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私達は家に帰ろう

「お疲れ様です。では、建物ロアンダに入りましょうか。」


 処刑場に併設されている教会施設。

 私は重苦しい建物を見返して、嫌だという風に首を振った。

 あれは、処刑される囚人を処刑時間まで留め、また、執行人が時間までここで休息を取るという建物なのだ。


 バールは私に腕を差し出し、私は彼の腕をとらなかった。

 私はこの忌まわしい建物に再度入りたくはなかった、のだ。


「真っ直ぐに帰ります。」


「まだ全部終わっておりません。最後の報告があります。そして、先にヤン殿をロアンダの執務室に案内してお待ちいただいてます。」


 私はバールの腕を取るしか無かった。

 案内された部屋には、ジャンが待っていた。

 ジャンはかなり憤慨した顔つきをしており、私達が部屋の扉を開けるなり飛ぶようにやって来て、私をバールから引き剥がしてくれた。


「ジャン。」


「さあ帰ろう。こんな場所から急いで出るんだ。アルビーナ。」


「待って。頑張った人にお土産を渡してからだよ。」


「そんなもの――。」


 ジャンがバールに言いかけたそこで、リボンのかかった書状のようなものをバールは既に持っていて、それを私に突きつけていた。

 王の紋章があるリボン?

 私は恐る恐ると書状を開いた。


 そこに書かれていたのは、なんと、従兄のアロイスを侯爵位の継承権から外すという王命であった。


「精神に著しい問題があるとして、アロイスは侯爵家の領地の一つに幽閉される事になっている。」


「で、私がアロイスの面倒を見るのか?だったらあいつに好きにさせた方が私が楽じゃないか!」


 バールは眉毛をちょっと上げて見せた後、私の頬に自分の頬がくっつくぐらいに顔を寄せて、甘い声で囁いて来た。


「では、愛するあなたの為に私が監督してあげましょうか?」


 背筋がぞわっとするどころじゃない。

 ハンター達の繋がりを全部洗うために、十六名に拷問をした男だ。

 そこまで人に酷い事が出来る男が、我が領地に入り込む?


「ご心配ありがとうございます。彼女は自分の家族の事は自分で何とか出来る人です。」


 私の両肩に温かな手がそっと乗った。

 その手は私の両肩をぎゅっと掴み、あれよッという間に私を後ろに下げた。

 バールから引き離された私の背中に、温かで安心できる硬い胸板が当たった。


「それに俺が付いているから大丈夫です。それよりも、アルビーナの領地にあんたは勝手に立ち入るな!俺のアルビーナにあんなことをさせやがって!」


「ジャン。」


 私は自分の肩を掴むジャンのそれぞれの手に自分の手を乗せた。

 そしてきゅっと彼の手を握った。

 右手だけ甲や指関節にガサガサした感触があった。

 見ればジャンの右手の甲は、ところどころの皮が破れて真っ赤だった。


「壁を殴ったのね。私の為に。」


「優しい君があんなことをさせられたんだ!」


 私は私のエゴで悪役側に入れ込まれてしまった人を見上げた。

 彼は私を見ていない。

 私の敵と見做した、エドガー・バールだけを睨んで威嚇していた。

 絶対に私を助けてくれる、私の愛するジャン。


 私を守る時には、周りが全く見えなくなってしまう人。


「ジャン。領地に帰りましょう。私達の家に帰りましょう。」


 ジャンはハッとした顔になり、私を見返した。

 表情は驚いたもの、それだけだ。


「わたしたちの、いえ?」


「ええ。あなたから奴隷の印を消します。あなたは今日から私の婚約者で将来の配偶者よ。お嫌かしら?」


 ジャンは顔を真っ赤に染めたが、でも、物凄く嬉しそうに笑った。

 この決定でジャンは不幸になるかもしれない、のに。

 私はとうとう人殺しになってしまったのだもの。

 私という人格になる前は、ええ、ギャングを皆殺しにしていたみたいだけど。


 私の肩からジャンの手は外れた。

 それから私の横にジャンが一歩踏み出して並び、私に対して腕を差し出したのである。

 真っ赤な顔をしながら。


「ええ、っと。我が妻、アルビーナ。」


「ありがとう。我が夫、ジャン。さあ帰りましょう。」


 私はジャンの腕に腕を絡めた。

 ごめんなさいと謝りながら。


「どうして謝るの?」


「血で作られる道をあなたにも歩かせてしまうからよ。」


 ジャンは私に顔を向けた。

 真っ黒の瞳はゆるぎなく私を見つめている。

 必死過ぎる程の彼の瞳に私は泣きそうになった。


「ごめんなさいね。」


「謝らないで。俺は君の横にいたい。君がいるそこが地獄でも。」


 ぱちぱちぱち。


 バールは気の抜けた拍手をすると、如才ない人間が浮かべる笑みを見せた。


「では、本日はありがとうございました。カンターレ女侯爵様。それから、暫定配偶者様。アルビーナ様が成長したあかつき、君が童貞を捨てられるその時まで、ちゃんと生き延びられるように祈っておりますよ。」


 ジャンはバールに答えるどころか、ぐいっと私を乱暴に引っ張った。

 そしてそのまま私が宙に浮くぐらいの勢いで執務室を飛び出した。

 私を引っ張るジャンの横顔は、怒ったように紅潮している。


「ジャン。どうしたって言うの?」


「あいつはいつか殺す!あいつだけは許せない!」


 激しやすいのに、彼が怒りをあらわにするのは私の為だけだ。

 私はジャンの腕に絡めた自分の腕に力を籠め、彼の腕に頭を添えた。

 あなたが横にいる限り、私は大丈夫。


「俺が童貞を捨てられるって、アルビーナに失礼すぎる!」


 あ、私が成長するまでジャンはやれないよ、そんな下世話な事をあいつは言ったのか。

 そうだ!

 私はまだ十二歳だった。


 あと四年は出来ないわね!




お読みいただきありがとうございます。

二章はこれで終わりとなり、次話から第三章、アルビーナはあと二ヶ月で16歳、ジャンは19歳となっております。

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