第35回 流されて……ー①
「あの子……流されてない?」
「なに!?」
「うそ、サっちゃん……!」
――サトルが波に流されていることに気がつき、動揺するオレ達。
「嘘でしょう……? あの辺りは潮の流れが一際早くて立入禁止の筈なのにどうして!?」
「え、なにそれ!? 大丈夫なの?」
そんな中出てきたルナの言葉に、ハナがますます焦りを募らせる。
「全然大丈夫じゃありませんわ! 人が助けに行っても同じように流されてしまうだけです。すぐ救助の船を呼びます!」
――そうして『ルナちゃん』が救助を呼ぼうとし始めた時だった。
「サトル!」
――気がつけば、『おれ』は走り出していた。
「え、『快』!?」
「ちょっと、『快』ちゃん!」
「いけません、『快』様! 危険です!」
呼び止める声が聞こえた気がしたが、そんなものは全く『おれ』の耳には入らなかった。
「ど、どうしよう。潮の流れが速くて戻れない――」
――浮き輪と共に波に揺られながら、ボクは自身が置かれた状況のまずさに焦り始める。
「遊泳エリアの端まで行こうとしただけなのに……絶対位置がおかしいですよこれ~」
――浮き輪もあることだし、行けるところまで行ってみようと遊泳エリアの区切りを目指して泳いでいたが、それはやけに遠かった。妙だなと思いながらも泳ぎ続けた結果、気がつけば波に流され、戻れなくなっていた。
「待てよボク。落ち着けボク。こういう時こそ冷静に……」
非常時には焦ってパニックになることが一番まずい。まずは落ち着いて冷静に頭を働かせることが大事だ……なんだか波が更に激しくなった気がするが、焦ってはいけない。
「えっと、離岸流に流された時の対処方法は……」
――確か無理に潮の流れに逆らったりせず、岸と平行に流れが弱くなるところまで移動してから戻れば良かったはずだ。
「……といっても、潮の流れが弱くなる場所ってどこですか~?」
だがその肝心の場所がわからず、途方に暮れていたその時だった。
「サトル!」
「え……?」
――どこからかボクを呼ぶ声が聞こえた。
「待ってろサトル! 今助けに……!」
「兄さん……! だめ、危険です……!」
と、呼びかけようとしたその時だった。
「え――」
「サトル!!」
「——!」
先ほどから激しさを増していた波が一際大きなうねりを見せ、ボクへ覆いかぶさった。
「サトルーー!!」
――薄れゆく意識の中、兄さんの声が聞こえた気がした。
「サトル――」
「……」
「サトル――」
「う、うん――」
――何度か名前を呼ぶと、サトルが反応を見せる。
「サトル!!」
「にい、さん――?」
「ああ、おれだ」
ひと際強く名前を呼ぶことで、漸く応えてくれえた。よかった――意識はあるようだ。
「……ここ、は?」
「ん? ああ……近くの洞窟だ」
居場所を聞かれたので答える――波に流された末、おれ達は海辺の洞窟に辿り着いていた。
「そうですか――すみません。ボクのせいで」
「いいんだよ、お前が無事ならそんなことはどうでもいい」
謝罪するサトルに気にしないよう伝える。そう、今気にすべきはこれからどうするか、だ。
「つっても、どうするかな……」
――と言いつつもそんな簡単に妙案は浮かばず、首を捻っていた時だった。
「……正直なところ、黙って救助を待つのが一番かと思います」
「やっぱそうなるよな……」
サトルが冷静に回答する。うん、頭も回っているようでひとまずは心配なさそうだ――現在地がどこなのかもよくわからない以上、下手に動くよりその方がいいだろう。今頃ルナちゃん達が救助を呼んでくれている筈だし。
「ええ……ですから僕らの居場所を知らせる手段を考えるべきかと」
「そうだな……お前はどう思う、『乖』?」
――念の為に困った時のご意見番に尋ねる。
「(僕も同意見だ。今は下手に動かない方がいい)」
「……よし、決まりだな」
「はい、救助が来るのを信じましょう……」
――方針は決まった。となると次は居場所を伝える手段だが、生憎海に入るということでアクセサリーは全て外している。例の『通信カイ線くん』で向こうの誰かに連絡することもできない。
「さて、どうしたもんか……」
と、おれが考え始めた時だった。
「よいしょ……」
「へ……?」
――突然サトルが身に着けている全身水着を脱ぎ始めた。
「ちょ、サトル!! 何して――」
「え? これを何かにくくりつければ目印になるかもと思って……ボクの水着の方が明らかに面積大きいですし」
きょとんとした様子でサトルが首を傾げる。
「……わかった。もういい」
――サトルのやりたいことはわかる。わかるのでそれ以上は口にしない……大丈夫。おれがこの状況に流されたりせず、我慢すればいいだけの話だ。
「……ああ、大丈夫ですよ? インナー着込んでますから」
「……流されるな。流されるな」
余りに無防備なその姿を目に入れない様、おれは必死にサトルから目を背け続けた。
「さて、こんなところか……」
洞窟内に落ちていた木の枝にサトルの水着を結ぶと、それを洞窟外のできるだけ見晴らしのいい場所に突き刺す。
風に靡くそれは、旗のように見えなくもない。これで少しは気が付いて貰える可能性が上がるだろう。
「さて、次はっと……」
呟きながら考えていた時だった。
「へくしゅっ!」
ふと後方からくしゃみが聞こえた。
「サトル?」
「……大丈夫です。少し冷えただけです」
振り返るとサトルが肩を震わせていた――なんだかすごく寒そうだ。
「そうか……日も傾いてきたし、冷えるよな……よし、洞窟の中にいな。外のことはおれに任せとけ」
「……はい」
そうしてサトルは洞窟の中に引っ込んでいった。
「う~ん、火でも起こせればいいんだが……なあ『χ』、お前の異能でなんとかできねえか?」
――サトルの体調が心配なので、何か体を温める手段はないかと尋ねてみる。
「(火だと? バカを言え、我は雷神であるぞ。属性が違うだろう)」
「いや、電気で熱を起こしたりとかなんかあるんじゃねえのか……?」
――『χ』に聞いたおれが馬鹿だったと思い直した時だった。
「(……試してみる価値はあるな。火種さえあれば、放電による加熱でいけるかもしれない)」
ご意見番様からの助言が告げられた。どうやら悪くない案だったらしい。
「火種、ねえ……」
そうしておれは辺りを歩きながら、火種になりそうなものを探し始めた。
――数十分後。
「よし、これだけ集めれば十分だろ。サトル、体調はどうだ?」
洞窟から少し離れて木の枝やら落ち葉やら燃えそうなものを抱えて戻ってきたおれは、洞窟で待つサトルに呼びかける。
「……サトル?」
――だが、返事は返ってこない。
「はぁ、はぁ……」
「サトル!」
慌てて洞窟内に戻ると、サトルがなにやら苦しそうに横たわっていた。




