第56回 想いの種、花開くまでー①
—―学園祭二日目、夕方。
「『祝福の光の下、其の両輪が重なりし刻』……それが第二のヒントってか?」
「ああ、これで概ねの当たりは着いた。爆弾の設置場所は時計台の屋上、爆破予定時刻は学園祭三日目……つまり明日の午後六時半過ぎだ」
「? なぜだ?」
親父から連絡のあった『第二のヒント』に対する『快』の質問に『僕』が答える中、バカ丸出しの質問が飛んでくる……本当に少しは頭を使ったらどうなんだ? 『χ』は……
「ほら、時計の両輪と言えば短針と長針だろ? それが重なる刻ってのはつまり、長針が短針を追い越す瞬間ってことだ。該当する時刻自体は1日に20回以上あるが……ここで『その前』の言葉がヒントになるってわけよ」
「『祝福の光の下』……普通に考えりゃ、学園祭終了時に打ち上げられる『花火』の時間帯ってことだよな」
答えるのも億劫なその問いに、『魁』と『戒』が代わりに答える。
「なら何も心配ないな。場所が分かれば、後は見つけるだけだろう」
「あのな……見つけても止められなきゃ意味ねえだろ」
短絡的な『χ』の発言に、『快』が突っ込む――そう。故に第三のヒントには、停止方法が書かれている筈だ。
「よし、そうとわかったら今日は解散だ! 明日の体育祭に備えて休もうぜ? おい『戒』、少しいいか? 頼みがあるんだけどよ」
「休むんじゃねえのかよ!?」
「……」
『魁』の言葉によりその場が解散する中、一人思案に耽る……確かに普通に考えれば、そうなる。これは他人格でも分かる簡単な問題だ。
だからこそ、引っかかる。このヒントには――何かもっと、別の意味があるのではないかと。
その疑問に対する答えは出ぬまま……二日目は終わりを告げたのだった。
「それではこれより、体育祭を開催します!」
—―放送部のアナウンスにより、体育祭の開始が告げられる。
「始まったね。最初は借り物競争だっけ?」
「うん。とりあえず応援しよっか」
ユキの質問に答えながら、応援席に向かう――名勝学園の体育祭はクラス対抗で行われる。あたしやユキにとっては得意分野なので大暴れといきたいが、実はそうもいかない理由がある。
「まったく、わたくしの大活躍で荒稼ぎしようと思いましたのに……つまらないですわね」
「まあ仕方ないっしょ。一部の人ばかり出場するのは不公平だし」
ブツブツと文句を言うルナを宥める……そう、実は出場種目数には制限があり、一人最低一種目、最大二種目の出場と決まっているのだ。
「まあいいですわ。貴方がたも精々わたくし達の足を引っ張らないようにしなさい。クラス対抗リレーは、わたくしと『快』様の華麗なるバトンパスで、必ず優勝してみせます」
やる気満々で、ルナが意気込みを告げる……最終種目であるクラス対抗リレーは、既に二種目出場している者でも出場可能だ。しかし陸上部はリレーには出場できない決まりとなっており、あたしとユキは出場できない。
そうして必然的に女子のアンカーに選出されたルナは、その力を見せつけるべく非常に張り切っているのだった。
パーン!
—―そうこうしている間に、最初の種目である借り物競争が始まった。
応援席で声援を上げていると、一人の男子がこちらへ……いや、あたしの元へと向かってくる。
「おい、ハナ! 悪いが一緒に来てくれ。『お題』だ」
「え……うん」
――『乖』だった。
言われるがまま手を取られ、着いていく。
パーン!
出場者全員がお題を達成し、競技が終了する。
2-Bの順位は3位……悪くはないが、優勝を狙うには微妙な位置だ。
「こらー! 何やってるんですの!!」
順位がご不満らしく、応援席からルナのヤジが飛ぶ……まあ無視無視。
「ねえ、お題って何だったの?」
『乖』に尋ねる。自身がどんなお題で借りられたのか……やはり興味が湧く。
「ああ、これだ」
渡された紙に書かれているのは、『同じクラスの異性』—―まあ、なんとも面白みのないお題だった。
「……どうした?」
「いや、なんか普通だなって」
「当たり前だ。一体何を期待していた?」
「……」
確かに何を期待していた訳でもないが、面白みがないのは事実であり、無駄にガッカリ感を感じてしまった……そのせいだろう。
「さあ、戻るか」
「……うん」
促されるまま、応援席へ戻り始めたその時……
「ねえ、どうして?」
ふと、そんなことを聞いてしまった。
「何がだ?」
「なんで……断ったの?」
あれは午後一に行われる『二人三脚』のメンバー決定時のことだ。足の速さが生かせる種目ということで、うちのクラスはあたしとユキ、ルナの3人が選ばれた。
一方男子の方は、折角五つ子がいるからと半分ネタで3組全て『こいつら』で組むことにした。
当然ルナが『快』以外と組む筈もない。また、ユキも口には出さないが『戒』と組みたいのが丸わかりで、必然的にその2組ができあがった。
そして残されたあたしは、『乖』に声をかけたのだが……
「『魁』の方が足が速い。残りの1組は『魁』とハナで決まりだ」
—―そう言われて、断られてしまったのだった。
「前にも言っただろう。体育祭でも優勝したいんだ。なら少しでも高順位が狙える組合わせの方がいい」
「……まあそうだけど」
淡々と答える『乖』に、あたしもまた淡々と返す。
「……不満か?」
「……別に」
言いながら思う。これは不満がない人間の態度ではない。
「ごめん……あたし、先に戻るね」
「あ、おい!」
それに気が付き――若干の自己嫌悪とともに、あたしは駆け足でその場を離れるのだった。
—―数時間後。
パーン!
「玉入れの優勝は、2-A! これで2位に大きな差をつけての独走となります!」
「ぐぬぬぬ。なぜこうなるのだ……って、ほげぇ!」
午前の最終種目である玉入れが終了した。無残に転がる自軍の玉を見つめながら項垂れる『χ』に、ハチマキという名の鞭が容赦なく襲い掛かる。
「っ~、何をする!」
「それはこっちの台詞ですわ!」
鞭の持ち主はルナだった……まあ正直擁護はできない。玉入れ競技は、自軍の籠へと入れた玉の『総数がそのまま』競技の得点となる。
この種目に出場していた『χ』は、大量得点を狙い自らの懐に大量の玉を抱え込んだ。そして籠の元まで近づき、玉を放り込もうとした瞬間……バランスを崩し、籠を支える棒へと倒れこんでしまった。
結果、2-Bの籠はその中身のほとんどが零れ落ち、最悪なことにそこでタイムアップとなった……つまり、ほぼ無得点ということである。
「何をしてくれるんですか、この低能男! これで負けたらどうしてくれるんですの!?」
「フン、少々計算が狂っただけだろう! 大体このような些事、本来我が手を下すようなことではない! この程度で一々ヒステリーを起こすなこのぐど……ふげぇ!」
「……終わるまで寝とけこのバカ」
「ああ『快』様、素敵です!」
そんなこんなで優勝はなかなか厳しい現状の中……午前中は終わりを迎えた。
「さて、どこかな……? あ、いた!」
迎えた昼休み――観客席を見回して歩く中、『お目当て』の人物達を見つける。
「って……あれ?」
「ちょっと! 何してるのよ、こんなところで!」
しかし……そこには何やら『もう一人』、見慣れた姿があった。
「……失礼だが、君はどちらさまかな?」
「はぁ? 何言ってるの!? 見に来るっていうから探してたのに、よその女の人と一緒にいるなんて、どういうつもりなのよ『お父さん』!!」
「……ちょっといいかしら?」
「はい!?」
「もしかしてあなたって……『天橋雪』ちゃん?」
「……ああ、そういうことか」
「え? どうしてわたしの名前を……」
何やら言い争いを繰り広げている、ユキと『一組の男女』に対して――
「何やってんの? パパ、ママ?」
そう言ってあたしは、声をかけた。
「え……ハナ?」
「なんでユキがうちの両親と一緒に?」
「え、両親……?」
驚いた様子のユキに尋ねると、非常に困惑した様子だ。
「え、え? どういうこと?」
「あ、そっか……」
動揺の激しいユキを見て、漸く納得がいく……そういえば彼女はうちの親と会ったことがなかったっけ。
「紹介するね。この二人はあたしの両親。そっちは母親の『紅葉』」
「よろしくね」
「あ、はい……」
だからユキが『間違える』のも仕方ない。なぜなら……
「で、こっちは父親の『影』……ケイおじさんの、双子の『弟』よ」
「よろしく」
「……えぇぇぇ!?」
そういう事情で……あたしとユキの『父親』は、瓜二つなのだから。




