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第109回 降り積もる想いー①

「まあ……とりあえず、そっちの言い分はわかったわ」

 お互いへの不満を存分に吐き出した言い合いが終了した後――しばし続いた沈黙を破り、『(わたし)』が口を開く。


「……そう」

 一方の『(わたし)』も、素っ気ないながらその言葉に応える……どこまで伝わったかは不明だが、彼女の言葉を信じるなら一応こちらの主張も理解はしてくれたようだった。


「で、こっちの言い分についても、ひとまずは分かってくれた……でいいのかしら?」

 それを受けて再び『(わたし)』が口を開く。今度は彼女側の主張が理解されて貰えたのかどうか、という確認である。


「ええ、まあ……」

 尋ねられた問いに、肯定の意を返す……残念ながらそこについては、頷かざるを得ない。


「正直……苦笑いしか出ないわよ」

「……そうね」

 『(わたし)』は『想い出』なんかなくてもいいから、『約束』がほしい。

 一方で『(わたし)』は、『約束』なんかなくてもいいから、『想い出』がほしい――言葉だけだと一見真逆のことを言っているようだが、なんということはない。

 結局のところ、どちらの人格(わたし)も思うことは同じであり……二人が二人とも、自身が持つものを軽視し、他方が持つものを羨んでいたに過ぎなかったという、ただそれだけの話だったのだから。


 ならば、他方の言い分を『理解』はしながらも『納得』はできていないという現在の『(わたし)』の心情についても――きっと『わたし』とご同様なのだろう。 



「けど……そういうことなら仕方ないわね」

 もはや罵り合っても時間の無駄だと理解したのか、『(わたし)』は一際大きな溜息を吐いた後――


「じゃあ……こうしましょうか」

「え……?」

 徐に口を開き、彼女の思うところを『(わたし)』に告げてくるのだった。





「でも、それは……」

「仕方ないじゃない。この調子じゃ、いくら話し合っても平行線でしょう?」

 告げられた内容に戸惑う『(わたし)』に、文句があるかとばかりに『(わたし)』が畳みかけてくる。


「なら……結局これが一番『公平』でしょう?」」

「……」

 確かに双方が許容可能な落としどころはこれぐらいしかないだろう。何よりそこには――先ほどの罵り合いとは異なり、『(わたし)』が『納得』できるものがあった。



「そう、だね……」

「じゃあ……この話は終わりだね」

 であるならもはやそれを否定する『理由』は存在しない。その回答に『(わたし)』も満足したのか、話題を切り上げる。


「なら後は……大人しくカイちゃんを待ちましょうか」

「……うん」

 そうして『わたし達』がお互いに『納得』した――次の瞬間だった。



「さて二人とも……話は済んだでよかったかい?」

「「あ……」」

 突如として横から声を掛けられ――『(この男)』の存在を完全に忘れていたことを、思い出す。


「やれやれ。私を無視して勝手に話を進めてしまうとは……酷い話だね」

「その……ごめんなさい」

「なに、謝ることはないさ。双方が納得いく結論が出せたようで、安心したよ」

「……」

 慌てて謝罪をしながら、溜息と共に愚痴を零すその様子を伺う……現時点までだとこの男の行動は『わたし達』にとって有益な面の方が多く、警戒が緩んでいたことは間違いなかった。

 しかし、忘れてはならない。彼には彼の思惑が別にあることは明白であり、何よりもこの男は――『彼』の敵である。 


「だが悪いね……君たちがさっき話していたことは――残念ながら、叶わないんだよ」

「えっ……?」

 故に一瞬でもそれを忘れ――自分たちの話に没頭してしまったことが、『わたし達』の敗因だった。


「それだと……私の『計画』に支障が出るのでね」

「なっ――!」


 —―ピカッ!

 そんな『甘さ』を嘲笑うかのように……突如発された眩い光が、『わたし達』を包み込んだ。






「フフフ……上手くいったぞ」

「え……?」

 数秒後――わたし達を襲った光が消え去ったのを感じ、目を開く。



「『幸』!?」

 そうして目に飛び込んできたのは――地に伏せる『(わたし)』の姿だった。



「ちょっと、大丈夫? どうしたの!?」

 慌てて駆け寄り声を掛けるも、返事はない。


「返事をして、『幸』!」

「無駄だよ……今の彼女は、ただの『抜け殻』だ」


 再び呼びかけるも、やはり返事はなく……それを見た男が何やらよくわからないことを言い始める。


「抜け、殻……?」

「カイに伝えるといい……彼女を返して欲しければ、予定通り約束の場所に来るようにとね」

 戸惑うわたしを見ながら、男が告げる――『(わたし)』は、『彼』をおびき寄せるための餌なのだと。


「ああ、それから……これも伝えておいてくれたまえ」

 そうして男は、不敵な笑みを浮かべながらそう付け加え――


「早くしないと……『幸』が消えてしまうよ、とね?」

「なっ……!?」

 それだけ言い残し、わたしの前から姿を消していったのだった。









「『幸』が……消える?」

「詳しいことはわからないけど……確かにそう言っていたわ」

 『雪』からことの次第を聞いた俺は、愕然としながらその言葉を反芻する。消えるって……なんだよそれ?


「――ちっ!!」

「おい、カイ!!」

 数秒後――気が付けば俺は、親父が制止するのを無視して一目散に走り出していた。




「くそっ……くそっ!!」

 告げられた言葉への不安を振り払うかのように、ひたすらに走る。


「『幸』を……消すだと!?」

 『どうやって』かなどは知らない。俺を呼び寄せるための罠である可能性もある……だが、『(あの男)』は『それ』を行うことに何の躊躇いもない男だ。


「ちくしょう……させてたまるかよ!!」

 『幸』がそんなヤツの手元にある状況を、許せるわけがない。今すぐにでも俺は、彼女を救い出さなければならない。


「俺は……俺は!!」

 だって俺は――まだ彼女に何も伝えられていないのだから。




 ――キキーッ!!

「うわっ!!」

 そうして走り続ける中、突如一台の車が俺を追い抜き、急速なブレーキと共に眼前に立ち塞がる。


「乗りなさい、『戒』くん!!」

「え……『立』さん?」

 突如名前を呼ばれそちらを見ると……車の窓から顔を出してきた立さんの顔が目に入る。


「行くんでしょう? 『あの子』の所へ……」

 マイクロバスと思わしきその車にはすでに他の皆も乗り込んでおり、側面には大きく『浮橋荘』と書かれている……どうやらユキの元へ向かうため、旅館の車を持ち出してきてくれたらしい。


「せめてこれぐらいは……手助けさせて頂戴」

「……はい」

 そんな彼女の真剣な目に応えるべく――俺はすぐさま車へと乗り込むのだった。







 車に乗り込んで数分後――車内では『(ヤツ)』が何をしようとしているのかについて、会話が繰り広げられていた。

「でも……消えるって、一体どういうことなの?」

「実際そこは疑問ですわね。あのお方にそんなことができるんですの?」

「わかりません。彼個人でどうこうできるような話だとは思えませんが……」

「おじ様、何か知ってます?」

「いや、残念だが……」

 女性陣が次々に疑問を口にし、親父に尋ねたりもするが残念ながら答えは出ない。



「けど……」

「ん?」

 だが――俺にとっては、正直そんなことはどうでもいい。


「けど、『(あいつ)』ならそれぐらいやりかねない……親父なら、それぐらい分かってるだろう?」

 重要なのは――『(ヤツ)』が『それ』を行う可能性があるということに尽きる。


「ああ、勿論だ……前回のこと(サトルの時)を思えば、まず間違いなく邪魔してくるだろう。気を付けてかかれよ」

 ならば如何な手段を以ってしてもそれを防ぐという、それだけの話だ。無論、親父の言う通りに『(ヤツ)』が妨害をしてくる可能性は高い……簡単にそれを振り払えれば話は早いのだが、俺にそんな力はない。


「(そういうことなら、おれ達の出番だな)」

「(……まあ、荒事はこっちの担当だしな)」

「(フッ……ここは愚鈍のために一肌脱いでやろうではないか)」

「(そういうことだ……『(お前)』はただ、彼女を取り戻すことだけを考えろ)」

 であれば……こんな時こそ頼るべきは『他人格(こいつら)』だ。

 

「……すまん。頼むぜ」

 それを察して声掛けしてくれる『兄弟』の心遣いに感謝しながら前を向く。



「それじゃあ……飛ばしていくわよ!!」

 こうして俺たちは――『(ヤツ)』の元へと走り出すのだった。

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