第52回 『演劇』ー①
「……『ケイ』」
――呆然としながら、女が自身の名を呼ぶ。
「どうした、急に黙り込んで? まさか俺に会えて感激……って、ぶぇ!」
「……なわけないでしょう」
軽口を叩いた次の瞬間、物凄い権幕で胸倉を掴まれる。
「ちょ、ギブ、ギブ! 息、でき……!」
そんな光景を、周囲の人々は何事かといった風で遠巻きに眺めていた。
「で、何しに来たのよ?」
「ハァ、ハァ……何って、息子の晴れ舞台を見に来たのさ」
「ならわたしに会う必要なんてないでしょう。わざわざ首絞められに来た理由を聞いてるの」
「ああ、それは……」
女が一旦怒りを鎮めて事情を問う。その質問に答えようとした時だった。
「只今より、2-Bの出し物を開始します」
演劇の開始を告げるアナウンスが響き渡る――どうやら時間切れのようだ。
「……まあ話は劇の後にしようや」
「……逃げるんじゃないわよ」
「おお怖い……」
その冷めた目線にわざとらしく怯えながら、男は舞台へと目を向けた。
ビーッ――!!
……ブザーと共に幕が上がる。
始まりはヒロインの独白から――さあ、出番だ。
「わたし達の想いは叶わない……そうでしょう、アドモン?」
天橋雪の扮するヒロインこと、雪の国の王女『スノウ』が嘆きの声をあげる……『アドモン』とは、彼女が愛する男性の名前だ。
「だって……」
自身に降りかかった『絶望』に対して、スノウはやり場のない怒りをぶつける……彼女の気持ちは、痛いほどに分かる。
なぜならその『絶望』とは……
「だってわたし達は、実の兄妹なのよ!?」
わたしが今抱える『絶望』と、同じものだったのだから。
――冒頭の独白の後、ナレーションにより舞台状況の説明が行われる。
雪の国の王女『スノウ』は、幼い頃街へ抜け出した際に一人の男の子に出会った。彼の名は『アドモン』。偶々父親に連れられて雪の国に滞在していたのだが、共に過ごす中で二人は互いに愛情を抱くようになる。
だがそんな日々も長くは続かず、やがてアドモンが雪の国を去る日が訪れ、別れの際に二人は再会の『約束』を交わす。
大人になって再会したら、結婚しよう――誓いの証として指輪を贈り合い、幼い二人は別れた。
……どこかで聞いたような話だという突っ込みは聞かないものとする。
時は過ぎ、美しく育ったスノウの元には毎日の様に縁談の話が舞い込んできたが、幼き日の『約束』を忘れられない彼女は全て断っていた。
そんな日々にうんざりしていたスノウが、いつかのように街へ抜け出した時のことだった。
「え、あれは……?」
スノウの目に、ふと一人の男性の姿が映る。その指には見覚えのある『指輪』が嵌められていた――見間違うはずもない。
あれは世界に二つしかない、彼女と同じものだ。
「……アドモン? アドモン!!」
声を上げて、男性を追いかけ始める。
「確かこの辺に……」
だが次第に見失ってしまい、辺りを見回した後に再び走り始めた時だった。
ドンッ!
「あっ、すみませ……」
「がはっ……貴様、何たる狼藉だ。我の腕が折れでもしたらどうしてくれる?」
軽くぶつかっただけなのだが、その男は憤慨しながら因縁を吹っ掛けてきた。
「ご、ごめんなさい……」
「我を雷神の使い『サンダー』と知っての無礼か? けしからん。かくなる上は我が力を見せつけ……ほげぇっ!!」
グダグダと飛び交うその言動に辟易している中、突如男が吹き飛ぶ。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
そうしてかけられた声に振り向き――
「……え?」
その姿を見た瞬間、思わず驚きの声を上げた。
「ん? どうした?」
「あ、あ……」
声が出ない……間違いない、『彼』だ。
「アド……」
万感の思いを込め、『その名』を呼ぼうとした時だった。
「あ、こんなところにいたのですね!」
一人の女性が現れ、男性の腕にしがみついた。
「だぁ、鬱陶しい……気安く『オレ』に抱き着くな、『ムーン』」
「もう、つれないんですから……ところでそちらの女性は?」
『ムーン』とは、隣国である月の国の王女の名前だ……まさか、本人?
「あ、わたしは……」
……そんな二人の様子を、スノウは呆然と眺めることしかできずにいた。
「あの、ありがとうございました」
「気にするな。大したことはしていない」
目の前の男性に礼を告げると、素っ気ない返事が返される。
――あの後すぐ、スノウは二人に連れられ、近所の医者に連れ込まれた。
別に怪我も何もしていないのだが、念のために診て貰った方がいいという先ほどの女性の勢いに押され、今に至る。
「あ、あの!」
片づけを始める医者の男を、慌てて呼び止める。
診療室に押し込まれたスノウを診てくれた人物は、なんとアドモンと思われるあの男性だった。思わず声をかけたのだが、治療中だと遮られてロクに会話することもないまま治療は終わってしまった。これでは彼がアドモンだと確認できない――そう思った故の行動だった。
「何か?」
「この指輪……ご存じありませんか?」
懇願するように指輪を見せる。それに対する『彼』の反応は――
「……覚えがないな。『僕』には」
明確なる否定だった。
「そう、ですか……」
「……ではお大事に」
落ち込むスノウを気に掛ける様子もなく、男性はそれだけ告げると奥の部屋へと消えていった。
「それでは気をつけてお帰りください」
――出発を前に、乗せられた馬車の窓越しに先ほどの女性が声をかけてくる。
「ええ……ありがとうございました」
「いえ、お困りの方を助けるのは当然の務めです」
礼を告げると、気風のよい返事が返ってくる。
やはりその顔は以前写真で見たムーン王女そのものだ……まさか彼女とアドモンは、恋人同士なのだろうか?
「あの……」
せめてそれを確認したいと思い、口を開いたその時――
「簡素な治療で申し訳ありません。ですがわたくし同様お忍びのようですし、事を大きくしてはまずいでしょう?」
「え……?」
遮る様に発された言葉に、思わず目を見開く。やはり間違いない、彼女は……
「ではお元気で。スノウ姫……『彼』のことはお諦め下さい。貴方たちが結ばれるのは、『許されざること』なのですから」
「あ……!」
声をかけようとした瞬間、馬車が発車する――
彼女と『彼』の関係は? 『許されざること』とは?
……何から何まで、不可解なことばかりだった。
「これでいいのか?」
「……ああ」
「まったく、悪役をさせられる身にもなれ」
「すまない。だが……彼女は『俺』を忘れた方がいいんだ」
そうして馬車が過ぎ去る中、三人の男性が神妙な様子で話し込んでいたのだった。
――数週間後。
「ん……?」
一人の青年が街を歩いていると、何やら人々が騒がしい。
「号外! 号外! 大ニュースだ!」
大声で騒ぐ売り子から、号外を購入する。
――スノウ姫、結婚か!?
大きな見出しの下に書かれた『それ』は、雪の国の王女『スノウ』の結婚相手を決めるパーティを開催する、というものだった。
「……スノウ」
その青年――『アドモン』は、振り絞るような声で『その名』を呼ぶのだった。




