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第81回  紅葉舞う島へー②

「さあどうぞ。あちこち痛んでるけど、居間はそれなりに広いからみんなゆっくりしてちょうだい?」

「……ああ」

 ――時は戻り現在。

 家の中へと入った僕たちは、促されるまま居間へと足を踏み入れた。

 ハナが言うようにお世辞にも上等とは言えないが、部屋の造り自体はしっかりとしており、食事会の会場としては十分事足りそうだった。

 


「……それで、ハナさんのお母様はいつお戻りになるのです?」

「あ、うん。もう少しで病院出るってさ」

 そうして一通り落ち着いた頃、不意に松島月が口を開き、ハナがそれに応える。


「大丈夫なんだよね? あまり体が強くないって話だけど……」

「ん? まあ、そこについては『主治医』が許可出してるから平気だよ」

「『影』叔父さんがですよね? ……ならそこをボク達がどうこう言っても仕方ないですね」

 それに続くように天橋雪が口を開き、ハナの回答をサトルが補足する――『影』叔父さんとは、ハナの父親である『宮島影(みやじま えい)』さんのことだ。医師を生業としており、今は妻である紅葉さんの主治医を自ら務めている。

 ……尚、サトルが『叔父』と呼んだのは、彼が僕たちの父である『池場谷景』の双子の弟だからである。


「さあさあ。お喋りもいいけど、そろそろ準備に入りましょう? 折角の機会なんだから、しっかり楽しまないとね?」

「……そうだな」

 実際問題、サトルの言う通り今さら僕たちが紅葉さんの体のことをどうこう言っても仕方がない。なら、今やるべきはこの会の『趣旨』をきちんと達成することである……そう言わんばかりのサヤ姉の呼びかけに頷いた、その直後だった。



「さて……じゃあハナちゃんは少し外出でもしていて貰える? 準備ができたら連絡するから」

「へ?」

 突如として発されたサヤ姉の言葉に、ハナが間の抜けた声を上げる。


「当然でしょう。今日が『誰』の誕生会だと思ってるんですの? 本人の目の前で準備だなんて、やり辛くて仕方ないですわ」

「あ、そっか……」

 続く松島月の言葉に、ハナが漸くその意味を察する……まあ普通に考えれば、今日の準備は彼女の仕事ではない。本人がやりたいとかでなければ、『主役』であるハナの役目は『持てなされる』ことにあるのだから。


「そうそう。腕によりをかけて準備するから、楽しみにしといてね?」

 今度は天橋雪がドヤ顔をしながら料理の準備に取り掛かり始める……正直この女に料理を任せるのは不安しかないが、他のメンツがフォローするだろうし、そこまでの心配はいらないだろう。


「そういうわけなので、兄さんは時間までハナさんのエスコートをお願いしますね」

「……分かった、頼まれてやる」

 そして残るは『僕たち』の役割だが……これについてはサトルが実に的確に指示を出してくれた。いくら準備の間いない方が好都合とはいえ、ハナ(主役)を一人にするわけにもいかない。


「……ということだ。ひとまず分裂するから、『お前たち』は黙って彼女たちの手伝いをしていろ」

 ――無論『その役割』を他の奴に譲るなど、言語道断である。

 かといってサトル達だけに準備を任せるのも忍びない……なので、そこに関しては暇を持て余すだけの他人格(穀潰し)4名を置いていくことにした。


「へいへい」

「しゃーねえな……」

「いつになくノリノリだねぇ……」

「くそ、愚鈍め……」

「……さあ行くぞ。お呼びがかかるまで僕たちは退散だ」

 分裂を終えるなり喚き始める穀潰し共を無視しながら、手持無沙汰にしているハナに声を掛ける。 

 

「あ……うん。よろしくね」

 そうして応えるハナの手を引きながら――僕たちは宮島家を後にするのだった。







 パンッ! パンッ!

 二度の拍手の後に両の掌が合わさり、しばしの沈黙が訪れる。


「……」

 そうした真剣な様子で参拝を行うハナの様子を、僕は遠目に見つめていた。



 『大聖院(だいしょういん)』――宮島の中では最古の歴史を持つというこの寺院は、厳島神社の社僧を統括してきたらしく、多くの仏像が安置されている。

 そして今僕たちが居るのは、その最奥部に安置されている『一願大師(いちがんたいし)』と呼ばれる仏像の御前だ。その名が示す通りに、念じた願い事を『一つだけ』叶えるという曰くがあるそうで――折角時間ができたので是非行きたいというハナの希望に従い、訪れた訳である。


「お待たせ。あんたはお願いしなくていいの?」

「ゼェ、ゼェ……生憎、神頼みはしない、主義でな……」

 参拝を終えたハナの問いに、息を切らしながら応える……ここに辿り着くまでにはなかなかに長い階段を上ってくる必要があり、スタスタと上っていくハナのペースに意地を張って着いていったのだが……残念ながら結果はこの通りだ。


「ふ~ん……まあいいや、じゃあ行こっか」

「ちょ、待っ……」

 そしてそんな僕の強がりを一切気にも留めることなく、ハナは足早に来た道を引き返し始めるのだった。




「なあ――何をお願いしたんだ?」

 帰路に就こうと、先ほどの階段をゆっくりと下る中、ふと問いかける。


「あのさあ……普通それ聞く?」

 対するハナの反応は当然ながら微妙なものである。

 まあ少々デリカシーに欠けた質問だとは理解していたが、普段との『違い』が気になり思わず聞いてしまった。


「いや、すまん。やけに熱心だったから気になってな……」

 そもそもこいつは僕と同じで、神頼みなどしないクチだ。なにせ昔初詣に同行した際に、陸上関係で何かお願いしないのかと聞いたら、『自力で叶えるから頼まない』とか言い出すような輩である。


「……当てたら教えてあげる」

 そのハナが、神に願ってまで叶えたいという願い――恐らくそれは、『自分のこと』ではない。

 となれば自ずとその候補は絞られ――


「……紅葉おばさん、か?」

「やっぱ、隠せないか……『乖』(あんた)には」

 更に僕に思い当たるような答えは、一つしかなかった。


「『手術』なのよ……来週」

「……そうか」

 ハナの回答に言葉少なに頷く――まあ考えてみれば予兆はあった。

 普段の紅葉さんはそんなワガママを言う人ではない……決して成功率の低い手術ではないが、もしものことを考えれば、せめてその前に娘の誕生日を盛大に祝っておきたかったのだろう。



「参ったな……あたしのことなんか、なんでもお見通しってわけね」

「……買い被りだ」

 そう言っておどけるハナに、自嘲気味に応える……確かに、こいつのことは誰よりも知りたいと思っているし、それなりには分かっているつもりだ。

 だが――所詮僕とハナは『他人』だ。それを完全に理解するなど、例え家族でも不可能である。



「そう? そんなことな……!!」

 そんな会話を交わしながら階段を降りきる頃――突如としてハナが足を止める。


「……ハナ?」

 驚愕するハナの視線の先には、一人の少女が立っている……歳の頃は、僕らと同じ位だろうか?


「あなた、は……」

 その少女のことを――僕は知らない。


「あなた……宮島さん?」

 故に、ハナがこんなに動揺している理由も――僕は知らない。


「『アゲハ』。いや……葉喰(はぐい)さん」

 そう、『他人』だから――『彼女達』の因縁など、僕は知る由もなかったのだ。


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