第49回 分かたれし心ー②
「……」
――あれから十数分後。
行く宛てもなく走り出したわたしは、気がつけば『時計台』まで駆け上がり、そこのベランダで独り風に吹かれていた。
「勘弁してよ……何なのよ、それ」
誰に言うでもなく呟く――先ほど父親から明かされた真実に、わたしの頭の中は完全にグチャグチャだった。
「池場谷くんとわたしが……兄妹?」
『彼』とわたしの父親が同じ。
その事実が示すのは『そういうこと』であり……即ち、わたしと『彼』が結ばれることは許されないということを意味していた。
過去から今に至るまでずっと大事にしてきた『約束』は――この瞬間、粉々に崩れ去ったのだ。
「こんな……こんなのって……!」
――そうして悲観に暮れていたその時だった。
「ユキ!」
「……ハナ?」
「よかった……ここにいたのね」
親友であるその少女が、息を切らしてわたしの前に姿を現した。
「えっと……大丈夫?」
「……え?」
恐る恐る尋ねられ、思わず聞き返す。
「その、さっきの話……」
「……う、うん! もう大丈夫!」
言われて漸く何の話かを理解する。どうやら彼女はわたしを心配して駆けつけてくれたらしい。
思えば先ほどのわたしは相当取り乱していた。どうしたことかと気になるのも当然だろう。
「……ホントに?」
「も、もちろんだよ! お父さんが絡んでる上に、ちょっと衝撃的な内容だったから、気が動転しちゃっただけなの」
「……」
「もう大丈夫。少し休んだら落ち着いたから」
――そう言って、必死に平静を装う。
正直なところ、この話にはあまり触れられたくなかった。
「あのね、ユキ……」
「うん?」
それは所詮は身内の話だからというのもある……だが何よりハナにはわたしと違って、『約束』が叶う可能性がある。
もし今彼女からその話を切り出されたら、この心優しい親友に八つ当たりをしてしまいそうで――そんな最低な自分にはなりたくなかった。
「……ううん、なんでもない。さあ、戻ろ?」
「……うん」
言外に訴えるわたし見て、何かを察したのだろう。ハナはそれ以上の追求はせず、わたしが歩き出すのを確認すると、そのまま黙って先を行き始める。
今はただ……その気遣いがありがたかった。
「あ、天橋さん。戻って来た! どこ行ってたのよもう!」
教室に戻ると既に準備は再開されており、わたしの存在に気がついた宝塚さんが駆け寄ってくる。
「ごめんなさい。ちょっと用事があって……それが長引いちゃったの」
「そうなの? なら仕方ないけど……まあいいわ。それより劇の主役の件、考えてくれた?」
「……」
「ねえ、もうそれくらいにしたら?」
適当に誤魔化すも、特に疑われることもなく先程の話の続きになる……だがそれに対して考え込んでいると、不意にハナが横から口を挟んできた。
「ユキ、朝からずっと断ってたじゃない。流石にこれ以上の無理強いは見過ごせないよ?」
食い下がる宝塚さんを、ハナが少々強めの口調で制する――やっぱりハナは鋭い。多分、なぜわたしが『この役』を嫌がっていたのかわかったのだろう。
「そうだね。ごめん、天橋さ……」
ハナの雰囲気に押されたのか、とうとう宝塚さんが諦めようとしたその時――
「やります」
わたしは、突如それまでと言動を一変させた。
「「えっ?」」
「やります……ヒロイン役、やらせてください」
「え、ええ。引き受けてくれるならもちろん歓迎するけど。どうしたの、急に?」
突然の翻意に、宝塚さんが戸惑い気味に尋ねる……まあ先ほどまでずっと断り続けていたのだし、当然の反応だろう。
「……心境の変化があっただけです。ただ、一つだけ条件があります」
「条件?」
次に出てきたわたしの言葉に宝塚さんが再び尋ねる。
「池場谷くんを主人公役にしてください。それがわたしがヒロイン役を受ける条件です」
――それに対して、わたしは条件と言う名の『ワガママ』を言い始めた。
「池場谷くん? あんまり主役のイメージじゃないんだけど……」
「ええ……それが受け入れられないならヒロイン役はできません」
正直自分でも何様のつもりだろうとは思う。いくらヒロイン役だからって、キャスティングの権限など、わたしにありはしない。
「……まあヒロイン役の方が大事だし仕方ないか。わかったわ。それで行きましょう」
「……ありがとう」
だがこの時のわたしには、もはや『そこ』にしか、自身の気持ちの落とし所を見出せなかった。
もちろん宝塚さんにそんな事情を知る由はないが、それでも受け入れてくれたことには感謝しかない。
「ユキ……いいの?」
「うん、いいの。ハナもありがとう」
「……」
急に言動が変わったわたしを心配してか、再び声をかけてくれたハナにも一言礼を告げる。
――そんな時だった。
ガラッ。
「……」
不意に教室のドアが開かれ、疲れ切った様子の池場谷くんが無言で入ってきた。
「あっ、池場谷くん。丁度い……」
「は~い、みんなちょっと手をおいて静かにして貰える?」
それを見て宝塚さんが声をかけようとすると同時に、今度は松原先生が入ってきた。こちらも随分と疲れた顔をしている。
「ありえねぇ、マジありえねぇ……」
「ちょっと、どうしたのよあんた」
「……すぐにわかる」
「なにそれ?」
整列して先生の言葉を待つ中、池場谷くんにハナが話しかけている。戻ってきた彼の様子は明らかにおかしい――どうしたというのだろうか?
「え~、突然ではありますがここで皆さんに転校生を紹介します」
「え、転校生?」
そんな中、松原先生が口に出したその言葉に、教室がざわめく。
――転校生? 前に松島さんが来たばかりなのにまた?
「……さあ『4人とも』、入って頂戴」
頭を抱えながら松原先生が扉の外へと声をかける。
そして、足音と共に転校生たちが教室へと姿を表した、その瞬間――
「へ?」
「はい?」
「え?」
それを見たハナ、松島さん、わたしの3人が、揃って驚きの声を上げる。
なぜなら……
「紹介します。うちのクラスの『池場谷戒』くんの、ご兄弟たちです」
「「「えぇぇぇ~~~っっっ!?」」」
そこには、池場谷くんと同じ顔をした『4人の男子生徒』が、立っていたのだから。




