第18回 『カイ』と少女たちー②
そうしてファミレスへと入った俺たちだが、もちろん会話が弾む筈もなく、未だ無言が続いている。
うう、気まずい……
「……それで、いつになったら証拠を見せて頂けるのでしょうか?」
とうとう痺れを切らしたのか、松島さんが重たげに口を開く。
「えっとだな……もうちょっと待って貰っていいか?」
「……」
「……」
「わたし、帰ります。もう付き合ってられません」
「ちょ、天橋……!」
「もう話しかけないでって言ったでしょう!」
「天橋……」
天橋がもう我慢ならないと言った様子で俺に不平を述べ始め、それに対して俺が黙り込むしかなくなっていた時だった。
「ったく、だらしねえなあ、兄弟……」
「(え……『魁』?)」
――万事休す状態の俺に、ようやく『救いの手』が差し伸べられた。
「体を貸しな、兄弟。女の扱いなら任せとけっての」
「(あ、ああ。頼む……!)」
言われるがまま体を『魁』に委ねる。
「本当になんなの!? さっきから一人でブツブツと……もいい加減にして頂戴!」
「言いたいこと言ったら気は済んだかい? お嬢さん」
――そうして体の主導権を得た『おれ』は、罵声を上げる少女へ、優しく声を掛けた。
「……は?」
「そんな怒ってばかりじゃ、綺麗な顔が台無しだぜ? 『ユキちゃん』」
「……馬鹿にしてるの?」
急に変化した眼前の人物の態度に戸惑ってか、ユキちゃんが困惑した様子で問いかける。
「馬鹿にしてなんかいないさ。『戒』の中から何度も見せて貰っているが、君は笑っている方がずっと素敵だ。まあ先ほどからの怒り顔もそれはそれで捨てがたいものがあるが……」
「カイ……?」
「カイ様……?」
今度は周囲の少女たちが困惑を見せ始める。流石に『違和感』を感じ始めたようだった。
「うん。その呼び方の自分を慕ってくれている感は悪くないな。『快』の奴、なかなかいい趣味をしている……だが『おれ』としてはもっとフランクな感じの方が好みだな。どうだいルナちゃん。もう少し砕けた感じで喋ってみては?」
「貴方は……一体?」
そうして今度はルナちゃんが俺に問いかける。
「またまたぁ……わかってるだろ?」
「じゃあ、あんたが……」
「そう、おれの名は『魁』。『池場谷カイ』の五つの人格の一つで、随一のナイスガイさ」
最後にハナの問いかけに応え、『おれ』は自らの正体を三人へと明かした。
「では、本当に……」
「だ~か~ら! ずっと『戒』がそう言っていただろう? まああいつも口が上手くねえし、話が話だからな……すぐに信じろってのは難しいとは思うよ」
「……」
「確かに物的証拠なんかはありゃあしないさ。でも、流石にこうやって話してみれば『違う』ことはわかるだろう? 普段からあれだけあいつらのことを見てるんだからさ?」
「……」
余りの衝撃についていけないのか、三人とも黙り込んでしまった。
「……やれやれ、まだ信じられないか? なら君達が興味のある話題を一つ提供しようか」
なおも黙り込む少女たちに困りはて、おれは彼女たちへと向けて再度口を開く。
「君達がやたらと気にしている幼い頃の『約束』とやらのことだ……悪いがあれはどれも決して『唯一無二』のものなんかじゃない」
「な……」
「それは、どういう……」
――やはりこの話題に関しては、どの子も食いつかずにはいられない様だった。
「最初に言っただろう? 五つの人格があるって……簡単な話だよ。幼い頃に君達と『約束』を交わしたっていうのは全員別の人格だっていう、ただそれだけの話さ」
「……」
「『おれ達』が身に着けているこの五つのアクセサリーは全て、それぞれの人格が交わした『約束』に関わるものでね……ユキちゃんは指輪、ルナちゃんはヘアピン、ハナはネックレスにそれぞれ想い出があるんだろう? 生憎『おれ』はそのどれにも想い出はないし、君達三人の誰とも『約束』を交わした覚えはない」
「……」
「ただ、『おれ』はおれで、この『ブレスレット』に誓った『約束』があってね……他の奴らが自分の『約束』に対して、それと同じくらいの思い入れがあることだけは知ってるよ」
「……」
「……」
「では……」
「ああ、あいつらはそれぞれに、君達のことをしっかり想っているさ。『約束』を交わした時から、ずっとね……」
そうしておれは、終始黙り込む彼女たちへと『真実』を告げた。
「よかった……」
ふと、ルナちゃんが口を開く。
「……ルナ?」
「わたくしのこれまでは……無駄になってなんか、いなかったのですね……」
ハナが声を掛けるが時すでに遅し。ルナちゃんは、感極まったのか泣き始めてしまった。
「おいおい、何も泣くこたぁねえだろ……」
「だって、だって……」
まあ無理もないか……彼女にしてみれば『快』との『約束』だけを頼りにこの町に来てみれば、お目当ての男は他の女にご執心で、自分との『約束』を覚えていないと言い張る。
その癖に中途半端に目覚めては、ちゃんと『約束』を覚えている素振りを見せたりするんだから、今までさぞ不安で仕方がなかっただろう。
「よしよし、頑張ったな……」
不意にルナちゃんの元へ近づき、彼女の頭を撫でる。
悪く思うなよ、『快』。これホントはお前の役割なんだから、出てこない奴が悪いんだぜ?
……そうして場の空気が収まろうという頃だった。
「お待たせ~! みんな元気してる?」
「皆さん、お疲れ様です!」
「へ……?」
――完全に存在を忘れていた『協力者』が、ようやく到着した。しかもおれにとって最大の『地雷案件』を引き連れて。
「え……松原先生?」
「あ、サヤ姉! それにサっちゃんまでどうしたの?」
「ごめん遅くなって! 今日の話にあたって、私たちも居た方がいいと思ってさ……ん? どうしたの? カイちゃん」
能天気に登場したサヤ姉が、おれの方を見る。
「あの、サヤ姉……なんでサトルまで?」
ひきつった顔で、サヤ姉へと問いかける。聞いてねぇぞ? サトルが来るなんて……
「へ? だって……話をするなら、『事情を知ってる人』は一人でも多い方がいいでしょう?」
「いや、それはそうなんだけど……」
恐る恐るサトルの方を見る。
「ふ~ん、困ってるって聞いたから、助け船出そうと思ったのに……随分とお楽しみのようですね。兄さん?」
「いや、待ってくれサトル。分かるだろう? これには事情があってだな……」
「ええ、わかってますよ。事情があるとは言え、女性側が泣いているのをいいことにちゃっかりと抱き寄せて髪を撫で始めるとか……そんなことが自然にできるなんて、さぞやり慣れた行動なんでしょうねえ?」
「えと、はい……」
ひぃぃぃぃ! 目が全く笑ってねぇぇぇぇ!
「ああサヤ姉さん。ボク、帰りますね。どうやらもう手伝いは必要なさそうなので……」
「あ~……うん、わかったわ。気を付けて帰るのよ?」
「だ~! 待ってくれサトル! これは違うんだ!」
「はい、アナタはこっち!」
追いかけようとする『おれ』を、サヤ姉が引き留めて椅子に座らせる。
「ああ、帰ったら何言われるか……」
「全く……自業自得よ?」
「そんなこと言ってもよぉ……」
そう言っている間に、帰路に就き始めたサトルが丁度俺たちの座っている席とガラス越しに向き合った。
「べ~だ」
サトルが舌を出して拗ねた様子を見せる。かわいい……ってそうじゃなくて! などと考え出した時だった。
「サトル! 危ない!」
「えっ……?」
突如サトルの背後から怪しげな男が現われ、後ろからサトルの口を塞いだ。
「ん~! ん……」
口を塞いだ布に睡眠薬でも含まれていたのか、最初は抵抗していたサトルの腕がすぐにしな垂れる。そしてサトルはそのまま怪しい男に抱えられ、すぐ近くにあった車に放り込まれてしまった。
「サトルー!」
慌てて店を飛び出したおれだったが、その叫びも空しくサトルを乗せた車は瞬く間に、おれ達の前から姿を消してしまった。
「ちきしょう……クソったれ!!」
――抵抗し暴れるうちに外れてしまったのだろう。サトルが連れ去られた後には、アイツが肌身離さず付けているはずの、『鳥』とその羽根を描いた『ブレスレット』のみが残されていた。




