第10回 『ルナ』と『ハナ』ー①
……なんでこうなるんだ?
ある春の日の午後、俺は自宅から少し離れた総合デパートにいた。そして俺の両隣にはハナと松島さんの二人がいるという、謎の組み合わせだった。
――事の始まりは午前中まで遡る。
ピーンポーン。
「はーい」
呼び鈴に反応し、外に出る。
「おっす。おはよ、カイ」
「なんだ、ハナかよ」
玄関を開けて現れたのは、余りにも見慣れた顔だった。
「なんだとは何よ。失礼しちゃうわね」
「で、何の用だよ?」
不機嫌そうなハナを無視して用件を聞く。
「えっとさ、あんた今日の午後って暇? ユキと映画見に行く予定だったんだけど、あの子用事ができて行けなくなっちゃったらしいの。よかったら代わりに来ない?」
「はあ……なんで俺なんだよ。別に一緒に行く友達くらい他にいるだろ?」
「だって急な話だし。予定あったら悪いじゃん」
こちらの予定を確認することもない随分一方的な誘いに俺は不満を漏らすが、ハナの奴は全く気にする様子がなかった。
「俺なら悪くねーってのかよ」
「うん。だってどうせ暇でしょ?」
うわ、言い切りやがったコイツ……まあ実際暇なんだが。
「……」
「何、なんか先約でもあんの? なら別にいいけど」
「いや、ないけどよ……」
「じゃあ決まりね。一時にイ○ン集合。よろしく~」
「……ったく、しゃあねえな」
特に断る理由もなかったので、俺は不満を抱えながらも誘いを承諾する。そうして会話が切り上げられようとした時だった。
「カイ様~! おはようございます!」
「……おはよう、松島さん」
第三者の登場により、また厄介ごとが起きそうな空気になってきた。
「あっ、松島さん、おはよ!」
「……ああ、おはようございます。宮沢さん」
凄く嫌そうな顔で、松島さんが応える。つーか態度の変わり様露骨過ぎんだろ……
「もう、宮島花だって。いい加減覚えてよ……」
「ああ、失礼しました。そんなことよりカイ様! 本日のご予定はいかがでしょうか? わたくしカイ様と一緒に見に行きたい映画がございまして……」
「「えっ……?」」
松島さんが取り出した映画のチケットは、ハナが持ってきたのと同じモノだった。
「ごめん、松島さん。今日はちょっと先約があって……」
「あら、そうなのですか……?」
流石にブッキングする誘いを受けることはできないので断ろうとした時だった。
「あ、カイ。やっぱさっきの話はなかったことで! それじゃあたしはこれで……」
「まてぇい!」
「きゃっ!」
と、逃げ出したハナを俺は首根っこを摑まえて捕える。
「ちょっと、何すんのよ!?」
「何すんのじゃねえ! お前こそ今更何言ってんだよ!?」
「いや、だって……お邪魔でしょ?」
「あのな~……」
何故か突然遠慮し始めるハナ。どうしたんだコイツ?
「ひょっとして……そちらの方と逢引き、なのですか?」
「違う違う、そんなんじゃないって! たまたまチケットが余ってたってだけだよ。松島さんがこいつと行きたいならあたしは全然構わな……」
「……わかりました。では『三人』で参りましょう」
「「えっ……?」」
松島さんの口から出てきたまさかの提案に、俺とハナは完全に言葉を失くしていた。
――というのが、今朝起きた出来事である。
現在は午後を迎え、集合した俺達はお目当ての映画を見た後、近くの喫茶店で小休止をしているところだった。
「えっと……松島さん?」
「……はい、なんでしょう?」
「え、映画面白かったよね~? 特に主人公の二股がばれたときのリアクションとか見苦しすぎてホント笑っちゃったよ!」
「あ、ああ、そうだな……」
今日見た映画の内容は、男女の恋愛をメインにしたコメディー映画で、主人公が不可抗力により色々な女性と恋愛関係を結ぶことになってしまうというものだった。
――ハッキリ言って今の俺には全然笑えなかった。
「ええ、そうですね……」
「……」
で、それは置いておいても今日の松島さんの様子は明らかにおかしかった。
いつもなら俺に抱きついてうるさいぐらいに喋り倒すというのに、今日はそんなことは一切なく、必要最低限の会話以外はほば黙ったままである。
「え、と……今日はどうかしたのかな? 松島さん、なんか元気がな……」
「申し訳ありませんカイ様。大変心苦しいのですが、少し席を外して頂けませんか?」
「へっ?」
予期せぬ言葉に、思わず聞き返す。
「本当に申し訳ありません。わたくし、宮島さんと二人でお話ししたいことがありますの」
「ふぇ? あたしと?」
「はい、そうです」
「えと……なんかよくわからんが大事な話っぽいな。わかった、終わったら呼んでくれ」
だが何やら神妙な松島さんの雰囲気に押され、俺は言われるがままにその場を後にした。
――カイが席を外し、後にはあたしと松島さんだけが取り残された。松島さんはさっきから凄く真剣な目であたしを見ている。
「えっと……それで、話って?」
「……」
「……あの、松島さん?」
「宮島さんは、カイ様と幼馴染ということでしたよね?」
あたしが場の空気に耐えかねている中、ふと松島さんが口を開く。
「えっ? うん、そうだけど……」
「いつ頃から共に過ごしておられるのですか?」
「えっと、幼稚園の頃からだから十年以上の付き合いになるけど……」
「そうですか……ではその間ずっとカイ様を見てきたのですね」
「まあ、そういうことになるかな」
「……わかりました。ではお聞きします。カイ様はいつ頃から『ああ』なのですか?」
「へっ?」
質問の意図がよくわからず、あたしは聞き返す。
「わたくしの知るカイ様は常に強く気高い、荒々しいまでの逞しさを持つ方でした。それがどうでしょう。再会してからのカイ様の日頃の姿を見ると、余りにも弱々しいというか……その、言ってはなんですが情けないというか……」
「強く、気高い……?」
松島さんの言葉に、あたしは顔を顰める。
「もちろん、本気を出せばわたくしの知る通りのカイ様であることは存じ上げています。でもいくら能ある鷹は爪を隠すといえど、あれでは隠しすぎと言いますかなんというか……」
能ある鷹? ……誰が?
「もしかして何か力を隠さなければいけない理由でもあるのでしょうか? 正直わたくしはあんな状態のカイ様を見ているのが辛いのです。貴方なら何かご存じではありませんか? もしそうならばどうにかしてカイ様に本気を……」
「ちょっと待って松島さん」
「はい?」
「ごめん。一体誰の話?」
聞くに堪えなくなったあたしは、たまらず松島さんの言葉に制止を掛ける。
「誰って……カイ様に決まっているではないですか。世界最強を目指すと豪語していたあのカイ様が、なぜあのような無様な姿を晒しているのか、わたくしは理解に苦しみますわ」
「はいストップ。誰が世界最強だって?」
「……? だからカイ様がですが」
「それは、本当にさっきここに居たヤツのこと?」
「はい」
……彼女の言う『カイ』のイメージは、あたしの知るアイツとは全くかけ離れていた。
 




