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第1回 『池場谷カイ』ー②

 ――そうこうしている間に、終業式が始まった。

 校長が無駄に長い挨拶話を延々と続けており、開始一分で興味を失くした俺は、気づけば天橋を見つめていた。校長のよくわからない話にいちいち頷きながら聞き入っている。まじめだよなあ……そういうとこもいいんだけど。


 そうやって彼女を見ながら、俺はある『記憶』に想いを馳せていた。

 十年前……親父に連れられた旅先で、俺は一人の女の子と出会い、仲良くなった。

 共に過ごした時間は短かったが、俺にとって『あの子』と過ごした時間は何にも代え難いものであり、幼心ながらにこの子と一生を共にしたいと本気で思ったものである。

 だが夢に見た再会はなかなか叶わず、このままこの想いは行き場を失くしてしまうのかと思っていた……去年この高校に入学するまでは。

 何しろ十年前の幼い頃の記憶だ。今となっては想い出のあの子のこともうっすらとしか覚えていない。

 だが彼女は――天橋雪は、そのうっすらとした想い出に余りにも合致し過ぎていた。


 まずは名前。当時の俺とあの子は『カイちゃん』『ユキちゃん』と呼び合っていた。

 次に出身地。天橋の母親の実家は京都にあり、昔はそこに住んでいたそうだが、十年前に俺があの子と過ごした旅先もまた、京都だったのである。


 ……名前については、音だけでいえばありふれた名前である。それだけではなんの証拠にもならないが、十年前に彼女も京都にいたとなればその可能性を信じてみたくもなる。

 そして、極めつけは彼女が嵌めている指輪だ――というかアレだけでお釣りがくる。十年前、俺と『あの子』は『手作りの指輪』の交換をした。俺は右手の中指に、あの子は左手の中指に指輪を嵌め合い、再会の約束を誓ったのである。


 そして、今現在彼女が左手の中指に嵌めている『ソレ』は、まさに俺が後生大事に右手の中指に嵌め続けている『ソレ』と同じ、『雪の結晶』が描かれたものだったのだ。


 一年前……入学式で天橋を見かけたとき、俺の中に『あの子』がフラッシュバックした。

 そしてあの指輪をつけているのを確認した瞬間、もう完全に運命を感じていた。たまたま同じクラスの隣の席になったときはその時点で感涙ものだったし、おかげで少しづつ話をするようになり、徐々に距離が縮まっていることも感じている。少なくとも向こうから悪い感情を感じたことはほとんどない。

 だがヘタレ極まりない俺は、未だあの『約束』のことを確かめることができずにいた。

 ……だから決めたのだ。今日こそ俺は、彼女にこの気持ちを伝えるのだと。

 十年間ずっと――『キミ』を想っていたんだ、と。


「おい、戒。戻ろーぜ」

「ああ……へっ? もう終業式終わったのか?」

 ――と、俺が一人悶々としているうちに、終業式は終わっていた。

「大丈夫か? お前……」

 そんなボケボケな俺を心配してくれるのは、律だけだった。



「起立! 気を付け! 礼!」

「さよーならー」

 この号令を以って高校一年生の三学期は終了した。

 ここから春休みが――そして俺にとっての決戦の刻が、始まろうとしていた。


「あ、あのさ、天橋……」

「池場谷くん? どうしたの?」

「えっと、今日この後さ……」

 勇気を振り絞って天橋に声を掛けた俺が、彼女を誘おうとしたその時だった。


「ユキー! ちょっといい? 部活のことでちょっと話があるんだけどー!」

 ……邪魔が入った。

「あ、ごめん。池場谷くん。ちょっと行ってきてもいい?」

「いいよ。待ってるから」

「うん、ごめんね」

 早速出鼻を挫かれた俺は、不貞腐れた様子で教室の隅に座り込む。

 てゆーか今の声、ハナの奴か。クソっ、余計なことを……!


「……お前さあ、さっきから挙動不審すぎんぞ?」

「うっせえ、わかってるよ……」

 呆れた様子で話しかけてきた律の言葉に、俺はうんざりした様子で項垂れた。


「――しかし、いつも思うけどお前、やたらアクセサリー多いよな?」

「ん、ああ。こいつらか……」

 話題を変えるような、律の言葉に答える俺。

 ……まあその指摘は尤もといえば尤もだ。俺は『あの子』との思い出の品である指輪の他に、あと四つほどアクセサリーを身に着けている。多いと言われれば否定はできない。


 一つ目はヘアピン。なにやら『月』みたいな形をしている。なんだか外す気がしないので、若干伸び気味な右の前髪を留めるのに使っている。


 二つ目はイヤリング。なぜか片方しかないが、やけに精巧な画が描かれている。描かれているのは、『風神雷神』の『風神』の方だ。これもまた外す気がせず、左の耳につけている。


 三つ目はネックレス。『紅葉』を模した飾りが吊るされている。俺の記憶にはないのだがこれまた別の『約束の品』らしく、外すのも憚られるので身につけるようにしている。


 四つ目はブレスレット。『鳥』とその羽根を描いたような模様が彫られている。これまたなんだか外す気がせず、左腕に嵌めるようにしている。


「……男のくせにこんなジャラジャラさせて気持ち悪いってか?」

「いや、別に……ていうかお前の場合、家のこともあるし何もおかしいことはないだろ」


 律の言う通りだ。俺の家は『大沼貴金属店』という店を営んでおり、こういったモノの扱いは手慣れたものである。いや……であったと言った方が正しいか。

 なにしろ店主であった祖父は数年前に他界している。父親も母親も跡を継がなかった為、現在では建屋と工房のみが残された状態だ。


 一応、孫である俺は幼少の頃より祖父から色々教わってきたのである程度そういう技術があり、祖父の時代から馴染みのお客さんの注文を受けることで、細々と経営を続けてはいた。だがその程度で大した実入りがあるわけもなく、実質的には俺の私的な工房となっているのが実態だった。

 ……ちなみに『大沼』というのは母親の旧姓である。


「まあ、な……」

「だろ? まあそういう風に思う奴もいるかもしれんが、どれも目立つものじゃないし俺は特に気にならんぞ」

 呟く俺に気を遣うように、律が続ける。


「よくわかんないけど、大事なものなんだよ、多分……」

 先ほどの四つのアクセサリーを意識しながら、俺はそう呟く。

 ――確かにこれらについて、俺は特に覚えがない。物心ついた時には欠かさず身に着けていたので、どれも随分と年季が入っている。


 ……だが俺は、気がつけばそのどれもを丹念に手入れしており、何故か粗雑に扱うことはできなかった。そう、それこそ――

「右手の『ソレ』みたいにか?」

「……うっせえ」

 丁度考えていたことを言い当てられ、俺は若干不機嫌そうに答える。


「まさか他にも例の『ユキちゃん』みたいな娘がいたりしてな?」

「……アホかよ」

 律の軽口を流し、俺は再び天橋の方を見る。


「じゃね! あたし今日はすぐ帰らなきゃいけないから、また新学期に!」

「あ、うん、またね!」

 ……どうやら話が終わったようである。さあ、遂に勝負の刻がきた。


「話が終わったみたいだ。今度こそ行ってくる」

「そっか……頑張れよ」

「ああ」

 励ましてくれている様子の律に応え、俺が天橋の方に向かって歩き始めた時だった。

「失礼! 天橋さんはいるかい?」

「え……!?」

「キャー! 弄杉(もてすぎ)先輩よ!」

 ……またも邪魔が入った。


「……」

「あちゃー、こりゃ今日は無理そうだな。よりによって弄杉先輩かよ」

 突如うちのクラスに現れた上級生は、学内一のモテ男と名高い、弄杉先輩だった。

 マジかよ。あの人まで天橋狙い!?


「いた、天橋さん。ちょっといいかい?」

「は、はい……」

「君と話したいことがあるんだ。ここじゃ周りの目が気になるし、ちょっと中庭までついてきてもらってもいいかな?」

「えっと、でもわたし、他に用が……」

「ハハッ、まあいいからいいから」

「あっ、ちょ……」

 弄杉先輩は困っている天橋をよそにその手を取ると、そのまま教室を去っていった。


「見た見た? 弄杉先輩と天橋さん、すごくお似合いね!」

「話って何かしら?」

「ばっかね~! そんなん、愛の告白に決まってんじゃない!」

「遂に難攻不落の天橋嬢が陥落するときがきたか!」

「まあ、弄杉先輩じゃしょうがねーよなー!」

 ……すでに周りの生徒は、完全な野次馬と化していた。


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