第2回 『松島月』ー②
「お、おはよう天橋。偶然だな!」
「う、うん。そうだね……」
会話が途切れる――俺としては偶然会えて嬉しくもあったが、昨日の今日なので流石に気まずい。気まずいが……これは、昨日の誤解を解く絶好のチャンスだ!
「あ、あのさ、あまは……」
勇気を振り絞り、俺が声を掛けようとしたその時……
「ごめんなさい!」
先に謝られてしまった。
「えっ……?」
「昨日のこと、謝りたくて。池場谷くんは、わたしを守ってくれたのに……」
呆ける俺をよそに、天橋は一方的に謝罪を始める。
「本当は偶然じゃなくて、ここに居るって教えて貰ったの。ハナに聞いたら、弟さんと連絡とってくれて……どうしても、謝りたかったから」
「天橋……」
一方の俺は、天橋が昨日のことを誤解と分かってくれたことに一人で感激していた。
「その……殴ったりして、ごめんなさい。わたし、ついカッとなって」
「いいよ、そんなの。むしろ嬉しかったし」
「え?」
そのせいか、何か妙な言葉を口走ってしまった。
「え、もしかして池場谷くん、そういう趣味が……?」
あ、やばい。天橋が若干引いている!
「いや、殴られたのがじゃなくて!」
咄嗟に否定する俺。言いたいのはそこじゃねぇー!
「その、さ。妬いてくれたのかな? と思って……」
照れながらも、俺は思い切ってそう口に出す。
自惚れかもしれないけど……俺に許嫁がいたことを怒るって、そういうことだよな?
「……」
天橋が顔を赤くして黙り込む。これって……やっぱり?
「あの……聞いてもいい?」
ふと天橋が聞き返す。
「え?」
「昨日の子のこと。許嫁がどうって……」
「ち、違うんだよ! あの子が勝手に言ってるだけで、俺も何のことだか……!」
天橋の質問に、俺は慌てて否定の答えを告げる。そうだ、この誤解さえ解ければ万事OK!
「……そうなの?」
「ああ、ほんとだよ。天橋に嘘つくわけないよ」
「そうなんだ、よかった……」
俺の言葉に、天橋が安堵した表情を見せる。こ、この反応は……?
「分かってくれたならよかったよ」
「うん、本当にごめんなさい。勘違いでひどいことして」
「ああ、いいんだよ。そんなこと」
もしかして、本当にいけるのでは……?
「あのさ、天橋」
「え?」
「昨日の話、途中で終わっちゃったけどさ……」
不意に俺は昨日の話題を切り出す。聞くなら今しかない!
「もしよかったら、あの時天橋が言おうとしたこと、教えてくれないか?」
「……」
天橋がますます顔を赤くして黙り込む。
「あの、わたし……」
い、いける! やはり昨日の『アレ』は……
「わたしも、池場谷くんのこと……」
聞き間違いじゃ、なかっ……!
「カイ様~! お待たせしました!」
あれ、そういえば何か忘れているような?
「ぼげっ!」
俺達の間に割り込むように、松島さんが飛びついてきた。
……そうだ、この子がいたんだった。
「あら? 貴方は昨日の暴力女さんではないですか」
「なっ……誰が暴力女ですか!」
戻るなり俺にまとわりついた松島さんは、天橋の存在に気づくなり煽り始めた。
「あらあら、わたくしのカイ様に手を上げておいて、よくそんなことが言えますわね……貴方、一体カイ様のなんなのです?」
「わ、わたしは、池場谷くんの同級生で……」
さらに煽る松島さんを前に、口籠る天橋。
うん、そうだよね……所詮俺たちは只のクラスメイト。わかっていたさ(泣)
「あら、そうでしたか。なら申し訳ないのですがお引き取り願えないでしょうか? わたくし達見ての通り、逢引中なのです。愛し合う二人の邪魔をしないで頂けます?」
「それ……本当なんですか?」
「えっ?」
「本当に、池場谷くんと許嫁同士なんですか? 彼はあなたのことを知らないみたいですけど?」
「そ、そうだよ。俺もそんな話初耳だよ!」
問い返す天橋に、俺はここぞとばかりに便乗する。
そうだ! これは二人の誤解を同時に解くチャンス!
「あら、証拠ならありますわよ。これですわ」
問われた松島さんは、徐に自分の髪につけられている髪飾りを外した。
「カイ様、少し失礼します」
「え?」
今度はそう言って突如俺の髪に……いや、俺がつけている『ヘアピン』に手を伸ばした。
「ほら、これとこれを合わせれば、綺麗なお月さまのできあがりですわ」
――という彼女の言葉通り、そこには互いに足りなかったものを補い合うかのように、見事な満月の形ができあがっていた。
「幼い頃わたくしとカイ様は、互いにこの髪飾りを送り合い、『約束』を交わしたのです。こうして再び巡り逢い、一つに合わさる日を信じて」
「え……?」
思わず俺は言葉を失う。彼女の言葉に驚いてではない。だって、俺がそういった『約束』を交わしたのは彼女ではなく……
「や、『約束』ならわたしだって!」
黙り込む俺をよそに、負けじと天橋が前に出る……と、そこで俺は彼女の言葉に気がつく。
「わたしだって……?」
天橋は左手の中指に嵌めた指輪を、右手で抑えている。
「ちょ、それって……」
釣られて俺も喋り始める。天橋のその行動が示すこと。それってやっぱり……
「はぁ、まだ納得しませんか。なら少々お待ち下さい」
と、意気込む俺たちを遮るように、松島さんは今度はどこからともなく額縁を取り出し、俺達の前にそれを見せつけてきた。
……どうでもいいけど、どこから出てきたんだそれ?
「ご覧下さい! こちらがわたくしとカイ様が将来結婚する約束を交わしたことを示す婚約証書です!」
「は……?」
「そしてこちらが、これを作った時のわたくしとカイ様の写真ですわ!」
その証書には俺と彼女の名前……そして二人が将来結婚する予定であることを示す内容が確かに記されている。写真にも幼い頃の俺と彼女と思しき少年少女が、確かに映っていた。
「これ、俺だ……」
「ほら、お分かり頂けました? わたくしの言うことが嘘ではないと!」
間の抜けた表情で写真を見つめる俺に、松島さんがドヤ顔で威張ってみせる。
……写真の少年は、間違いなく幼い頃の俺だ。そして、幼い俺と松島さんは互いに今と変わらぬ髪飾りを身につけている。ここまで見せられてはもう否定のしようがない。どうやら彼女の言うことは本当だったようだ。
でもなんでだ? 俺、この時のこと覚えてない……と、俺が考え始めたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ん? なんかデジャヴが……はっ、これは、昨日の……!
「い、け、ば、や、くん?」
「あ、天橋……さん?」
またも尋常じゃない気配に気づき振り返ると、表向きは笑顔ながらも、昨日以上に怒っていることがまる分かりの表情で、天橋が俺のことを睨みつけていた。
「つまりあなたは、幼い頃からの婚約者がいるにも関わらず、わたしに『あんなこと』を言ってきたのかしら? しかもわざわざ彼女のことを知らないって嘘までついて?」
がぁぁぁぁ! 完全にブチ切れてらっしゃる! まずい、これはまずい! 完全に言い訳のしようがない! でもホントに知らねーんだよぉぉぉ! くそ、一体どうすれば……
「ま、待ってくれ天橋! 確かにこの写真は俺みたいだけど、本当に俺知らな……!」
「ねえ、池場谷くん」
「はい?」
必死に言い訳をしようとする俺を遮るように、天橋が口を開く。
「わたしが昨日言おうとしたこと、教えてあげるね?」
そうして天橋は一息吐き――
「わたしね……あなたみたいな『嘘つき』で、『女の人にだらしなくて』、『約束を破る人』が、ほんっとうに大っ嫌い!」
「ぐはぁぁぁぁぁっ!」
ありったけの怒りと侮蔑と嫌悪を込めた言葉で、俺の心と体を滅多刺しにしていった。
「さよなら! その人とお幸せにね!」
もはや振り返ることすらなく、公園を去っていく天橋。
その後には完全に抜け殻と化した俺と、そんな俺を不思議そうに身守る松島さんだけが取り残された。
――ああ、終わった。俺の十年越しの初恋が……
「あの、カイ様……大丈夫ですか?」
「もういいんだ、放っておいてくれ……」
松島さんが心配そうに声をかける。しかし、荒み切った今の俺の心には何一つ届かない。
「はあ、カイ様がそう仰るのでしたらわたくしは一向に構わないのですが……どうやら呑気に寝てはいられないようですわよ?」
「へ?」
だが続く彼女の言葉に流石に違和感を覚えると、身を起こして辺りを見渡す。
「おうおう兄ちゃん、ちょっとそこどいてくれるか? ワイら、そこの嬢ちゃんに用があってな。邪魔するとぶっ殺すで?」
――気がつけば俺と松島さんは、ヤクザみたいな風貌の連中に周囲を取り囲まれていた。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
真昼の公園に響く俺の絶叫と共に、激動の春休み初日は、尚も続く――




