第3回 『快』と『ルナ』ー①
「え、と……何これ? どういうこと?」
今日の昼頃、愛しの天橋雪に見事振られた俺はその数時間後、ヤクザみたいな連中の拠点らしき倉庫に連れ去られた後、簀巻きにされて彼らに囲まれていた。
「貴方たち、一体何者ですの? わたくしを狙うということは、まさか……」
「おう、察しがいいな嬢ちゃん。俺らはあんたらの天敵:『日向道』のモンさ」
松島さんの問いに、男達が答える。
『日向道』って……見るからに日の当たる場所歩けなさそうな連中じゃねえか。
「無粋ですわね。わたくしとカイ様のデートを邪魔するなんて、許せませんわ」
「あ、あの、松島さん……あの人たちは一体?」
「彼らは『日向道』。我が松島財団と敵対する派閥が雇っている、裏組織ですわ。昔からことあるごとにわたくしを人質に取ろうと付け狙ってくるのです」
「あ、はい……そうですか」
――もうだめだ。完全に話についていけない。
「まったく……カイ様とのデートだからと、護衛を追い払ったのが仇になりましたわね」
「いや、狙われてるの知ってんならちゃんと護衛つけてくれよ!」
「あら、だってカイ様がいればそんなの必要ありませんでしょう?」
突っ込む俺に、松島さんはきょとんとした様子で答える。
「へ?」
「カイ様にかかれば、こんな有象無象は一網打尽ですもの。昨日も、先ほどの天橋さん……でしたっけ。あの方に悪さをしようとした輩を返り討ちにしていたではありませんか」
「あれは……」
松島さんの言葉に、俺は口籠る。
「正直最初はどうされたのかと思いましたわよ? あの強く気高い、わたくしが憧れたカイ様があんな一方的にやられてしまうだなんて……いつ本気を出してくれるのか、ハラハラしながら見ていました」
「(そうか、やっぱり……)」
話を聞いて以来、なぜ俺にこの娘の記憶がないのか不思議に思っていた。でも彼女が話す俺のイメージを聞き、漸く理解した。
そう、彼女が『約束』したのは『戒』ではなく――
「さあカイ様、そんなところで簀巻きになっていないで、貴方の本気の姿を見せて下さいな。学校では周りの目でも気にしていたのかもしれませんが、ここでそんなものを気にする必要は一切ありませんわ」
「違うんだ。松島さん」
「……え?」
「『アレ』は、俺じゃないんだ」
「カイ様、何を言って……?」
俺が発した言葉に、松島さんが首を傾げる。
「俺には、君を守る力なんてないんだ。昨日君が見た『俺』は、俺じゃなくて……」
「……変わってしまわれたのですね。カイ様」
「え……?」
「すみません。正直少しがっかりしてしまいましたわ。あのカイ様がこんな牙を抜かれた虎のようになってしまうなんて」
松島さんは、それ以上は聞きたくないとでも言いたげに、俺の言葉を遮り背中を向ける。
「でも、あれから何年も経っていますもの……人が変わってしまうのも仕方ないですよね」
「松島さん……」
「もういいですわ、カイ様。ここはわたくしにお任せ下さい。帰ったらその腑抜けた根性を叩き直して、再びわたくしの隣に立つに相応しくなって頂きますので、覚悟して下さいね?」
そう告げて俺から距離を取る彼女の背中は――ひどく寂し気に見えた。
「おうおう、痴話喧嘩は終わったかい? じゃあ大人しく俺らについて……ぼげっ!」
前に出てきた松島さんをからかうかのように、男達の一人が声を掛けた瞬間だった。
「うるさいですわね……」
松島さんの拳が突き出され、男は遥か後方へ吹き飛んでいった。
「ひぃぃ!?」
「今わたくしはとてもムシャクシャしていますの……痛い目に遭いたくなかったら、大人しく立ち去りなさい!」
怯える男達を憎々しそうに睨むと、松島さんは奴らを蹴散らし始めた。
「いぃぃぃ! なんだよあの女! めっちゃつええじゃねえか!」
「怯むな! 数で圧倒すればなんてことは……ふげぇぇぇ!」
「邪魔ですわ……どきなさい!」
「ほぎゃぁぁぁ!」
「えっと……なにあれ?」
松島さんは、めちゃくちゃ強かった。
「ひぃぃぃぃ! やべえぞこの女! アニキを! アニキを呼べ!」
「ひゃぁぁぁ!」
「どおぁぁぁ!」
荒ぶる松島さんの勢いを前に、男達は次々となぎ倒されていく。
「いいからもう……黙りなさい!」
そうして松島さんが次に現れた男に拳を叩き込んだ時だった。
「なっ……!?」
「女にしてはいいパンチじゃないか。だが……」
突如現れた、毛色の違う雰囲気を醸し出す人物に彼女の拳は遮られた。
「貴方は……」
「ふん。弱者に名乗る名など、持ち合わせてはいない!」
男はそう告げると、懐からスタンガンを取り出し、松島さんの首に押し付けた。
「うっ!」
「松島さん!」
呻き声と共に、松島さんが倒れこむ。
「う、うう……」
「やったぜ! 流石『光冠』のアニキ!」
「さあ、あとはお前だけだ。小僧」
光冠と呼ばれた男が、倒れた松島さんを抱えながら、こちらを見る。
その目から迸る『殺気』を見た俺は、完全に怯え切っていた。元々簀巻きで身動きも取れない状態だ。抵抗する術などありはしない。だが――
「カイ、さま……」
ふと松島さんがこちらの方を見て、俺の名を呼ぶ。
「松島さん……くそっ!」
そんな彼女の姿を見て、俺は自分が情けなくて涙が出そうになった。
彼女は俺の弱さに幻滅しながらも、その俺を救うべく戦ってくれた。そして自分が倒された今でさえ、俺を心配している。
――その間に俺は何をしていた? この現状を脱する為に何かするわけでもなく、ただ呆けていただけだ……バカ野郎、何を勝手に諦めてやがる! 考えろ。何かできることがあるはずだ……そうだ、例え『戒』にできなくとも――!
「カイ、さま。にげ、て……」
そう呟く松島さんを目にした瞬間だった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――『オレ』は怒りのままに、自身を縛る簀巻きをぶち破っていた。