまった。

 ついでに、バールからのお知らせなんか、知りたくない気持ちでいっぱい。


 何も聞かずに帰りたくなった。

 オスカーには会えて良かったけれど、本気でバールには会いたくないのだ。


 そんな私の気持を知ってか知らずか、バールはオスカーを押しのけるようにしてソファ席に座ると、頼んでもいないのに、低くて静かな声で、私が王に魔都に呼び寄せられた理由を語りだした。


 先に教えておくねっていう、ネタバレって奴だった。


「人間狩りが始まる。その指揮を執るのが、カンターレ女侯爵様だ。」


「承服しかねるわ。」


「いや。承服してくれ。君が指揮を執り、逃がせるものを逃がすんだ。」


 私はバールをまじまじと見返した。

 ジャンだってバールの言った事について、信じられないという顔でバールを見返していた。

 注目を浴びたバールは、彼こそ魔人であるように微笑んだ。



お読みいただきありがとうございます。

ウッツは実は若かったんです。

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