第77回 過去と現在とー①
「母さんが……奴らに?」
羽衣さんが発した衝撃的な発言を前に、呆然と声を上げる。
「その通りよ。アイの命を奪った土砂崩れ……あれは『降魔衆』の『異能』により起こされたものなの」
「……どうしてそんなことがわかる?」
「現場に力を行使した痕跡が残されていたからよ……巧妙に消そうとしていたみたいだけど、私の目は誤魔化せないわ」
銃口を突き付けられていることも忘れたように呟く我に、羽衣さんが応える――確かに『異能』を使う身からすれば、術を使用する際に発せられる『力』を感じ取ることは可能だ。
だが、事の起こった後にそれを感じ取るというのはそんな簡単なことではない。少なくとも我には無理であり、それを成しているというだけでも羽衣さんこの件に関する執念が如何ほどのものかということがわかる。
「けど……なぜ奴らが母さんを?」
「知ったことじゃないわ、そんなこと」
未だ現実を受け止めきれず呟いた我の言葉に、羽衣さんがどうでもいいとばかりに即答する。
「そもそもね……そんなことはどうだっていいのよ。奴らが『アイ』を――私の親友を殺した。その事実だけで、私にとっては十分なんだから」
そう語る瞳が『理由』になぞ興味はない、と告げる。そこにあるのは――ただ純粋な『憎しみ』のみだった。
「さあ……お喋りは終わりよ。改めて返事を聞かせて貰うわ」
一通りの話を終え、羽衣さんが再び問いかける。
「池場谷カイ……私の復讐に手を貸しなさい」
そうして再び我の名が呼ばれると同時に、銃の引き金に手がかかる。
「……」
「考えるまでもないでしょう? 協力すれば『アイの』仇を討てるし、あの子を奪い返すことも可能かもしれない。そして何よりも……」
黙りこむ我に対し、最後の猶予とだとばかりに勧誘の言葉が掛けられる。
「そうしなければ、アナタ自身が殺されてしまうのだから」
従わなければ、お前の命はないと……突き付けられた銃口がそう語っていた。
「……一つだけ聞かせてくれ」
「ええ、何かしら?」
数秒考え込んだ後に口を開くと、口早に聞き返される。
「風神は……さっきの話を知っているのか?」
「知る訳ないじゃない。知っていてあの男と結婚なんて、できると思う?」
我が知りたいこと……それは、母さんの仇が『降魔衆』の連中であることを風神が知っているのか、ということだった。
「……なぜ教えてやらなかったのだ?」
「決まっているでしょう。知れば必ず私と同じ道を選ぶからよ……あの子にはそんな『憎しみ』に塗れた人生を送ってほしくないの。あの子は本当に『アイ』に懐いていたからね」
更に問い返す我に、ハッキリとした声で返答が返される……それは一見、我が子に自身と同じ過ちを繰り返して欲しくないという、思いやり故のものとも取れる。
「……望まぬ婚姻を結ぶのは構わないというのにか?」
だが、忘れてはならない。この女は、風神がそんな連中の元へ風神が嫁いでいくことを、止めもしなかったのだ。
「それはあの子が自分で選んだことだからよ。サヤが知らないのは、私の本当の『動機』だけ……私が奴らをぶっ潰すつもりなのも承知の上なの。それでも『それ』を選ぶってことは、私とやり合う覚悟ってことでしょう? なら私はその意志を尊重するだけの話よ」
だがその問いに答える羽衣さんの様子は、当然だろうとでも言いたげだ。
「無論、私の目的の障害になるなら、例え我が娘だろうと遠慮なく排除させて貰うわ……当然望みはしないけどね」
なるほど確かに、親の庇護が必要な子供とは違い、風神は既に立派な一人の大人だ。羽衣さんの言葉は、風神を『自分の娘』ではなく独立した一人の人間として尊重している、とも取れる。
――だがそれは同時に、選択の『結果』が如何なものになろうとそれは本人の責任である、ということを意味している。
「いざ闘いになれば、私にはあの子を守る余裕はないわ。だからね……アナタには是非、あの子を守ってあげて欲しいのよ」
そして当然その『結果』は、最悪のものとなる可能性もある。
「さあ……どうするのかしら?」
親子が殺し合うという、そんな『悲劇』を防ぎたければ、お前は協力するしかないと――羽衣さんは言外に告げていた。
「ああ……そうだな」
確かに彼女の言う通りだ。他に選択の余地などはなく、普通に考えれば我はそうするべきなのだろう。
そうして我は、大きく一息吐いた後――
「だが断る」
羽衣さんからの申し出を、拒否するのだった。
「……念の為、理由を聞いてもいいかしら?」
「知れたことだ」
淡々と尋ねる羽衣さんに対し、強い意志で答える。
風神が『融和』の道を選んだ理由――その仔細について、我に分かる筈はない。だが、そんな我でも分かることが一つだけある。
「アナタは……風神が『守りたいもの』を奪おうとしている」
このまま羽衣さんがことを起こせば、必ず誰かが『犠牲』となる。
『無慚』か、或いはその周辺にいる人物か……それは誰にもわからない。
「その片棒を担ぐことなど……できるものか」
しかし何れにせよ確かなのは、風神がそんなことを望む筈がないということだ。
そして、何よりも――
「それに、もしアナタを失うようなことになれば――風神が悲しむ」
その『犠牲』というのは……羽衣さんになってしまう可能性もあるのだから。
「呆れたわね……こんな時に他人の心配?」
「……なんとでも言えばいい」
若干うんざりした様子を見せながらも、尚淡々としている羽衣さんに対し、吐き捨てる様に答える。
今も脳裏に焼き付く、『あの日』の風神の泣き顔と、それを見た時に自身に課した『誓い』。
「もう二度と……アイツのあんな顔は見たくないのだ」
我が望むのは――もはやそれだけだった。
「そう、残念ね」
「……」
そうしてしばし睨みあった後、溜息と共に羽衣さんが銃口の狙いを定め――
「なら……死になさい」
パァァァァン!
冷え切ったその言葉と共に、周囲へ大きな銃声が響き渡った。




