第3回 『快』と『ルナ』ー②
「ひぃぃぃ、なんだあいつ! 簀巻きをぶち破りやがった!」
「てめぇ……よくもルナを!」
――絶対に許せねぇ。あの男は、オレの大切なモノに手を出した。
「ほう。いきなり骨のある雰囲気になったじゃないか」
「そいつを……離せぇぇぇ!」
「……なっ!?」
怒りのままに男に殴りかかる――だがオレの拳は躱され、奴の頬を掠めるだけだった。
「俺が、躱しきれなかった……?」
男が意外そうな顔をする。何驚いてやがんだ。オレの拳が捉えきれないなんて、驚くのはこっちの方だっての……だが今はそんなことよりルナを!
「ルナを……返せ!」
「ふっ、そうか……そんなにこの女が大事か?」
焦るオレを見て何か悟った様子で、男が下卑た笑みを浮かべる。
「うるせえ……離さねえと、ぶっ殺す!」
「くくっ、やってみな。だがそこから一歩でも動いてみろ。この女の顔を、綺麗に切り刻んでやる!」
そう言うと男は懐からナイフを取り出し、ルナの頬へと翳した。
「てめぇっ!」
「はっ、その顔……たまらないな! お前ら、そいつにさっきまでのお返しをしてやれ!」
「へい!」
そうして男は、配下の雑魚どもにオレを潰すように号令をかけた。
「おらぁ!」
「がはっ!」
――先ほどの鬱憤を晴らさんばかりに、男達が殴りかかってくる。人質を取られている以上抵抗は叶わず、ただ一方的に殴られるしかない。
「くらいなっ!」
「ごふっ!」
投げ飛ばされ、壁へと叩きつけられる。そこには丁度火災報知器があり、衝撃でスイッチが誤作動したのか、警報が鳴り始めた。
「ちっ、うるせーじゃねえか、何やってんだよお前」
「わりぃわりぃ、ついやり過ぎちまったよ」
――それが起動条件だったのか、倉庫内の散水設備が散水を始める。
「おわっ、つめてっ!」
そうして倉庫内は瞬く間に水浸しになった。
「はっ! 強いヤツを屈服させるのは堪らないな……そうだお前ら、こいつを使ってみろ」
そう言って、男は配下の一人に、自身が持っていたスタンガンを投げ渡す。
「アニキ、これでどうしろってんすか?」
「そいつ水浸しだろ。スタンガン押し付けたら、感電死するんじゃねえか?」
「え、そうなんすか?」
「さあな……だが感電死なんてなかなかお目にかかれるもんじゃない。試しにやってみろ」
「へーい」
そう言って男達の一人がスタンガンを押し付けてきた。
「おわっ!」
――それと同時に、激しい閃光が起きる。
「おい、なんだ今の? すげー光ったぞ?」
「てかこいつ動かねーな。今ので死んだのか、まさか?」
「おーい、兄ちゃん、生きてるか?」
男が声を掛ける。
「……ああ、生きているとも」
それに対して『我』が答えた次の瞬間――
「雷光!」
「がぁぁぁぁっ!!」
足元の水溜まりを辿って男達を激しい電流が襲い、奴らは叫び声と共に倒れていった。
「ククククク……ハーッハッハッハッ! 我が名は『χ』! この身に『雷神』を纏いし異能者である! バカめ。我がただ黙って殴られているだけと思ったか! こうしている間に、我が異能を放つ機会を窺っていたのだ!」
「策を考えたのは『僕』だけどな……」
「痛いの嫌って殴られる時は『おれ』に意識投げてたけどな……」
「うるさい! こうして窮地を脱せたのだからいいだろう!」
倒れていった男達を見ながら、三つの人格がそれぞれに言を放つ。
「さあ、あとは譲ってやる。第二席:『快』よ! いざと言うとき動けるように、わざわざ殴られ役に一番打たれ強いお前でなく、『魁』を選んだのだ! 存分に暴れてくるがいい!」
「だからさも自分が考えた作戦みたいに言うなって……」
「てか、火災報知機の位置計算して殴り飛ばされるの大変だったんだぜ。いてて、おー、イケメンが台無しだぜ」
「だからうるさい!」
「ったく……うるせえ奴らだぜ」
他の人格がギャーギャーと喚いている。正直うるさくてしょうがねえ。
「でも……ありがとよ」
奴らに一言礼を告げると、オレは『χ』が起こした電流によって感電し、満足に動けなくなっている、光冠とかいう野郎の前に出る。
「お前……何をした!?」
「さあな。今度は『オレ』の番だ……そいつを返して貰うぜ」
拳を鳴らしながら男の元に近づくと、オレは奴を睨みつける。
「きさ、まぁぁぁ!!」
ドスゥゥゥゥゥン!!
男が恨み節を言おうとしていたが知ったこっちゃねえ。オレが全力で叩き込んだ一発を受けると、男は壁に叩きつけられ完全に意識を失っていた。
「カ、イ……様?」
――ふとルナがオレを呼ぶ。
「ようルナ。大丈夫か?」
「日向道、は……?」
「ああ、ブッ飛ばしてやったよ」
そう答えるオレに、ルナが安堵したような表情を見せる。
「よかった。やっぱりカイ様は、わたくしの憧れた通りの方でしたのね……」
「……」
「カイ様、わたくしずっと、貴方にお逢い……」
「ルナ……? おい、ルナ! しっかり!」
「すぅぅ」
「(大丈夫。寝てるだけだ)」
頭から『乖』の声がする。こいつがそう言うのなら安心だろう。
「そうか。よかった……」
すやすやと寝息を立てて眠るルナを見つめる。
「ったく、オレとの『約束』を守りに来たってか……ホント、面倒な女だぜ」
呟きながら夜空を見上げる――視線の先には、腕の中の女と同じ名前をした星が、その姿を現していた。
――気がつくと『俺』は、例の『カイ議室』とやらにいた。
「……」
「よお兄弟。どうかしたのか?」
「なんなのお前ら? ほんとに俺なの?」
「だからこの間からそう言ってんだろ?」
「フン、一人だけ何もせずに呆けているだけとか、マジで使えないヤツだな」
「ククク……無理もない。我が力を前に、怖気づいていたのであろう」
先程の非現実極まりない闘いを目にして零れた俺の言葉に対し、現在活動している『快』以外の人格が、次々に喋り出す。
「いや、意味わかんねえよ……大体何だよあれ。なに平気で電撃操ってんの!?」
「フッ、聞いて驚け。アレこそが我に……選ばれし者のみに与えられし『異能』だ」
「あーアレな。お前小さい頃雷に撃たれて死にかけただろ? そのせいだ」
「おい! ちゃんと我に喋らせろ!」
喋りたがる『χ』を遮るように、『魁』が説明を始める。
「あの時、この体は過剰なまでの帯電体質になっちまってな。そのせいで、身体に電気を纏うと、それを自在に操れるようになったんだ。『χ』が表に出てる時だけな」
「……わかった、もういい」
確かに小さい頃に雷に撃たれたことは親から聞いているが……無茶苦茶過ぎるだろ。と、突っ込もうとして、やめた。
――正直驚くのにも疲れた。無茶苦茶なのは完全に今更で、諦めて受け入れた方が余程建設的である……もう人格毎に特殊能力があるとか言われても驚かねーぞ。
「これだけは聞かせてくれ。『松島月』と『約束』を交わしたのは、『快』なんだな?」
とりあえず現状一番気になることを問う。
「ああ、そうらしい」
「……らしい?」
「おう。『ユキちゃん』だっけ? お前、あの子と『約束』した記憶しかないだろ? それと同じで、おれ達もそれぞれの『約束の子』の記憶しかないんだ」
「……なるほどな」
正直色々と納得がいった。それなら俺が松島さんを知らないのも当然と言える。
「ま、仲良くやろうぜ兄弟。これから五人で上手いことやってかなきゃいけないんだ……結果がどうなろうとな」
『魁』が何やら含みのある言い方で告げる。
「分かったよ……やりゃあいんだろ、やりゃあ!」
腹は括った。まずは現実を受け入れることから始めていく。
――こうして、『池場谷カイ』の新たな生活は、始まりを告げたのだった。