第44回 月の翳りー②
――数時間後。
「あ~、楽しかったですわ」
「そうかよ。そいつはよかったな……」
一通り目ぼしいアトラクションを巡り終え、大変満足げなルナと対照的に、オレはぐったりとして休憩用のベンチで項垂れていた。
「でも『快』様ったら、お化けだけでなく絶叫系も苦手だったんですのね? ならそう言ってくださればいいのに……」
「ケッ……言ってもどうせ強引に連れて行っただろうが」
「あら、ばれました?」
反論すると、悪戯がばれた子供のようにルナが笑う……くそ、白々しい。オレが苦手なの知ってて最後をお化け屋敷にしたの、わかってんだぞ?
「フフフ、見て下さい『快』様のこの顔……凄く面白いお顔をされています」
この遊園地のジェットコースターやお化け屋敷では、道中で客のリアクションを写真に収めており、それを出口で購入できるようになっている。
そのため、先ほどからルナの奴は写真に写るオレの醜態を眺めては、その度にクスクスと笑っていた。
「ったく、人の情けねぇ顔見て笑うとか、趣味悪いったらありゃしねぇ……そんなにおかしいかよ」
余りに楽し気なその様子に不貞腐れながら、ボソリと呟いた時だった。
「あら、そんなことありませんわ」
「あん?」
途端にルナがその言葉を遮ってきた――どうやら聞こえていたらしい。
「だって見て下さい。こんなに怯えながらも、わたくしの前に出て守って下さっています」
そう言ってルナは、お化け屋敷の中で、酷い及び腰で自身の前に出ているオレを指差す。
「いつだって『快』様は、わたくしを守ろうとしてくれている……それがよくわかりますわ」
「……気のせいだろ」
「フフフ、ならそういうことにしておきましょうか」
「チッ……」
全てお見通しだとでも言いたげなその笑顔を前に、オレはただ子供のように不貞腐れることしかできずにいた。
「だから……あんなの何かの間違いに決まってますわ」
――そのため、その後ルナが呟いた言葉がオレの耳には届くことはなかった。
「ん、何か言ったか?」
「いいえ……何も。ところで『快』様。少しお話があるのですがよろしいですか?」
「あ、ああ……」
何か聞こえた気がして尋ねるが、ルナは話題を変えるように畏まる……何の話だってんだ?
「わたくし、夏休みの間は母親の元へ帰ることにしました」
「……なんだよ、何かあったのか? この間は全然帰る気なさそうだったじゃねぇか」
ルナの口から出てきた言葉は、割と驚きの内容だった。なにせあれだけ他の女たちがいない間好き勝手やらせてもらうと豪語していたのだから。
「ああ。それですが――親にウソがバレましたので、ちょっと事情を説明しにいかなければならないのです」
「へ……?」
そして次にルナの口から出てきた言葉に、オレは目を点にして固まっていた。
「先ほども申し上げましたが、わたくしが自由に出歩くのは、『快』様が傍にいることが条件なのです。母への報告上では、わたくしは既に『快』様と新婚同然のラブラブ生活で、住まいを同じくして常にベッタリ――孫の顔が見られる日も近いだろうということになっていますわ」
「……」
ルナの口から、オレの知らない事実が次から次へと湧いてくる――ああ、さっき言っていたのはこれのことかよ……
「といっても実態はご存じの通りですし、そのうちバレるとは思っていましたが、予想より早かったですわね……でもまあ他の皆様も親元へ戻っていますし、どうせなら報告ついでにわたくしも顔を見せておこうかと思い直して、というわけですわ」
「そうか……」
ただ無感動に頷く――なんというかもう、開いた口が塞がらなかった。
「それで、善は急げと言うことで明日発つつもりです……今日の逢引きはまあ、しばらくお会いできなくなるのでその前に『快』様とお出かけしたかった、ということです。色々と連れ回してしまい申し訳ありませんでした」
「いや、まあそれはいいけどよ……」
「さあ、では帰りましょうか」
「……へいへい」
――こうして、終始ルナに振り回されっぱなしの一日は過ぎていったのだった。
「では『快』様、しばらくお会いできなくなりますが、どうぞお元気で」
「おう」
日は変わり翌日――出発を前に、わたくしは見送りに現れた『快』様と言葉を交わしていた。
「……もう少し寂しそうにしてくれてもいいのではないですか?」
「バカ言うな。別に会えなくたって死にやしねえし、大体1カ月もねえだろうが」
「む~」
「ほら、さっさと行けさっさと」
余りにそっけないので大げさに頬を膨らましてみるも、効果はない。まったく、本当につれない人ですわね……
「ふん、まあいいですわ。不在の間、精々わたくしのありがたみを思い知ればいいのです。その時に寂しいなんて言っても遅いのですから」
好きでやっていることだし恩に着せるつもりはないが、こうも反応が薄いと嫌味の一つも言ってやりたくなり、それだけ言い捨てて背を向ける。
「……アホか、言えるわけねえだろう。そんなお前の邪魔になること」
「え……?」
それ故に――背中越しに小さく呟かれた『快』様のその言葉がハッキリと聞き取れなかった。
「『快』様……今なんと仰いましたか?」
「……何も言ってねぇよ」
「ウソです。もう一度言って下さい」
「だから何も言ってねぇっての……」
すかさず振り返り詰め寄るが、『快』様は知らぬ存ぬの一点張りだ……まったくもう、本当にツンデレさんですわね♪
「ふふ。まあいいですわ。帰ってきたら、じっくり話を聞かせて頂きましょう……それでは、行って参ります」
「……ああ、気を付けろよ」
「はい!」
返された言葉に元気よく答える――こうしてわたくしは、しばし『快』様の元を離れることとなったのだった。
「……そうですわ。『快』様はわたくしが思うよりずっと、わたくしを想ってくれています」
――数時間前の出来事を思い返しながら、移動のヘリの中で一人呟く。素直でないので面倒臭いが、あれで『快』様は割とわたくしにゾッコンだと思う。
「ええ、ですからお母様のあんな言葉、受け入れられるものですか」
そう。不器用ながらも、あんなにあの『約束』を大切に想ってくれているのだ。言葉に出さなくとも通じ合っているなんてバカなことは言わないが、決して一方通行などではない。
わたくし達が『引き離される理由』など、どこにもありはしない。
「……『快』様との婚約を解消する? 意味がわかりません。どういうことなのか、聞かせて貰いますわよ、お母様……!」
だから、そんなふざけた話を持ち掛けてきた『我が母親』を徹底的に問い詰めてやると、心に決めたのだった。




