第54回 束の間の平穏ー①
――数分後。
「ぐすっ、ぐすっ……」
「その、悪かったな。今まで……」
未だ泣き止まない天橋に、親父が困り果てている。普段は余裕ぶっていても、流石に娘の涙には勝てないらしい。
「ううん……わたしの方こそ、酷いこと言ってごめんなさい」
「いいんだよ。お前が今もこうして元気でいてくれる……それだけで十分だ」
涙声の天橋に、優しく親父が語りかける……おい、俺こんなに優しくされたことねぇぞ?
「……もちろん、お前たちもな」
そして、その対象は彼女だけではないとでも言いたげに、後ろで見ている『娘たち』に振り返った。
「そんな取ってつけたように言われても……ねぇ?」
「まったくですわ」
「ホントだよ……でもユキとおじさんが仲直りできてよかった!」
「そうですね!」
……だが、当の彼女たちの反応は微妙に辛辣だった。
「ハハ、手厳しいねぇ……てな訳だ、カイ。『娘たち』を頼んだぜ?」
「……どういう訳だよ」
「よく言いますよ。本当にアナタを『父親』だと思ってるのなんて、5人の中じゃユキちゃんとサトルちゃんぐらいでしょう?」
話題の矛先を逸らすような無茶振りに俺が溜息を吐く中、サヤ姉が呆れた様子で口を挟む……残念ながら彼女の言う通りだ。
俺、サトル、天橋の3人には『父親』として共に過ごした記憶があるが、残りのメンツにとっては、言葉は悪いが血が繋がっているだけの知人に過ぎない。今更父親面されても困るというものだろう。
「ああ、それでいいさ」
「そうね。ユキの父親面するのも今日限りにしといて欲しいわ」
「へ……?」
親父もそれを理解しているようで自虐気味に笑っていたが、そこへ立さんからの突っ込みが入る。
「……なんてね。偶にあなたとユキが会うのくらいは構わないわよ」
「驚かせるなよ……」
――随分と辛辣な冗談である。
「じゃあ、わたしは帰るわね」
そう言って立さんがその場を後にしようとした時――
「……お母さん!」
「ん?」
少し躊躇い気味に、天橋がそれを呼び止めた。
「あの、わたし……今日この後は時間が空いてるの」
「?」
「よかったら……3人で、学園祭を回りたい」
困惑気味の立さんに、天橋が恐る恐る告げる……ああ、そうだよな。折角誤解が解けたのだ。これで解散というのも少々寂しいものがある。
「ちょ、ユキ。それは……」
「いいわよ」
「へ?」
ばつが悪いのか親父がそれを制そうとするも、立さんはあっさりと承諾する。
「かわいい娘の頼みですもの。それぐらい構わないわ」
「……」
「『景』はどうなの?」
まだ遠慮が残る親父と違い、立さんはその辺の折り合いはついているらしく、はっきりとした声で、親父に意思を問う。
「……わかったよ」
そして親父もまた、観念した様子でそれを受け入れるのだった。
「つーことだ。カイ、サトル。少しの間、こっちの家の父親してくるわ」
「好きにしろよ」
「ええ、元から大して父親してませんし」
「……」
とりあえず感が強いその問いに、俺とサトルが雑に答える……親父の奔放さには慣れている。正直どうでもいい。
「……まあこっちの許可も出た。行こうぜ」
雑な扱いに寂しげにしつつも、親父が二人に声をかける。
「うん!」
「はいはい」
こうして3人は、束の間ではあるが再び『家族』としての時間を始めたのだった。
「さて……改めてみんな、お疲れ様。劇、よかったわよ」
天橋たちを見送ると、気を取り直すようにサヤ姉が労いの言葉を発する。
「ええ。ボクもそう思います! 特に天橋先輩、完全に役になりきってました!」
「……まあヒロインと完全に境遇が重なってましたからね。どうもこれをやり切ることで『色々』と吹っ切ろうとしていたみたいですが、その必要もなくなったようで……まったく、人騒がせな方ですわ」
「アハハ……」
それに乗っかりサトルが賞賛を送る中、松島さんが横槍を入れ、ハナもそれに対して苦笑いである……まあ確かに結論だけを言えば、今回の騒動は天橋の『思い違い』にある。それに付き合わされたという点では、松島さんの気持ちも分からないでもない。
「さて、じゃあこれで一件落着だな」
……だが真実を知らされていなかった彼女には何の罪もない。これ以上この話をする必要もないと、話を切り上げようとした時だった。
「勝手に話を終わらせないでください。そこの二人……なぜさっきの話を知っていたんですの?」
一連の話に疑問を感じていたらしい松島さんがそれを制し、サヤ姉とサトルに問いかけた。
「別に知りたくて知ったわけじゃないわ。私とサトルちゃんは、昔からこの子達の事情を知らされていて、おじさまと口裏を合わせていたからね。その過程で知ったってだけよ」
それに対し、サヤ姉が溜息と共に答える。まあそんなことだろうとは思ったが……他にもこういう話あったりしねえよな?
「……そうですか。色々思うことはありますが、詳しく聞くのはまた機会にしましょう。今は他に優先すべきことがありますから」
松島さんもまた思うところがあったようだが、ひとまずは納得したようで、話を切り上げるとすかさず『俺』の方を見る。
「他にって……?」
疑問に思い、首を傾げる。
「決まっていますわ。もうややこしい話は済んだのでしょう? なら……」
すると松島さんはそれに答えながら――
「残りの時間は『快』様と学園祭を回らせて頂きますわ!」
「おわっ!」
いつものように、『オレ』に飛びついてきやがった。
「お前なぁ、勝手に決めてんじゃねぇよ。少しは他の奴の都合も……」
「ああ、そうでした。ならお待ちしていますので、また『本体』を置いて分裂してきてくださいな。さてさて、どこを回りましょうか?」
相も変わらず自分勝手なその発言を注意するも、全く聞く耳持たない。ホントにこいつは……
「でしたら是非うちのクラスに来てください。出し物でお店をやっていて、少しでも客足が欲しいんですよ」
「あら、いいですわね!」
するとそこへ、サトルが絶好の餌を投げつける――どうやらオレに拒否権はないらしい。
「(へぇ~、面白そうだな)」
「(ふむ、自由時間か。であれば我は……)」
「(おいお前ら、僕たちにそんな暇は……)」
「(そう固いこと言うなって。あんまりピリピリしてると、明日に響くぜ?)」
「さて……じゃあこの場は解散でよさそうね」
「あれ、サヤ姉はどうするの?」
「残念ながら仕事よ。見回りしなきゃだから、私の分もしっかり楽しんできてね?」
「あ、うん」
そうして緩んだ雰囲気の中、それぞれが思い思いに言葉を発する。
「さあ『快』様、行きましょう!」
「だぁ~もう! わかったから離れろ、鬱陶しい!」
――こうしてオレ達は、束の間の休息を過ごすこととなったのだった。




