第11回 『乖』と『ハナ』ー①
「……なんだ。どこかと思ったら『ここ』かよ」
ハナに連れてこられた先は、うちの近所の公園――小さい頃の俺たちが、よく一緒に遊んだ場所だった。
「うん……」
「で、ここがなんだってんだ?」
とりあえず用件を聞くが、なんだかハナのテンションが若干低い気がする。
「あのさ……小学生の時と中学生の時、あんたをからかってきた虐めっ子を返り討ちにしたこと、覚えてる?」
「なんだ急に?」
「いいから」
質問の意図が読めず聞き返すが、有無を言わさず答えを求められる。仕方がないので言われるがままに俺は記憶を探り始めた。
……確かにそんなことがあった記憶はある。思い返してみると、俺に因縁をつけてきた奴らがこの髪飾りをバカにした辺りまでは思い出すことができた。でもその辺りからは凄く記憶が曖昧で、次に思い出せたのは俺を虐めてきた奴らが泣きながら逃げ帰っていく光景だった。
「って待てよ? まさかあれ……!」
そこまで思い返した時、俺はその状況が『最近起きたこと』と似ている事に気づく。
「あ、思い出したんだ。ルナに貰った髪飾りバカにされたから怒ったんだって」
「……」
困ったような表情で笑うハナに、俺は反応に困って黙り込む。
ハナの言うことと俺が気がついたことは、同じようで若干異なる。コイツが言っているのはあくまで俺が松島さんとの『約束』を覚えていた、ということで、俺が気がついたのは『あの時』表に出ていたのは『快』だった、ということである。
「……で、それがどうかしたのか?」
ハナの意図がイマイチ掴めないため聞き返す。
「あのさ、カイ。昔この公園であったこと……覚えてる?」
「は?」
どうやらハナが聞きたい内容は俺たちの想い出に関することのようだった。
「あのなあ……それだけで分かるわけねえだろ?」
その余りに大雑把な質問に、俺は不満げに聞き返す。
――なにせこの公園でコイツと遊んだことは一度や二度ではない。単に昔あったこと、とだけ言われても分かるはずはなかった。
「『ヒラケ』」
「え?」
思わず聞き返す。なんつった? コイツ……
「『ヒラケ』……この続き、何でしょう?」
「……ゴマ?」
「はずれ」
訳が分からないので適当に答えたが、どうやら不正解だったらしい。
つーかなんだそりゃ? 開けっつたら普通はゴマだろ!?
「やっぱり覚えてない……か。今の『おまじない』」
ハナの口にした言葉は何かの『おまじない』らしいが、生憎俺には覚えがなかった。
「すまん、覚えてない」
「そう。じゃあ何に使ってたのかも覚えてないよね?」
「……」
俺は無言で答え、肯定も否定もしない。
――正直もう俺が『覚えていない』のか、『知らない』のか、分からなかったからだ。
「じゃあさ、ここで遊んだ後、二人して裏山で迷子になったことは?」
「……なんとなく」
次に出てきたのは、一応は覚えがある内容だった。日も暮れようという頃なのにここから少し離れた裏山にハナを連れて行き、二人揃って迷子になってしまったのだった。
「あの時、泣いてるあたしになんて言ってくれたか覚えてる?」
「……」
再び無言で答える。少なくとも俺の記憶にはない。だが、俺の知らないところで他人格が出てきていたとしても、なんら不思議はなかった。
「そっか……なんなんだろう。噛み合わないね。あたし達」
「ハナ?」
なんだか寂し気なハナの言葉に、俺は思わず声を掛ける。
「羨ましいな、ルナも……ユキも。大事な想い出を、ちゃんと覚えていて貰えるなんて」
「……」
そう呟くハナに何も答えることができず、俺は黙り込むしかなかった。
「……ごめん。なんか嫌味言ったみたいになっちゃったね。なんかあたしとの想い出ばかり忘れられてるみたいでさ。ちょっと悔しかったから、つい……」
「ハナ、俺は……」
「ごめん、忘れて! カイの言う通りだよね。あたし達付き合い長い分、無駄に想い出は多いから、忘れちゃっても仕方ないよね!」
「……」
「今日はありがと。じゃ、またね!」
「あ、おい!」
それだけ告げるとハナは急ぎ足で公園を去り、俺を置いて帰ってしまった。
「くそ、『俺』にどうしろってんだよ……」
――そう言って俺が立ち尽くしていた時だった。
バキッ!
「痛っ!」
――なぜか俺は、『自分で自分を』殴っていた。
「は……? 一体俺なにやって……ぼげっ!」
再び俺の拳が俺の顔面を襲う――しかも今度はかなり強烈なヤツ。その勢いで、俺はそのままぶっ倒れてしまった。
「ハァ、ハァ……」
「ってぇ……お前、『乖』! なにしやがる!?」
気がつくと俺は『カイ議室』におり、息を切らした『乖』に馬乗りにされてマウントポジションを取られていた。
「……ざけんな」
「ああ?」
『乖』は、譫言のように何かを呟きながら、俺を睨みつける。
「ふざけんな!! オマエ、どんだけアイツのこと傷つけたら気が済みやがる!」
「なに……?」
「オマエはいつもそうだ! いつもいつもそうやって、アイツの気持ちを蔑ろにして!」
「『乖』、お前……」
そこまで言われて確信した。コイツ、やっぱり――
「気づいてんだろうが! アイツがオマエのことを……全ッ然! 振り切れてねえってことぐらい!」
「……」
そんなことは分かっている。だがそれでも幼馴染でいると決めたのは『俺』とハナだ。決して『乖』ではない。だからこそ――
「それなのに、オマエは……!!」
「じゃあお前がなんとかしてやれよ!」
「なんだと……?」
「とぼけんな! お前だろう!? ハナと『約束』をしたのは!」
ずっと『俺』の中に籠ったままの奴にだけは、文句を言われたくなどなかった。
「……」
「俺が『約束』を知らないせいで、ハナを傷つけたのは事実だよ……! でもそれなら、さっさと『お前』が表に出てくればよかったじゃねえか! それをしないから、アイツが余計傷つくんだろうが! ふざけてんのはどっちだよ!?」
そうだ、『乖』は、ハナが――自分の好きな子が『俺』に傷つけられるのを、ただ黙って傍観していたのだ。そんな奴に今更それをどうこう言われる筋合いはない。
「うるさい! オマエに何がわかる!」
「わかんねえよ! そんなにハナが大事ならなんで出てこなかった!? なんで俺を押し退けてでもあいつの気持ちに応えてやらなかった!?」
そうだ……俺ならそんなことは絶対にしない。
「黙れ!」
「お前が黙れよ!! ハナが傷つくのを黙って見過ごしてた癖に、偉そうなこと言ってんじゃねえ! 自分のことを棚に上げて人にばかり文句付けて……何様だよテメェ!」
俺の好きな子が……天橋が他人格により蔑ろにされるようなことがもしあれば、絶対に見過ごしたりなんて――
「黙れってんだろうが!!」
『乖』はそう言うと一際大きく拳を振り上げ――
「……」
俺の顔のすぐ横に拳を叩きつけ、動きを止めた。




