我はカンターレ女侯爵
ブルーノの死は病死として片付けられたが、魔都の混乱は私のお陰で収まった事になった。
カンターレ侯爵位は私に返還された。
しかし、そこでお終いでは無かった。
私の魔法の石つぶてによって戦闘不能にされた十六名のハンター達は、尋問という名の拷問で当局に有利な証言を喋らされるだけ喋らされた。
そしてそのお駄賃という風に、公開の銃殺刑にされる。
もちろん、銃殺時の号令をかける役は私だ。
処刑場は魔都の外れにあるロアンダという名の教会だった。
円形状の建物の屋根はドームとなっており、この世界で見慣れた教会の姿とは全く異なった異質なものだった。
前世世界のオーストリアで有名な病理標本のあるミュージアム、かって精神病院だった時代のナレントゥルムを彷彿とさせるような、閉じ込められたら生きて出て来られない恐怖感を私に与えた。
その建物に銃殺場が併設されているのである。
そして、死刑囚を立たせる壁のある処刑場となる庭には、幼稚園の園庭程度の広さになるように周囲を柵で囲まれていた。
ロアンダの周囲には産業も農地も何もない。
だだっ広い荒野が広がるだけだ。
それでも柵が必要なのは、死刑囚を逃さないためだけではない。
こんな辺鄙な場所だと言うのに、ロアンダの処刑場には死刑を見に来た観客で今日はごった返している。
押し寄せた観衆達は老若男女問わず、最前列は期待溢れた顔を見せながら柵にしがみ付いて身を乗り出してた。
そんなに楽しいか?
処刑用に身繕いはされていたが、十六人の誰もが、傷を負っていない健康な肌が見える場所など何もないぐらいに、ひどく痛めつられているというのに。
「うっぷん晴らしに弱者の不幸を楽しむのは、人間の人間たる性質だよ?」
私の副官のようにして横に立ったバール少佐、いえ、この功績によって中佐に位が上がったようで、軍服の階級章の星が増えていた。
「うっぷん晴らしに必要なのは、勧善懲悪の物語のはずだわ。」
「勧善懲悪なんてすでに諦めた群衆達だ。だからこそ、自分よりも不幸がいると知って安心したいのさ。さあ、美しき侯爵様。号令を。」
私はきゅっと唇を噛んだ。
侯爵位を得た私が着ているのは、喪服のような真っ黒のドレスだ。
そこに、カンターレ侯爵たるものが羽織れるジャケット、紋章の刺しゅう入りの真っ赤なナポレオンジャケット型の上着を、マントみたいに肩にかけている。
成人男性用の上着など、十二歳の私には大きすぎて重すぎる!
「さあ決断を。あなたの号令で彼らは楽になれます。号令が無ければ死刑は中止です。次の週まで拷問官の玩具に逆戻りですね。」
なんてひどい事を言える男だろう。
あなたこそ私の拷問官だわ!
私は私のせいで拷問を受ける事になった十六名の男達を眺め、目隠しをされているけれど、彼らの姿を記憶に残せるように見つめた。
指が潰されている者に、指なんて無くなっている者。
鼻を削がれた者。
白い目隠しが赤く染まっているのは、目玉をくりぬかれでもしたの?
でも、彼らに共通しているのは、彼らが私の炎を纏った石つぶてによる火傷を、大なり小なり体のどこかに負っている事だ。
私が彼らをこんな目に遭わせた。
私は右手を天高く持ち上げた。
兵士達が銃を構えた。
手を下ろしたら私はお終いだ。
お終いなんだよ。
私は手を振り下ろした。
「撃てぇええええええええええ!」
私の声どころか、銃の音さえ、観衆のどよめきの声に消し去られた。
再び静寂が戻った処刑場には、十六名の哀れな骸が転がっていた。
私は正真正銘の人殺しになったのだ。
侯爵になるために実の叔父を殺し、邪魔をする人間を良心の呵責も無く殺してしまうという、小説に描写されていた通りのアルビーナの生誕である。