第34回 すれ違いの砂浜ー②
「お~い、ルナ~」
――浜辺を歩いていると、パラソルを立てた休憩所で一人うずくまっている人影が見えたので、声をかける。
「なんでこうなるんですの。わたくしの予定では今頃『快』様とのラブラブデートを満喫している筈でしたのに……」
――声が小さかっただろうか? 反応がない。
「ルナ?」
「それもこれも、全て割り込みしてきた女狐共たちのせいですわ」
不審に思い近づくも、ルナはオレに気づかずブツブツと独り言を重ねている。
「おいルナ……」
「あの人たち、一体どうしてくれましょう……ブツブツブツ」
「ルナ……!」
何度か呼びかけるがやはり反応はない。どうも本当に聞こえていないらしい。
「おいルナ! 聞いてんのか!」
「はい! ……あ、あれ。『快』様? いつの間に……」
若干語気を荒げて呼びかけると、漸くオレの存在に気がつく……ったく、何だってんだ?
「何してんだお前? 一人でブツブツ言って……気味悪いったらありゃしねぇぞ」
「……もうトレーニングはいいのですか? いいんですよ別に。好きに過ごしてくだされば……」
不思議に思い尋ねると、どこか投げやり気味な答えが返ってくる……ああ、こういうことか。
「……なんかお前がやさぐれてるってサトルから聞いたんでな。仕方ねぇから遊んでやるよ」
「『快』様……!」
そう告げるとルナの顔が途端に明るくなる。なるほど……サトルの言う通り一人は寂しかったのだろう。
「ほら行こうぜ? わざわざ来たんだ。ぼーっとしてたらもったいねぇだろう」
――ならば一人にしなければいい。ただそれだけの話だ。
「はい! 『快』様と一緒なら、どこまででも行きますわ!」
そう告げるとルナは満面の笑みで応え、オレの後をついてき始めた。
「……ハァ、ハァ」
――『快』様の背中を追い、ただ只管に浜辺を走る。
「おお、いいじゃねぇか。オレのペースについてこれるなんて、やっぱ大したもんだぞ、お前」
「はい、それはどうも……」
日頃から鍛えてはいるものの、やはり男性アスリートである『快』様のペースについていくのは、なかなかにきついものがある。
「おし、それじゃもう一往復だ。行くぞ」
「あ、『快』様……ちょっといいですか?」
さらに追加でトレーニングを始めようとする『快』様に一言声をかける――さすがにこれ以上は疑問を隠せなかった。
「あん? どうした?」
「あの……なんなのですか、これは?」
――わざわざビーチに来ているというのに、なぜわたくし達は延々と浜辺を走り続けているのだろうか?
「何って……ビーチランニングに決まってんだろう。砂の抵抗で筋負荷が上がりつつも、間接への負担は軽減できるから、走トレ効果が高いのぐらい知ってんだろ?」
何を言っているのかとでも言いたげに『快』様が首を傾げて、トレーニングの解説を始める……違う。そうじゃない。
「はい、それはもちろんですが……」
「? だったらいいだろう。ほらまた少しペース上げんぞ、しっかりついて来いよ」
「あ、『快』様……!」
わたくしの疑問が伝わっていないのか、『快』様は不思議そうに首を捻ると、再び前を向き走り始める。
「どうしてこうなるんですの……」
――別にトレーニングそのものが不満なわけではない。『快』様と共に汗を流すことも、確かにそれはそれで求めていたものではある。あるのだが……
「……もうちょっと他に何かないんですの?」
――なぜ今このタイミングなのだろうか? と激しく首を捻りながら、わたくしは『快』様の後を追った。
「あれ、あんた達? お~い!」
日が若干傾き始めようと言う頃……ルナと共に浜辺を走っていると、ふと逆方向から聞き慣れた声に呼びかけられる。
「おう、ハナじゃねぇか。お前らも走トレか?」
「うん、ビーチランニングはトレーニング効果が高いからね」
「あら、『快』ちゃん。なかなかいい走りっぷりじゃない」
――呼びかけに答える。声の主はハナで、サヤ姉も一緒だった。
「なんだ、サヤ姉も一緒かよ」
「なんだじゃないわよ、失礼ね……でも『快』ちゃんいいフォームで走るのね。とてもあの『χ』ちゃんと同一人物とは思えないわ」
軽口でサヤ姉に返すと、なにやら一人でうんうんと頷いている。どうやら今の一瞬でオレのフォームを分析していたらしい。
「……あんなもやし野郎と一緒にすんじゃねぇ。鍛え方が違うんだよ」
「フフッ、そうね。アナタのそういうところ、他の子たちにも見習ってほしいわ」
「……フン」
『χ』と一緒にされたことが気に食わず、若干不貞腐れ気味に答えるとサヤ姉がそれを見透かしたように笑う……ったく、だからこの人は苦手なんだよ。
「……なんで貴方がたがいるんですの?」
―—若干遅れてやってきたルナが、ふとそんなことを口にする。なにやらかなりぶすっとした態度である。
「なんでって……ただの自主トレよ。別にあんた達の邪魔しにきたわけじゃないんだから、好きにしてなって」
「言われるまでもありませんわ。さあ『快』様。こんな人達は放っておいて、わたくし達は行きま……」
「おいハナ、少し競走しようぜ。一度お前とはガチでやってみたかったんだよ」
だがそんなことを気にしてもしょうがない。丁度いい機会なので、ハナをトレーニングに誘ってみる。全国クラスのランナーとどこまで張り合えるか、単純に試してみたかった。
「お、いいわね。あたしも同じこと思ってたの。どういうルールでやる?」
「別に小難しい話はいらねぇよ。単純に砂浜一往復でタイムアタックだ」
「なるほどね、わかりやすくていいじゃん」
「よし、決まりだな。ルナ、お前もいっしょにどうだ?」
――ルナにも声をかける。この3人での競走ならなかなかいい勝負になりそうで、非常に楽しみだ。
「……」
「……ルナ?」
だがルナの反応は非常に薄い。それどころかとてつもなく不機嫌そうだった。
「……と思ったけど、やっぱあたしはやめとくね! そろそろ戻らなきゃだし! アハハ~」
――すると今度はハナが何を思ったのか、急に競走の話をなかったことにし始めた。
「あぁ? なんだよ急に。つまんねぇな……」
「そ、そういえば、サっちゃんはどうしたの? 姿が見えないみたいだけど……」
「……」
不満げに告げると、ハナは明らかに不自然に話を逸らし、それを見てイライラ全開のルナが不貞腐れたように顔を背ける。
……ルナのヤツさっきからやたらと感じわりぃな。一体どうしたってんだ?
「ああ、サトルならもうひと泳ぎしてくるって……ほら、あそこに見えるだろ」
「あら、ホントね。浮き輪があるからよくわかるわね……って、ちょっと待って?」
丁度遠くの海上にサトルらしき人影が見えたので、そちらを指差して答えると、それを見たサヤ姉が何かに気がつく。
「あん? どうかしたのか?」
「あの子……流されて行ってない?」
「なに!?」
サヤ姉の指摘に、慌てて振り返ってサトルがいる方を見る。
――確かに先ほどからサトルは海岸の方へ向けて戻ろうとしているように見えるが、全く近づいてくる様子はない。むしろ段々と遠ざかっていく印象を受けた。
「うそ、サっちゃん……!」
「チッ……!」
――そう口に出した瞬間だった。
「……サトル!!」
――いつの間にか体の主導権は『魁』に代わっており、それと同時に海の方へ走り出していた。




