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初めての外食、そして王宮へ


 荷物はあらかた馬車の後ろにある荷物入れに収めたが、王宮の庭の猫と出会えれば、と思って小鳥の形の小さなぬいぐるみを付けた玩具を一つ、猫のおやつを詰めた小さな袋を一つだけ座席に持ち込む。


 馬車の中で少しうとうとしながらも、王城の近くにある公爵家が折に触れて使うというレストランの個室で、兄と二人で初めての外食を楽しんだ。


 まずは前菜として見事に透き通った牛筋のブイヨンのジュレに春野菜を美しく配置したテリーヌが運ばれてくる。


 白磁に金一色で優美な春の草花の縁取りを描いた皿に盛られた料理は、フランツの物に比べて三分の一ほどの量であっても上手く空間を開けて美しく盛り付けられているし、テリーヌに至ってはわざわざ小さな物を作ってくれたのか、彩りや配置は兄の物と同じなのに全体の大きさだけが縮小されていた。


「とても親切ね! わたくし、おにいさまと同じりょうは食べられないもの。とても助かるわ」


「このレストランの料理人はこうした気遣いが行き届いていてね。だから、外での会食には良くここを使うんだよ。さあ、味もとても美味しいから食べてごらん」


 微笑む兄に頷き、護衛が毒見してくれるのを待ってからちょこん、とした小さなテリーヌに頬を緩めてナイフを入れ、口に運ぶとブイヨンが良く効いたジュレと新鮮な春野菜の兼ね合いが素晴らしく、笑みが零れた。

 屋敷の料理人の作る料理も勿論美味しいのだが、こうして他所の料理人の味を知るのも楽しいものだわ、と思いながら食べ終える。


 続いて運ばれた明るい緑に白いクリームを垂らして木の葉の様な模様を描いた空豆のポタージュスープを食べ終えると、魚料理としてカレイのムニエルが並べられた。


 こんがりと焼かれた小ぶりなムニエルは蜂蜜とマスタードの黄色いソースを敷き詰めた皿の上に置かれ、その周囲にはピンクペッパーと野菜が彩りよく盛り付けられていて、とても愛らしい見た目をしている。


 毒見分を除くとほんの三口分くらいのそれをナイフで切って口に運べば、皮目はパリパリと香ばしく、白身はふっくらとした食感と白身魚ならではの淡白な滋味、まぶされた小麦粉や黒胡椒の香りがハニーマスタードソースの甘みに良く合っていた。


 口直しは柑橘のソルベで、これも二、三口で食べられる量のそれで口の中をさっぱりとさせると、肉料理として鶏肉のバロティーヌが運ばれてきた。

 鶏肉の中には野菜やきのこ、挽肉が彩りよく巻き込まれていて、蒸してから冷やし、輪切りにした断面が色鮮やかで美しい。


 ソースには北方で作られる真っ赤な蕪を使ってあり、皿の一面に敷かれた目を奪われる程鮮やかな赤の上に白と緑のバロティーヌや野菜が置かれている様はとても美しかった。


 先程の魚料理よりもあっさりとしたそれもエリザベスの物は小さく作ってあって、全て食べても苦しくならないのが嬉しい。


 屋敷ではいつもエリザベス用に小さく作って貰えているが、子供のいない家に客として行くと食べきれない量の料理が出てくる、或いは大人と同じ大きさのものをカットした物が出てくるのが普通だから、初めての外食での気遣いが嬉しかった。


 パンでソースを拭うほど美味しいそれを難なく食べ終えると、給仕が卓の上の皿やパンくずを全て片付け、整えてからデセールと紅茶を運んで来る。


 運ばれてきたのはショコラと苺のムースで、型から抜いてカットした断面は茶色とピンクがくっきりと分かれていて美しいし、金の絵付けの平皿には苺のソースを敷き詰め、チョコレートのソースを垂らして綺麗な花の模様が描かれていた。


 花の中央に置かれたムースには金箔と削ったショコラが程よくかけられ、脇にはカットした苺とミントの葉、真っ白なクリームが飾られている。


「とても綺麗ね……! お兄さま、たべおわったら料理人にお礼をいいたいわ」


「ああ、そうしようね。エリザが気に入ったとなれば手配してくれた父上もさぞお喜びだろうし。うん、美味しい。ここの甘味は甘すぎなくて、僕も好きなんだ」


 兄の言葉を受けて口にしてみれば、甘いのは確かだがくどくなく、甘みが強いショコラのムースと酸味が強めの苺のムースをやはり甘酸っぱいソースと共に味わうととても幸せな気持ちになれた。

 おまけに食べ進めると時々小さく刻んだアーモンドが混じっていて、そのカリカリとした食感と香ばしさがしっとりと滑らかなムースの間でアクセントとなって楽しい。


 紅茶も上等な品で、初摘みのお茶に一匙だけ砂糖を入れて味わう。


本来ならこの後に小さな菓子が出てくるが、昼食でもあるし、ここで終わりにして料理人に礼を言ってから、別室で昼食を取ったアンナや護衛達と共に店を後にした。


 初めてのレストランにおおいに満足したエリザベスは王宮に向かう馬車の中で兄の肩に凭れてうとうととまどろむ。


 馬車の中から見る町の様子を楽しみにしていた筈なのに、満腹感と馬車の揺れ、暖かな兄の体温の前に敢え無く陥落したエリザベスは、王宮に到着する其時まで目覚める事は無かった。



◇◇


「エリザ。王宮に着いたよ」


 笑みを含んだ声と共に肩を揺さぶられ、エリザベスは、はっと目を覚ました。


「……!? お、お兄さま、わたくし、ねていたのかしら……!?」


 眠るつもりは毛頭無かったエリザベスが慌てふためいて問うと、フランツがくすくす笑う。


「うん、良く寝ていたよ。今朝は早くに起きたし、疲れたんだろうね。もしもう少し眠っていたいなら、休憩室を借りる事も出来るけれど……どうしたい?」


 向かいに座っていたアンナに少し乱れていた髪を整えられながら、エリザベスは首を左右に振りそうになって危うく止めた。


「だいじょうぶ。少しねむったら、とてもすっきりしたわ。せっかくの王宮のおにわだもの、見てみたいの」


「そうだね。とても綺麗な庭園だから、エリザもきっと気に入るよ。では……そろそろ行こうか」


 髪を整え終わるのを見計らったフランツが言い、外に合図すると馬車の外で控えていた護衛が扉を開く。


 先に降りたフランツにエスコートされて馬車を降りると、エリザベスは初めて間近で見る王宮に目を見開いた。


「すごいわ……! 大きいし、とてもきれいね!」


 重厚な石造りの王宮は、まだその入り口でしかないのに見上げる程に大きい上、随所に施された彫刻で歴史と美しさを表している。


 眠っている間に門は通り過ぎた様で、今は上級貴族の馬車を寄せる場所にいるらしいが、この部分だけでも十分に壮麗で目を見張った。


 目を輝かせ、素直な感想を述べる少女の姿に衛兵たちの目も微かに和んでいるが、職務に忠実な彼らは微動だにしないまま公爵家の嫡子が妹の手を引いて王宮の中に入っていく姿を見送る。


 フランツは既に父と共に学園の休日のみ出仕しているので、慣れた様子で王宮に入ると初めて王宮に来るエリザベスを入城させるための手続きを行い、アンナや護衛達は控室へ案内されて行った。

 いつも兄が伴っている護衛は登録済みなのでそのまま付き従い、エリザベスには穏やかそうな王宮の侍女と衛兵の一人が護衛として付けられる。


 付き添いとは言ってもアンナの様にすぐ傍に付き従うのではなく、少し離れた所で見守りながら、禁止区域に入らない限りは好きにさせてくれ、質問があれば答えてくれる、と言う程度なので必要無い時は気に掛けなくていい、と言われた。


 身分によって自由度は違うそうだが、エリザベスは貴族の中で最も身分の高い公爵家の令嬢であるゆえに自由度はかなり高く、後宮等の王族の私的な空間や機密に関わる場所、国政に関わる場所以外であればほとんどの場所に入っても構わないらしい。


 しかし幼い子供があまりふらふらしていても迷惑だろうし、元より話を聞いた時から庭園を楽しむつもりだったから、兄に庭園の入口まで送られてそこで別れた。


 お茶の時間の頃になれば侍女が休憩室に案内してくれ、そこに兄と、仕事が落ち着いていれば父も来て、共に王宮の菓子や茶を楽しむ事になっていた。


 改めて侍女と衛兵によろしくお願いね、と声を掛けてから庭園を見回す。


「すごい……やしきのお庭よりずっと広いわ……」


 エリザベスの住むレリック公爵家の庭園も、二階のバルコニーまで行かなくては端が見えない程広いのだが、王宮の庭園は流石規模が違う。


 一方にはまるで森の様な美しい木立がどこまでも続き、一方には端正に整えられた庭園がどこまでも広がっていて、二階に上がっても端が見えないのでは無いかと思えた。


 自宅の庭なら好き勝手に歩き回るが、ここは王宮。

 見える範囲にも、休憩中の宮廷人なのか城に上がった貴族なのかも解らない男女の人影が見え、この中にあって自分が妙な事をすればレリック家の恥になる、と肝に銘じる。


 努めて落ち着いた動きで周囲を見渡し、背後に控える侍女に、猫がいるのはどのあたりかを聞くと木立に向かう道を示されたのでそちらへ向けてしずしずと歩き出した。


 通常に会話する声が聞こえない程度の距離で後ろをついてくる侍女と衛兵の姿を視界の端に収めつつ見回せば、美しい白い石畳の道の周囲には均一に切りそろえられた芝生が隙間なく敷き詰められ、まるで石垣の様に完璧な線で剪定された灌木の囲いの中では春薔薇が愛らしいピンクの花を風にそよがせている。


 花が美しい品種を外側に、ちらりと見える内側に香りのよい品種を植えてあるらしく、風がそよぐたびに心地よい香りが鼻をくすぐった。


 公爵家の庭は、亡き母の好みでどこか自然みある野山の様な作りでありながらよく見れば完璧に整えられている、と言った作りだが、今歩いている周囲は完全に人の手が入った芸術品の様な壮麗さで、どちらがより良いとは決め難い美しさがある。


 薔薇の花の間には白大理石で作られた神々や英雄、かつての王や偉大な魔法使いに聖女、或いは神獣の彫像が飾られていて、それを見上げるだけでも時間が足りなくなりそうだった。

 月の女神イールドや太陽神イフ、星神アブソルートの彫像も見つけ、彼らに付き従う猫達の姿に目を細めながら歩くうちに木立へと辿り着くと、その周囲はこれまでと打って変わって小さな草原が広がり、エリザベスの膝程の長さの柔らかな草が風にそよいでいる。


 猫はこの辺りにいる事が多い、と聞いてきょろきょろと見回しながら草原の中の細い道を歩いていくと、木立の端、小さな藪の中に黒っぽい影を見付けて目を輝かせた。



お読み頂きありがとうございます。

モフ成分は足りない回ですが食事を沢山書けて楽しかったです。

誤字報告、感想など有難うございます。

仕事の方が少し忙しいので返信をする余裕が無いのですが、全て読ませていただいております。


明日も13時ごろに投稿予定です。よろしくお願いします。



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[良い点] とても表現力豊かで丁寧な文章で、毎話楽しく読ませて頂いております。 素敵なランチ、大変美味しゅう御座いました。 ご馳走様でした。
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