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第9回 『天橋雪』ー②

 ――数十分後。キッチンの火も収まり、それぞれが作った料理が俺の目の前に姿を現した。


「これは、なんというか……」

 勝敗は見るまでもなく明らかだった。片や高級レストラン顔負けのサトルの料理に比べ、天橋が出してきた『ソレ』は、もはや消し炭と化した料理とは呼べない何かだった。

「これはちょっと、なんというか……」

 余りの惨状に、サトルが思わず言葉を濁らせる。


「……」

「ま、まあ元気出しなよユキ。こう言うときもあるって……今度一緒に練習しよ? ね?」

「……ごめんなさい」

 天橋は先ほどから、泣きそうな顔で俯いたままだ。確かにちょっとこの料理は見るに堪えないが、折角天橋が作ってくれたものだ。ならば……


「よし、いただきます」

「「「えっ!?」」」

 サトル、ハナ、天橋が三者三様に驚く声が聞こえる。

 ガリゴリッ……ベキッ! うん、何か料理とは思えない音が聞こえる。


「ダ、ダメ! 池場谷くん! そんなの食べたら体壊しちゃ……」

「うん、別に食えなくはないよ、これ」

「え……?」

「ごめん、はっきり言って美味しくはない。天橋自身もそう思ってるだろうからそこを否定はしないけど……ちょっと失敗しちゃったってだけの話だろう? 少なくとも一生懸命作ろうとしてくれたことだけは分かるよ」


「池場谷くん……」

「だからさ、そんな泣きそうな顔しないで、今度また作ってくれよ。先生が必要ならうちの弟貸すから、いくらでも使ってくれていい」

「……うん」

 それだけ告げると、天橋はようやく笑顔を向けてくれた。

 

「ちょっと兄さん! 何勝手に人を貸し出そうとしてるんですか!?」

「うるせえな。いいだろうそれくらい」

 横槍を入れるサトルを制すると何やらガーガーと文句を言ってきたが、今はそんなことはどうでもいい。それぐらいで天橋が笑ってくれるというならばお安い御用というものである。


「まあまあ、サっちゃん、そう言わずに……」

「ありがとう……池場谷くん」

「(よかったね。ユキ)」

 そんな天橋の様子を見て、ハナが何やらホッとした様子で微笑んでいた。


「あの、ハナ、サトル君……お願いです。わたしに料理を教えて下さい。もう一度挑戦して、ちゃんと食べられる料理を池場谷くんに出したいの」

 元気が出たのか、天橋がやる気満々で他の二人に教えを乞う……まあこいつらが見るなら安心だろう。サトルは言うまでもないし、ハナの方も何気に家事は万能だ。


「仕方ないですね……そんな必死に頼まれたら断れないじゃないですか」

「あたしは全然いいよ。料理好きだし」

「二人とも……ありがとう」

「さあ、始めましょうか」

「はいは~い、じゃあユキ、準備はいい?」

「……うん!」

 サトルとハナに促され、天橋が再び料理を始める。

 ――気が付けば三人は、俺の存在など忘れたように仲良く夕食の準備を始めていた。



「やれやれ……これで一件落着かな」

「(やるじゃねえか、兄弟)」

 安堵の溜息を吐く俺に、『魁』が頭の中で語り掛けてくる。

「うっせえっての」

 そう言って軽口に返した時のことだった。  


「カイ様~!」

 聞き覚えのある声と共に、俺の背中に冷や汗が走った。


「お家でお料理だなんて、どうしてわたくしを呼んで下さらないのですか! わたくしもカイ様に手料理をご馳走したいですわ!」

「松島さん……」

 ああ、この子まで来てしまった……ていうかこのお嬢様料理とかできるのか? 一体どんなゲテモノ料理が……と、俺が警戒を強め始めたその時だった。


「はいどうぞ!」

「えと……」

 出てきたのは、大量の『ささみ』だった。


「うん……ナニコレ?」

 一瞬何が起きているのか理解できず、俺は眼前のモノが何なのかを尋ねる。


「なにって……食事に決まっているではありませんか。どうやら皆さまはカイ様が一流のアスリートであることを考慮した食事を作っていない様ですので、高タンパク低カロリーを追求した食事を作らせて頂きました。今回は時間がなかったので間に合わせになってしまいましたが、『身体造り』を考えるならば、こう言った食事が最もカイ様のためになるかと!」

「……あ、はい」

 得意げに答える松島さんをよそに、俺はただ無感動に頷くしかなかった。

 ちなみに俺は断じてアスリートなどではない。まあガチの肉体派である『快』のヤツはそう呼んでもいいのかもしれないが……


「どうしたのですかカイ様? ああ、量を気にされているのですね。大丈夫です。もちろん一回の量ではありませんわ。一流のアスリートであれば食事もトレーニングの一つ。一日三食ではなく時間を空けて捕食を混ぜながら六~七回に分けて摂取して頂くのがよろしいかと……」

「うん、ありがとう……」

 壊れたレコードのように反応する――もう俺は、どこから突っ込んでいいのかまったく分からなかった。


「カイ様? どうかされたのですか?」

「あ、ささみ美味い……」

 味は悪くない。むしろ美味かった……だが、俺は一体何が嬉しくてこんなことをしているのだろうか?

 ……もう本当によく分からなかった。


 ――ちなみにハナとサトルが手伝ってくれたおかげで、天橋の料理はちゃんと成功しましたとさ。うん、美味かったよ。

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