第45回 風が来ると馬鹿が喜ぶー①
「あっちぃな……くそ、異常気象じゃねぇのかホント……」
――時は8月中旬。夏真っ盛りの暑さにゲンナリ状態の俺は、我が家で1人ぐったりと寝転がっていた。
「(がぁ~! 暑い! 服なぞ着ていられるか! 我はもう脱ぐぞ!)」
「(いきなり脱ぎ出すんじゃない! 少しは恥というものを知れ!)」
「(黙れ愚鈍! ならば今すぐこの灼熱の地獄をなんとかしてみせろ!)」
「(できるかこのバカ!)」
「しかしまあ……暇だな」
夏の暑さに打たれたようなバカな発言を繰り返す『χ』と、苛つきながらそれに突っ込む『乖』のやり取りを横目にしながら呟く……今日は補習も休みで完全フリーなこともあるが、そう感じるのはそれだけが理由ではないだろう。
尚『χ』がバカなのは元からだという指摘は聞かないものとする。
「(しかし女の子達が揃っていなくなると、まあむさ苦しいもんだなぁ。ホント男臭くて叶わねぇよ)」
「悪かったな……」
頭から聞こえる『魁』の言葉に悪態を吐く……だが、実際問題その言葉には完全に同感だった。
俺たちの想い人である『約束の子』達は、今現在揃いも揃って不在だ。学校で出会うこともなければうちにやってくることもなく、退屈極まりないというのが正直なところである。
「(諦めろ。そもそも夏休みなのに当たり前のように誰かと会っていたのがおかしいんだ)」
そんな俺たちを諭すように『乖』が小言を吐く……と言いつつも、こいつはこいつでハナがいない現状が不満らしく、あからさまに眉間に皺を寄せている。
「確かにな……けどまあ、たまにはこうやって自由に過ごすのも悪くないか」
呟きながら寝返りを打つ――『乖』の言うことは事実であり、サトルの送別会や補習があったから皆に会えていただけで、本来は毎日こうなる筈だったのだ……まあ松島さんはそんなの関係なしに押しかけていたと思うが。
「(……おい、なんか5人で暇潰せる遊びとかねぇのか?)」
そんな時、先ほどまで黙っていた『快』が口を開く。1人で体を動かしていたが、流石にそれにも飽きがきたようだった。
「つってもなぁ……」
だが生憎俺たちは中身は5人でも体は一つである。できる遊びには限界があり、返答に頭を悩ませていたその時だった。
「(フン、これだから愚鈍共は……少しは頭を使ったらどうなのだ?)」
「……」
日ごろから最も頭を使っている様子が見受けられない『χ』がドヤ顔で語り始めた。
――正直、嫌な予感しかしなかった。
「う~ん、やっと帰って来た~」
大量の荷物を車から降ろして漸く自宅へ踏み入れた『私』は、背伸びをしながら家のベッドに寝転がる。
インハイを終えて部活の顧問業もしばらく休みということで、それに合わせてお盆休みを取っていたため今日からしばらくは完全にフリーだ。
「あ~、やっぱ家のベッドが一番よね~」
さて、ここからは束の間の休息を楽しむとしよう……そうやって完全に堕落しきっていたその時だった。
ピロリン♪
――ふと枕元に投げていた携帯電話が、メッセージの受信を告げた。
「誰よもう……」
気怠さ全開で手を伸ばし、携帯の画面を見る。
「あら、サトルちゃん? どうしたのかしら……」
送り主は、現在地元に帰省中の筈の教え子だった。
サヤ姉さん、インハイお疲れさまでした。早速で申し訳ないのですが、実は一つお願いがあります……休みの間、どこか一日でいいので兄さんの様子を見に行って頂けないでしょうか? ちゃんとしてるから大丈夫だとメールでは言っていたんですが、どうにも信用できなくて……サヤ姉さんの見たものと齟齬があったら帰ってからとっちめてやるので、どうかありのままをご連絡頂ければと思います。それではよろしくお願いします。
「……」
無言で携帯を見つめる……送られてきた内容は、もはや完全に独り暮らしの息子を心配する母親のそれだった。
「しかしまあ、どんだけ信用ないのよ。あの子は……」
言いながら件の少年の顔を思い浮かべる……別にあの子も子供ではない。あくまで人格によるが普通にしっかりしているし、少々放っておいたところで平気だろう。
「まあどこか一日でいいって言ってるし、また今度に……」
そう呟き、そのままひと眠りしようとしたその時だった。
「イヤだ! だれがオマエのいうことなどきくものか!」
「じゃあ好きにしなさい! 何かあっても助けてやらないんだから!」
――ふと頭の中に、とある日の記憶が思い起こされた。
「……早めに済ませた方が後が楽よね」
なんとなく思い直し、身支度を整える……どうせ大した用事ではない。さっさと様子を確認してサトルちゃんに報告し、後の休みは誰にも邪魔されずぐっすり眠るとしよう。
「わかっているな愚鈍共? 次で決まりだぞ」
静寂の中、『カイ議室』に我の声が響く――ククク、このゾクゾクするほどの高揚感……堪らんな。
「甘いぜ『χ』。そう易々と決めさせやしねぇぞ」
「同感だ。これ以上バカを調子に乗せてられっかよ」
「色々思うことはあるが……このまま貴様の暴挙を見過ごせるものか。いいか、僕は『グー』を出すぞ」
「俺、もうやだ……」
愚鈍共が一斉に牙を剥き、我を止めにかかろうと身構える――フッ、いいだろう。挑みかかる全てをなぎ倒してこその我が覇道……多勢に無勢だが、王者たる我の前にはこのぐらいのハンデで丁度いい。
「さあ、行くぞ!」
遊びはなしだ……この一手で全てを決めてみせよう。
「やぁ~きゅうぅ~! するならぁ~! こういう具合にしやしゃんせ~!」
「アウトォ!」
「セーフ!」
「ヨヨイの……」
「「「「「ヨイ!」」」」」
――5人の手が一同に伸ばされる。
そのうちの4つ……『我以外』の手は大きく掌が広げられている。つまり『パー』だ。
一方の我が拳は、開かれることなく握り込まれている。つまり『グー』だ。
「っしゃあぁぁぁぁ!!!」
各々の手を確認し、雄叫びを上げる……まさに我が『勝利』をこの手に掴んだ瞬間だった。
――まずはここに至るまでの経緯を話そう。
地獄の業火の如きこの猛暑との激闘の果て……遂に我の精神は限界に達しようとしていた。このままでは我らの尊厳はただ悪戯に脅かされるばかりである。
だが、天光に導かれし王者であるこの『我』には、この激闘に打ち勝つ為の唯一の秘策――『たった一つの冴えたやり方』が既に視えていた。
そして『5人でできる遊び』とやらを聞いた瞬間、我は確信した。これで我が『秘策』を披露することができる、と。
詳細を聞いた愚鈍共は、途端に我を諫め始めた……悲しいかな、どうやらこいつらでは『我』の領域に到達することは敵わなかったようである。
我らが身を一つにする以上、それは自らの身を守ることにもなるのに、口を開けば文句ばかりとは、愚かなこと極まりない。
だがそれ自体は仕方のないことだろう。誰しも『譲れないもの』というものは存在する……しかし己が目的を達するために『それ』がぶつかるのであれば――残された選択肢は、『戦い』しかなかった。
――そうして、『戦い』のルールが定められた。
太古よりこの国にはジャンケンを行い『敗北』した者が、自らの衣服を一枚ずつ脱ぎ捨てるという催しが存在する。
だが『敗北』というのは、あくまでジャンケンの結果の話に過ぎない。その結果により自らの目的を果たすことができるのであれば、その見方は変わり――それはその者の『勝利』を意味すると言えよう。
そう。その催しは一般的にこう呼ばれる――『野球拳』と。
そして我が目的とは、先ほど挙げた『秘策』を披露することである。
その内容とは、我を封じる全ての枷を取り払うことによってこの身体を解き放ち、『自由』をこの手に掴むこと――
即ち、『全裸』になることだった。




