第7回 『χ』~荒れ狂う雷神《レイジング・サンダー》~ー②
「何だ、もう終わりか、他愛ない」
「ぐ、貴様……」
『我』の放った一撃により、男は跪き満足に動けなくなっている。やれやれ、強すぎる力を持つのも考え物だな。これでは弱いもの虐めになってしまうのでこの辺にしといてやろう。
「ククク……待たせたな。『風神』……古より定められし、我が対となる存在よ」
そう言って我は、女の方を見る。
「アナタは……」
「そうだ。我はこの身に『雷神』を纏いし者……敢えて呼ぶなら『荒れ狂う雷神』とでも呼ぶがいい」
「……」
フッ、決まった……悩まし気に我を見つめる女の視線が心地よい。
ヒーローはいつしも遅れて現れるもの――我ながら最高にイカした登場シーンを決めて見せたものだ。
「さあ、そこまでにしておけよ愚鈍。己が身を思うならその女から手を引け。さすれば見逃してやらんでもない」
「ちょ、何を勝手に……」
「く……覚えていろ。この借りは必ず返す!」
「あ、待ちなさ……!」
我に恐れをなしたのだろう。額面通りの捨て台詞を吐き、男は去って言った。
――戦いは終わった。さあ、後は傷ついたこの女を優しく包んでやるのみである。
「危なかったな。ケガはな……」
「何をしてくれるんですか!」
「へっ?」
「あの男には聞きたいことがあったのに、逃がしてしまうなんて……余計なことをしないで下さい!」
……あれ? なんか我の想定していたシナリオと違う?
我の予定では助けられた女が震えながら我の胸に飛び込んできて熱い抱擁を交わす流れだったのだが……?
「な、なにを……! ああしなければお前がやられていただろう!?」
「捕えようと抑えて戦っていただけです! 折角情報を得るチャンスだったのに……」
「な……知るわけないだろうそんなもの! 大体そうならそうと早く言ってくれれば……」
突如相手の思惑を告げられるが、そんなものは我の知ったことではない。
「言う間もなく逃がしちゃったのはアナタでしょう!」
「ぐ……助けてやったのに何だその言い草は!」
「誰も頼んでなんかいません! まったく昔からアナタって子は一人で勝手に先走ってばかり! 本当に成長しない子ですね!」
……思えば確かにこの女はあの男に何かを言おうとしていた。それを我が勝手に逃がしたのも事実だった。だがいくら何でもこの言われようはあんまりではないだろうか?
「ぐぬぬ……」
なぜだ。なぜこうなるのだ……我と彼女の再会は、もっとこう感動的なものになるはずだった。少なくとも我の中の予定では。
それがなぜ、こんな弟を諭すお姉さんのような図になってしまっているのか?
これでは『あの頃』から何も変わっていないではないか……
「……ハァ。もういいです。それでも、私を助けようとしてくれたことは事実ですもんね」
「なにを……!」
「ありがとう、『カイちゃん』。立派になったね」
先ほどまでブーブーと文句を垂れていた女は、一度大きく溜息を吐くと、突然我に近寄り、抱きしめてきた。
「なっ……!」
「ちょっと困ったところは相変わらずだけど、勇敢に育ってくれてお姉ちゃんは嬉しいぞ」
そう言って女は我を優しく包み込む。あ、なんかもう全てどうでもよくなってきた……って、いかん、いかんぞこれは! これでは姉弟どころか母親と子供みたいではないか!
「う……うるさい! 子供扱いするな!」
我に返り、女を引き離す。危ない危ない、完全に幼児化するところだった。
「はいはい。そんなちょっとギュッとされたぐらいで顔真っ赤にしてたら説得力ないよ?」
「『風神』……お前~!!」
「もう、恥ずかしいからその名前はやめてよね。『雷神』さん? ……でもその呼び方するってことは、ちゃんと『あの時』のことは覚えてくれてるんだ?」
自身の右耳につけられた、『雷神』が描かれた耳飾りを触りながら、女が告げる。
「……当然だ。この耳飾りに、そう誓っただろう」
我の左耳につけられた、彼女のソレと対となる『風神』の耳飾りを触りながら答える。
――だって『約束』したのだ。忘れるわけなどあろう筈がない。
「ぷっ!」
「な、何がおかしい!」
「ふふっ、ごめんごめん」
「そっか~、カイちゃんは今でも私をお嫁さんにしてくれるつもりなんだ?」
「……」
女の言葉に我は黙り込む……そんな恥ずかしいことを口にできるかというものである。
「あれ、答えてくれないの?」
「う、うるさい! だから子供扱いするなと言っている!」
「はいはい、わかりました」
「くそっ……」
ダメだ、完全に子供扱いされている……
「それより……さっきの男は何者なんだ?」
――強引に話題を変え、質問をする。
「ああ……奴らは『降魔衆』。私の――いや、『私の家』の敵対組織よ」
「何だそれは?」
「……まあ詳しいことはそのうち話すわね。今はそういう奴らがいるということだけ覚えておいて。アナタには関係がない、とは言い切れないから」
「……? よく分からんが分かった」
――まあ今はそれでいいとのことだし、我が気にする程のことではないのだろう。実際あの程度の敵なら襲ってきても別に何の問題にもならない。
「で、続きはどうするの?」
「……続き? 何の?」
突如よく分からん質問をされたので問い返す。
「あのねえ……さっきの男が来る前にしてた話の続きよ。聞きたいんじゃないの?」
「ああ、『戒』が言ってた……我は別に興味ないが」
「(おい! それはねーだろ!)」
と、頭の中からツッコミが入る。
「あはは……じゃあ『戒』ちゃんにちょっと謝っといて? どうするとか聞いといてなんだけど、店があの有様じゃちょっと今日続きをするのは難しいの。また今度時間を作るから、それまで待って貰える?」
「……だそうだ。それでいいか?」
と、頭の中の『戒』に伝える。
「(……しょーがねえか。まあ後で時間取ってくれるなら、それでいいよ)」
「構わんそうだ」
「ホント? ありがと! カイちゃんやさし~!」
『戒』の意向を伝えると、女はまたも我に抱きついてきた。
「むぐっ! は、離せ!」
また子供扱いされたように感じ、その体を引き離す。
「あら、残念……あ、そうだ。お礼に一個いいこと教えてあげるね?」
そして女が、何かを思い出したように口を開く。
「今日の相性占いだけど、実は私とアナタの分も占ったんだ」
「……それがどうした?」
『戒』が取り巻きの女子供たちとやっていた気がするが、我はそんなお遊戯に一喜一憂するほど餓鬼ではない。全く、くだらん……
「相性抜群だったよ? もちろん『運命の人』レベルで!」
「ぶっ!」
「じゃあね! 今日はありがと!」
突然の言葉に動揺する我を尻目に、笑顔でそう告げると女はその場を去っていった。
「くそ……いつか絶対、一泡吹かせてやるからな……」
思えば『あの日』からずっと、我は彼女に振り回されっぱなしだ。いつか仕返しをしてやることが幼い頃からの目標だが、未だ達成には程遠いようである。
でもいつか必ず、あの女の視線を我の方に向けさせてみせる。
――この日我は、改めて自身の心にそう誓ったのであった。




