第8回 『池場谷サトル』ー②
キーンコーンカーンコーン。
本日の授業の終了を告げるチャイムが響く。今日は入学式があったこともあり、在校生も午前中で授業は終了だ。
「さて、帰るか……」
そう言って俺が帰り支度を始めたときだった。
「あ、あの子、新入生代表会挨拶してた子じゃない?」
「凄いきれいな顔……女の子みたい!」
何やらクラスの女子が噂をしているのが聞こえる。
「もしかして――」
女子の話す内容が気になったので、少し廊下に顔を出してみる。
「あ、兄さん!」
「サトル……」
予想通りそこに居たのはサトルだった。
「なんで二年の教室に? お前の方が早く終わるから先帰れって言っただろ?」
「ははは……まあそうだったんですけど、少し用事ができたんです」
「用事? なんだそれ?」
「ああ、それは……」
と、俺の問いにサトルが答えようとしたときだった。
「ねえねえ、その子池場谷くんの弟なの?」
「同じ苗字だと思ったけどそういうことだったのね!」
「やーん、かわい~!」
「あ、ちょっと……」
あれよあれよと言う間に、サトルはクラスの女子に囲まれてしまった。
「あらあら、サっちゃん大人気ね」
「ハナ……」
いつの間にかハナが横にいた。サトルは変わらず女子たちにもみくちゃにされている。
「ちょ、ちょっと困ります……」
「なに、助けてあげないの? お兄ちゃん?」
「からかうなよバカ……」
そんな光景を俺たちが見守っている最中のことだった。
「あ、いた。サトル君!」
「あれ、天橋……?」
そこへ何故か天橋が現われた。いや、彼女はこのクラスの所属だし、いること自体は何もおかしくないのだが……なぜサトルを?
「あ、天橋先輩」
「ごめんね急に呼び出して」
「いえ、お構いなく」
この会話の感じ……どうやら天橋がサトルを呼び出したようだった。
「え……何これ?」
予想外の展開に俺は動揺し始める。な、なんだ? 天橋がサトルを呼び出した、だと?
ま、まさか天橋がサトルを……? いや、そんな筈はない。だってこないだ商店街に行ったときを考えても、なんだかんだで天橋は俺のことを気にしてくれてはいるはずだ。
けどそういえばサトルのやつ、こないだ天橋を何か意味深に見ていたし……まさかこないだの醜態を見られて、とうとう天橋に愛想をつかされてしまったのか俺は!?
「こうして来てくれたってことは……OKでいいのかな?」
「もちろんです。喜んで受けさせて頂きます」
いや待て何だその会話は! まるで告白の返事をしているみたいじゃないか!
……こ、これはまずい。天橋がサトルを好きになって、それをサトルが受け入れようとしているようにしか見えない!
「本当? 嬉しい!」
「はい、これからよろしくお願いします!」
いかん! それ以上は……!
「ちょ、ちょっと待った~!」
と、俺が二人の間に割り込もうとしたその時だった。
「生徒会の一員として!」
ズザ~!
サトルの口から出てきた言葉を耳にした瞬間、俺は盛大にズッコケて廊下にヘッドスライディングをかました。ああ、生徒会……そういうことね。
「……えと、大丈夫? 池場谷くん」
「何してるんですか? 兄さん……」
「うん、何してるんだろうな……」
どうやら完全に俺の独り相撲だったようである。後ろでは俺の醜態を目撃したハナが必死に笑いを堪えていた。
「サトルを生徒会に、ねぇ……」
「そうなの。新入生の経歴を確認させてもらう中で知ったんだけど、サトル君、中学でも生徒会長やっていたんでしょう? その時の評判も良かったみたいだし、是非来年の会長候補として、今のうちから生徒会に入って経験を積んで貰いたいの」
――そう、サトルは俺と違って非常に優秀だ。中学三年間学年トップを譲ったことはない筋金入りの優等生である。ただその分……いや、ここでは言うまい。
「でもまさか入学式の日に誘われるなんて思いませんでしたよ」
「ごめんね。急な誘いで」
「いいんじゃねえか? サトルなら上手くやれるだろ」
「じゃあお兄さんの了解も得たし、これで決定ね!」
「はい、よろしくお願いします!」
俺の肯定の言葉を聞くとサトルは承諾の意を示し、それを見た天橋が嬉しそうに笑う。
――まあ俺的にはサトルが生徒会をやる分には全然問題ない。昨年中学で生徒会長をしていた時も楽しそうにしていたし……なんにせよ入学早々に打ち込めるものを見つけてくれたようで、兄としても一安心である。
「よかったね。あんたの想像と違って」
「うっせぇ、てか何でお前までいるんだよ?」
「そりゃ~面白そうだから?」
何故か生徒会室までついてきたハナが、俺の隣で笑いながらこっちを見る――先ほどの狼狽ぶりの原因を見透かされているようで、若干鬱陶しい。
「ところで天橋先輩、つかぬ事をお聞きしてもよいですか?」
「え、はい。何かしら?」
――徐にサトルが切り出す。無事生徒会への加入が決定したことで、話はこれで終わりのはずなのだが、まだ何かあるのか?
「あなたと兄さんは、一体どういう関係なんですか?」
「ブッ!」
サトルの口から突如飛び出したとんでもない発言に、俺は盛大に噴き出す。
「ちょっとカイ、何やってんのよ! きったないな~」
「ゲホゲホ! サ、サトル! いきなり何言ってんだ!?」
ハナが何か言っているが、俺にはそれどころではない。
「えと、どういう関係って……? それこそどういう意味かな?」
「とぼけないでください。見ていればわかります。あなたも兄さんを狙っているんですよね?」
質問の真意を掴みかねているのか天橋が聞き返すが、サトルは尚も追い打ちをかける。
「えと、よく意味が……」
「ボクがあなたのスカウトを引き受けたのは、単純に生徒会活動をする以外に、別の目的があります……それは、天橋雪という人物を見極めることです」
尚もはぐらかすような天橋に業を煮やしたのか、サトルは突如自分の思惑を話し出す。
――てかサトルの奴何言ってんだ? 天橋を、見極めるぅ?
「あなたが兄さんに相応しいのどうか……『弟』のボクの眼で、確かめさせて頂きます!」
そんなある日の午後――生徒会室に、サトルの謎の宣言が響いていた。




