第24回 『カイ』と雪月花の少女たち(後編)ー①
――2周目 『カイ』VS『ユキ』
「あの、今出ているのは……『快』さんですよね?」
目の前の『彼』に話しかける。姿は同じだがやはり身に纏う雰囲気は異なり、違う人格だとわかった上で見ると、色々と腑に落ちるものがある。
「ああそうだ……いいのか? 『戒』に代わらなくて」
「その前に、少しだけ他の人たちと話があるんです」
面倒臭そうに答える『快』さんを制して、人格の交代を引き留める。
「そうかよ……何の用だ? オレの方は特にないんだが」
「三学期の終業式の日、わたしを助けてくれたのは『あなた』ですよね?」
どうしても『このこと』を確認しておきたかったからだ。
「違うな」
「え?」
その返答は予想外だったため、わたしは拍子の抜けた声を上げる。
「オレはオレの身を守っただけだ。あくまでアンタを助けるために飛び出したのは『戒』だよ。肝心のアンタがそこを間違えちゃあ、アイツも浮かばれねぇぞ」
「……」
『快』さんから返ってきた答えに、わたしは黙りこむ。それは、『彼』を気遣うものにして、若干ずれたわたしの認識を正す、紛れもない事実だった。
「そう、ですね……じゃあ少しだけ言い方を変えます。『彼』を守ってくれて、ありがとうございます。それだけは、伝えておきたかったんです」
「気にすんな。荒事はオレの役目だ」
その事実を正しく認識した上で改めて礼を告げるも、『快』さんは大して気にしていないようだった。
「……もういいよな。他の奴に代わるぜ」
「あ、はい」
それだけ告げると『快』さんは話を切り上げ、他の人格へと交代した。
「僕にはお前と話す事などない。じゃあな」
「気安く話しかけるな女。我に近づいていいのは風神だけだ」
「なんだ、おれとデートしたいのかいユキちゃん? いやぁ、モテる男はつらいねぇ~」
「……」
『乖』さん、『χ』さんとの時間は話すことなどない、の一点張りで一瞬で終わった。『魁』さんには幾つか質問したが、すぐ話を逸らされるのでもういいですとこちらから切り上げた。
「やあ、天橋。その……元気にしてたか?」
――そうして、わたしが一番話をしたいと願う『彼』の出番となった。
――幕間2 『ルナ』VS『ハナ』
「何を話しているんでしょうね、あの二人……」
「あれ、気になるの?」
前を往くゴンドラを見ながら呟くルナに問いかける。
「別に? 天橋さんが『快』様の体に危害を加えないか心配なだけですわ」
「あはは……誤解も解けたし、流石にもう大丈夫じゃないかな?」
ルナの言葉にあたしは苦笑いで返す。そもそもユキは暴力を振るうような子ではないが、この間の彼女の剣幕を思うと、ルナの心配もわからなくはなかった。
「そうですね……で、貴方は結局のところどうなんですの?」
「へ? 何が?」
突然話を変えられ、思わずあたしは問い返す。
「何がじゃないですわよ。貴方もこの闘いに参加していると思っていいんですか? ハナさんのスタンスがイマイチよくわからないので、この際はっきりしておきたいのですが」
そう言われて漸く、ルナの言葉の意味を理解した。
「……わかんない」
「わかんないって……自分のことでしょう?」
あたしの回答に、ルナは何を言っているんだとばかりの様子だ。まあそれも仕方ないと思う。
「うん。だから……自分がわかんないの」
――だがその煮え切らない回答は、あたしの本心そのものだった。
「池場谷くん……」
天橋が俺の名を呼ぶ。何やら凄く思い詰めた様子である。
「ごめんな。他人格が失礼なこと言って」
「……」
取り繕うように声を掛けるが、彼女は黙り込んだままだ。
「その、あいつらも決して悪気があるわけじゃないんだよ」
「……なさい」
「え……?」
ふと天橋が何か呟くが、聞き取れなかったため問い返す。
「ごめん……なさい。酷いことたくさん言って……あなたの言葉を信じなくて、本当にごめんなさい」
天橋が深々と頭を下げる。
俺はそれを聞き、彼女の中ではこの間の話がまだ終わっていなかったのだと理解した。
「そんな、いいんだよ天橋。俺の方こそなかなか言い出せなくてごめんな」
「ううん。全部あなたを信じられなかったわたしが悪いの」
酷く申し訳なさそうな天橋に余り気にしないよう告げるが、彼女は変わらず謝罪を続ける。
「本当はあなたの言うことをもっとちゃんと聞くべきだってわかってた。でもあなたの言葉が、昔聞いたお父さんの言葉と重なって……どうしても怒りが収まらなくて……」
――よほど後悔しているのか、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「もういいって。天橋」
「え……?」
尚も謝罪を続ける彼女を制し、声を掛ける。
「頼むからそれ以上謝るのはやめてくれ。今こうしてわかってくれたなら、それで十分だよ」
あの時は確かにショックだったが、事情を聞いた今では、天橋がそう思うのは無理もないことだと思う。
「池場谷くん……」
「だからもう、謝るのはなし、な?」
「でも……」
そう伝えても、彼女の罪悪感は未だ消えないようだ。
「……ならさ、一つ俺の頼みを聞いてくれよ」
それならば、と俺は、思いついた一つのアイデアを実行することにした。
「頼み……?」
「ああ。いつぞやの『お礼』の話、結局うやむやになっちゃっただろ? 今度改めてどこか連れて行ってくれよ」
別にお詫びなどいらないが、そうしなければ彼女の気が晴れないとうのなら、形式上だけでもそういうことにすればいいのだ。
「……ダメだよ。そんなの、お詫びになってない」
「俺がいいって言ってるんだからいいの!」
尚も食い下がる天橋に、俺は語気を強めてそう告げる。
「それでこの話はおしまいだ。いいよな?」
「うん……ありがとう」
そうすることで漸く、天橋はこれまでのような笑顔を見せてくれたのだった。




