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礼拝

短いです。

 エリザベスとフランツの席は貴賓席に用意されていて、礼拝堂の中まで付き添う男女二人の護衛がその傍らの壁際に立ち、アンナは後方の一般席に座った。


 隅に置かれたオルガンで修道女が奏でる心安らぐ音楽に耳を傾けながらそっと見回してみると参拝者の顔ぶれは様々で、貴賓席は貴族や豪商であろう上等な服を着た男女が埋め、それ以外の席は庶民であろう人々がひしめきあって座っている。

 大人の姿が最も多いが子供も多く、彼らは礼拝が良く見えるように前の方の席に集められていたし、貴賓席で唯一の子供であるエリザベスの席も最前列に用意されていた。


 天井の高い礼拝堂の最も奥まった場所に作られた大きなアルコーヴの中には肩にほっそりとした白い猫を乗せた女神イールドの美しい彫像が奉られ、その周囲には星や月、太陽、或いは雲を象った煌めく飾りが吊り下げられて女神が住む空の高みを表現している。


 礼拝堂の壁は夜を表す黒で塗られているが、そこかしこに明り取りの窓が付けられているので明るかった。

 全てではないが、神像に近い明り取りには色ガラスで女神や天体、猫を描いたステンドグラスがはめられていて、陽の光を透かして礼拝堂の中を優しい色で彩っている。


 彫刻が美しい柱は時代を経て落ち着いた輝きを見せる金塗りで、壁やカーブを描いた天井にも神話や天体を表す模様が金一色で描かれていて美しく、黒い壁から浮き上がる様に見える金塗りのアルコーヴや壁をびっしりと飾る彫刻には天体や梟、花や木に交じってそこかしこに猫の彫刻があった。

 時折やたら大きくてリアルな彫刻だと思うと金色がかった毛並みの本物の猫である事もある。


 よく見れば小さな隙間の所々に生きた猫が居て、その殆どは彫像と見間違えるほど大人しく動かないが、神妙にせねばならない礼拝堂であるのに祭壇の隅で仔猫がじゃれ合う姿などを見せられた参拝者達が、必死に顔を引き締めながらも唇をぶるぶると震わせている。

 勿論エリザベスもぷるぷると震えているし、視線はじゃれあっている白黒ぶちと茶白ぶちの二匹の仔猫に釘付けだった。


 隣のフランツもその愛らしさに目を細めていて、時々頬がぴくぴくと震えているからこみ上げる感情をこらえているのだろう。


 そうやって参拝者たちが思いもよらぬ苦行に耐えていると、礼拝堂の奥の扉が開いて黒い衣をまとった修道女が三人現れた。


 その音にはっと居住まいを正した参拝者達が見守る中で、四十に手が届くかどうか、という年頃に見える女性が祭壇の中央に立つ。

 それと共に祭壇の隅でじゃれあう仔猫に気付いた別の修道女がくすりと笑って仔猫たちをそっと捕らえ、まだ遊びたいとばかりに抗議の声を上げる彼らを連れて扉の向こうへ戻った。


 残念な様なほっとした様な気持ちでそれを見送ってから祭壇へ顔を戻すと、どうやら他の参拝者も同じだった様で、注目が戻るのを微笑んで待っていた女性が口を開く。


「皆様、本日はアマルナ修道院の礼拝へようこそおいで下さいました。当院の院長、エレオノーラと申します。まずは女神イールド様、その使いである神猫ルーニス様に祈りを捧げましょう。聖句をご存じの方は共に、ご存じでない方もお気になさる事無く目を閉じて沈黙の祈りを捧げて下さい」


 落ち着いた優しい声が言い、参拝者達が胸の前で手を組む。

 修道院にくることが決まった時から勉強していたエリザベスも手を組み、目を閉じて暗記してきた聖句を修道女や参拝者達と共に女神へ捧げた。


 祈りが済むと、手を下ろして目を開く。


「さて、次は神話や説話を幾つかお話する所ですが……本日は小さな参拝者様がいつもより多いようですから、難しい話はよしておきましょう」


 エリザベスよりも年下の子供たちが少々落ち着かない風にもぞついている姿に優しく微笑んだ院長が言い、少し考えてから口を開いた。


「では、いつもわたくし達を空から導いて下さる太陽と月、そして小さな参拝者様もきっと大好きでしょう猫の話をいたしましょう」


 猫、との言葉に礼拝堂内の猫に目を奪われていた子供達もはっと注意を戻す。


「女神イールド様の神猫、白猫のルーニス様は女神の使いであると同時に月の化身であるとも言われております。ここにいらした猫を愛する皆様はご存じの様に、猫の目が光を受けて月の満ち欠けの様に形を変えるため、とも言われておりますし、丸まった猫の寝姿が満月のようであり、その形が崩れると三日月や半月に似た形になるゆえ、と記された書物もございます」


 自身の目を指さし、次いで丁度祭壇の後ろで真ん丸になって眠っている茶虎の猫を示してエレオノーラが語り掛ける。


「イールド様の夫でもある太陽神イフ様が従える金色の神猫、セイテス様もまた、太陽の化身とされておりますが、セイテス様は少々のんびりしておいででして……丸くなった形のまま余り姿勢を崩されません。それでも時折体を伸ばす事があり、それが日蝕である、と伝えられております。それ故に、大きな日蝕の事を『セイテスの寝返り』と呼ぶのです」


 エリザベスは日蝕を見た事が無いが、空の上で金色の猫が寝返りをうっているのだと思うと思わず笑みが零れた。


「星神アブソルート様の神殿より今年の終わり頃に大きな日蝕が起こると予測が出ている事は大人の皆様ならばご存じでしょう。わたくしども大人は二十年程前に皆既日蝕を見ておりますが、小さな参拝者様達にとっては初めての日蝕です。昼間に突然暗くなればさぞ不安になるでしょう。ですが、日蝕は必ず終わる物ですし、セイテス様の寝返りが原因ですのでどうぞ恐れず、周りに怯える子供がいればその事を教えて差し上げて下さいね」


 院長の言葉に、幾人もの幼い子供が、はい!と大きな声で返して参拝者達の間からさざ波の様な微笑みが沸き上がる。


 その後も女神と猫にまつわる神話が幾つか……夫であるセイテスの元へ会いに行くルーニスの姿が昼間に見える白い月なのだとか、そんな他愛なくも興味深い話をエレオノーラの穏やかな声で聴いているととても暖かく、落ち着いた気持ちになった。


 見回せば大人も子供も彼女の声に静かに耳を傾けていて、数多い参拝者達は猫が好きで礼拝に訪れるだけではなく、エレオノーラの話を聞きたくて訪れているのだろうと自然に思える。


 屋敷から出ないエリザベスが接する女性は、時折訪れる祖母や親族の女性、教師や侍女をはじめとした使用人といった者達だったが、エレオノーラのあたたかな人柄や微笑みに、いつかこのような女性になりたい、と憧れを感じた。


 そんな気持ちを抱きつつ、まだ礼儀作法や読み書き、簡単な歴史や数学、貴族の義務を教わっている最中で神話の勉強はしていなかったエリザベスは、初めて聞く院長の話に目を輝かせながら最後まで聞き終え、最後の祈りと共に礼拝を終えた。


お読みいただきありがとうございました。

礼拝前の仔猫ですが、時々禅寺で座禅をしているのですが、数年前に私が座った廊下に面した庭で仔猫三匹がじゃれあい始めた事がありまして……座禅は目を半眼で開けているので、廊下から見下ろすちょうど目線の位置でじゃれあう仔猫に、その廊下に座った体験者全員がブルブルしていた経験を元に書きました。

今までの座禅で一番の苦行でした。


神様の名前はイールドを適当にExcelの関数の名前から取っていたので他もそれに倣いました。

関数の意味は関連付けて考えていません。語感重視の適当です。

星神の神殿は天文学や数学に強い人が集まっているので天体関連のいろんな予測を出したり暦を作ったり占星術を行うのが大きな仕事なので大きな日食や彗星などは混乱を招かないよう予測した日に近くなると告知します。


土日に執筆出来なかったので明日の更新は時間が遅れる可能性があります。

なんとか間に合うよう頑張ります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 海外の反応まとめサイトで見かけた 「タイで座禅を組んで読経しているお坊さんに猫がじゃれつく」 動画ニュースを思い出してしまいました。 あとがきの作者様の体験も含めて 同じようなことってどこ…
[一言] 日本だと読経に合わせて鳴く犬猫の話を聞くけどこの世界はどうだろう?
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