第8回 『池場谷サトル』ー①
「暖かな春の訪れとともに、私たち新入生一同は、この名勝学園高校への入学の日を迎えました。真新しい制服を身にまとい、これからの高校生活に対する期待や希望に胸を大きく膨らませております。これから過ごす三年間で私たちは――」
迎えた入学式当日……我が弟である池場谷サトルは新入生の代表挨拶を行っていた。そして兄である俺はその姿をハラハラしながら見つめていた。
「戒、お前さっきから挙動不審すぎんぞ?」
「わかってるよ。わかってるけどよ……」
隣に座る律が俺を窘めるが、俺は挨拶の間ずっと気が気でなかった。
「――令和XX年四月〇日、新入生代表、池場谷サトル」
サトルが挨拶を終えると、俺はハァ~と大きく息を吐いて椅子にもたれかかった。
うん、立派だったぞサトル。お兄ちゃんは嬉しいよ……
「も~勘弁してよカイ! 後ろから見てて笑い堪えるのに必死だったんだから!」
入学式からの戻り際、ハナが大笑いしながら俺の背中を叩く。
「うっせえ! 仕方ねえだろ」
「あはは、ごめんごめん。でも、サっちゃん立派だったね!」
「ああ、そうだな」
「そういえば、今日おじさんとおばさんは来てないの? 見当たらなかったけど」
「ああ。まあ二人とも忙しいからな」
「そっか……そうだよね。それにカイは一時期サっちゃんの親代わりしてるようなもんだったし、挙動不審になるのも仕方ないか」
――うちの親は、ともに仕事で家をほぼずっと空けている。親父は各地を飛び回る仕事で、母親は研究職をしており家から離れた職場にカンヅメ状態で、二人とも帰ってくることの方が珍しい。そんな事情もあり、俺とサトルは長い間二人で暮らしてきたと言っても過言ではなかった。
「……今じゃどっちが親代わりかわかんねえけどな」
「ふふ、確かに!」
そうやって歩いている時だった。
「カイ様~!」
「ぼげっ!」
……またか。もうこうやっていきなり抱きつかれるのも慣れっこになってしまった。
「松島さん……もうちょっと勢い弱めてくれない?」
――やめろと言っても聞かないのでそこはもう諦め、今は体当たりの威力を少しでも弱めてくれるよう頼んでいるところである。
「あ、申し訳ありません……気をつけてはいるのですが、カイ様に触れられると思うと嬉しくってどうしても勢いをつけすぎてしまいますの」
「ハハハ、そうかい……」
とりあえず痛いから勘弁してくれ……
「サトルさんの代表挨拶、拝見しました。さすがカイ様の弟君です。とてもご立派でしたわ」
「はは、ありがとう。サトルも喜ぶよ」
「皆さま噂していましたわ……まあ概ねサトル様の容姿に関するものばかりですけど」
「それは、なんというか……本人が聞いたらまた嫌がりそうだな」
言っちゃなんだがサトルの見た目は、身内びいきを差し引いても抜群にいい。正直男とは思えないくらいに可愛らしいので、女の子と間違えられたことは一度や二度じゃすまない。
だがサトル本人はそれを嫌がり、ことあるごとにボクは男です! と言い張っている。
……まあ女みたいと言われて喜ぶ男がいるわけもないし、当然の反応ではあるのだが。
「全く、あの堂々とした挨拶を聞いて顔がかわいいだのといった感想しか出てこないなんて……皆様は一体何を聞いていらしたのでしょうか?」
「それ、後でサトルに言ってやってくれよ」
松島さんの言葉に、俺は笑ってそう返す。
「……カイ様?」
松島さんが不思議そうに聞き返す。
……実際のところ、代表挨拶なんてものは聞くだけの側からすればどこかで聞いたような定型文がただ読み上げられるだけのものだ。そんなものの内容より、読み上げる人物の方に関心が向くのは、まあ当然と言えば当然だ。俺だってサトルが読むのでなければ大して関心を持つこともなかっただろうし。
「……きっと喜ぶと思うからさ」
だから素直にその様子を褒めてくれる松島さんを見て、素直にありがたいと思った。サトルからしても、容姿を褒められるより挨拶の内容を褒められる方が余程嬉しいだろうから。
「はあ……分かりましたわ」
若干スキンシップが鬱陶しいところはあるものの、周囲に左右されない彼女の真っすぐな姿勢は、とても好ましいと思う。多分『快』は彼女のこういうところに惹かれたのだろう。
「でもカイ様は、随分とサトルさんを大事にしていらっしゃるんですね?」
ふと松島さんが俺に尋ねる。
「ん? そうか?」
「ええ。なんというか、男兄弟にしてはベタベタが強いと言いますか……」
「松島さん、はっきり言ってやりなよ。過保護だって」
「うっせえぞハナ……」
横から口を挟むハナに突っ込みを入れる。
「まあ、有体に言えばそう言うことですね」
ハナにオブラートを外された松島さんが、ハッキリと告げる……何気に手厳しいよな、この子……
「う~ん、二人暮らしが長いのと……あとは逆に本当の兄弟じゃないからかもな」
少し考え、俺は思い当たる理由を口にする。
「え、そうなのですか?」
「ああ。俺とサトルは正確には兄弟じゃなくて、従兄弟なんだよ」
――そう、実のところうちの家族事情は少々複雑なのである。
何しろ俺の実の母親は俺が幼い頃に既に他界している。
その後仕事で家を空けることの多い親父は、一人では俺をしっかりと育てられないと母方の祖父を頼り、俺は実質的に祖父に引き取られる形になった。
それから数年後、女手一人で息子を育てていたサトルの母……俺から見れば叔母にあたる彼女もまた仕事が多忙を究め、親父同様にサトルを祖父に預けた。
……二人とも子供を任せきりでバツが悪かったのだろう。
五年前に祖父が亡くなった時、今更俺とサトルを引き離すこともない、また形式上でも両親は揃った方がいいだろうということで、親父とサトルの母はこのタイミングで籍を入れた。これにより、『叔母さん』は『母さん』となり、元々は『従兄弟』であった俺とサトルは、戸籍上では『兄弟』となった。
「そうだったのですか……お二人とも大変だったのですね……」
俺の身の上話を話すと、気づけば松島さんが涙ぐんでいる。
「ちょ、ちょっと、別に泣かなくても!」
「あーあ、泣かしちゃった。ホントに酷い男になったね、カイ」
「ちょっと待て、俺が悪いの!?」
そうやって騒ぎながら、俺たちは教室へと戻っていった。




