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【連載版】悪役令嬢は王子様より猫と一緒に暮らしたい  作者: ねこやしき


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修道院の仔猫達

◇◇


「失礼いたします」


 レリック公爵家の中枢とも言える、当主の執務室に入ったアンナは先程帰宅し、執務机についた公爵に深く頭を下げた。


「楽にしなさい。……あの子の様子はどうだね」


 静かな声に気づかわし気な音を乗せた公爵の言葉に顔を上げたアンナは、僅かに眉を下げる。


「……やはり、無理を重ねて疲労が溜まっておいでです。近々、王宮へ奏上を頂けるとの事ですので、お心にお留めいただけましたら」


 はっきりとは言葉にせぬまま伝えれば、公爵は深く頷いた。


「彼女らは良くしてくれている様だね。君にも感謝している。これからもあの子を頼むよ」


「勿体ないお言葉にございます。……時に……一つ、公爵様にお願いしたき事がございます」

「言ってみなさい」


 鷹揚に頷く公爵に、アンナは僅かに沈黙してから口を開いた。


「お嬢様の今の心の拠り所が、マリーである事は公爵様もご存じかと思われます」

「ああ」


 頷く公爵に先を促され、アンナは言葉を続ける。


「……マリーは、もうあまり長くありません。まだマリーが生きているうちに、アマルナ修道院で仔猫を貰ってくる許可を頂けませんでしょうか」


 アンナは勿論、公爵や外の侍女達も懸念していたその現実に、マリーの為に高価な魔法薬や滋養の有る食べ物を惜しみなく買い与え、屋敷の主治医にも定期的な診察を命じていた公爵が眉を下げた。


「……もう、難しそうか……」

「……はい。お嬢様も、察しておられるのでしょうが……言葉には出されません。ですが、今マリーが居なくなれば……」


 実の妹の様に、いや、それ以上に大切に思っている主の悲嘆を思って僅かに声が震える。


「……公爵様も、奥様を亡くされた際には若様やお嬢様がさぞ救いになられたかと存じます。……比べるのも烏滸がましい事ですが、私の両親も、兄を亡くした折、まだ手のかかる私と妹がいたから立ち直れた、立ち直らざるを得なかった、と聞いております。……お嬢様の傍にも、ただ気遣うばかりではなく、お嬢様を振り回すような、元気の良い仔猫がいれば……いくばくかでも、心の支えとなってくれるのではないでしょうか」


 続けて、大切にしていた猫や犬を失った後で新たな仔を与えても、その仔を可愛がることを失った猫や犬に対して後ろめたく思う事がままあり、それを防ぐ為にも先住の猫がまだ元気な間に仔猫を飼い始めた方が、それを軽減できるのだと聞いた事があるとも説明した。


「……そう、だね。来週アマルナ修道院に行った時、エリザベスが気に入った仔猫がいればつれて帰りなさい。先方には話を通しておく。……それとなく、数が多くて困っているから連れて帰って欲しい、とでも伝えて貰うようにしよう。君からも上手く薦めて欲しい」


 大切なものを亡くす経験を乗り越えて来た公爵は、娘の悲嘆を思って苦し気な顔をしながらも頷いた。



◇◇


「エリザベス様、よくいらっしゃいました」


 微笑んで迎えたエレオノーラに、エリザベスは顔を輝かせた。


「エレオノーラ様! お会いしとうございました」


 母の様に慕う人に会えた喜びを満面の笑みで表したエリザベスに、優しい笑みが返される。


「わたくしもお会いしとうございましたよ。前回おいでになったすぐ後、仔猫が沢山生まれたのです。是非ご覧になって下さいな。保護された子もいますのよ」

「まあ! それは楽しみですわ。大人の猫も可愛いですけれど、仔猫のかわいらしさはまた格別ですもの」


 声を弾ませるエリザベスの、昔と変わらぬ明るい姿に微笑むアンナと共に仔猫の為の部屋へ向かう。

 夏以外は他より暖かく保たれている部屋に入ると、エリザベスは抑えた歓声を上げた。


「まあ、沢山いるのね……! 本当に、いつもの年より多いわ!」


 生まれて一月足らずの、足元がおぼつかない仔猫がそれぞれの母猫と共にもぞもぞと動き回る姿に目が輝く。


「今年は生まれる子猫も多かったのですけれど、王都で親子もろとも保護された子も例年より多いのですよ。公開礼拝の折に譲渡もしているのですけれど、少々追いつかなくて。もし気に入った子がいれば、エリザベス様にも連れて帰っていただければ助かるのだけど」


「連れて……み、魅力的だけれど、わたくしにお世話出来るかしら…………」


 これまで連れて帰る事を考えた事が無かったエリザベスは、あまりにも魅力的な勧めにごくりと息を呑む」


「確かエイダさんはご実家で仔猫から三匹程育てたと言っていましたし、私どもも手伝いますよ。最近少し教育の量も減りましたし、宜しいのでは?」


 そばに寄って来た子猫を撫でていたアンナの言葉に、再び息を呑んだ。


「お、お父様に叱られないかしら……」

「お嬢様がねだれば旦那様は二つ返事でしょう。ともかく、仔猫を見て、気に入った子がいれば考えれば宜しいのでは?」


 あっさりとした言葉に、確かに自分が望めば父は叶えてくれるだろうと思いながら膝に這い寄って来る小さな仔猫を抱き上げる。

 まだ生まれて二週間ばかりの仔猫は愛らしいがあまりにもか弱く、触れるのが少し怖かった。


「とても可愛いけれど、こんなに小さいのにお母様から引き離すのは可哀相ね……」


 白い体に黒い斑を持つ子猫の母親はエリザベスも顔なじみのこの修道院の猫で、今はエリザベスの膝に背を当てて寝そべっている。

 その傍には母猫に似たり似ていなかったりする仔猫が数匹居て、か細いが生命力に満ち溢れた鳴き声を上げながら互いにじゃれ合ったり、母猫の乳を飲んだり思い思いに過ごしていた。


 母猫は少し眠たげにしながらも時々仔猫達の体を舐めたり、前足で引き寄せてぎゅっと抱き締めたりしていてとても幸せそうだった。


 仔猫達も、好奇心旺盛に動き回ってはいるが母親からあまり離れないし、少し離れた後は寂しくなるのか傍に戻って擦り寄っている。


 心温まる光景に目を細めながらも、そんな母子を引き離すのは可哀相に思えた。


「そうですわね……これくらい小さいと、まだ母猫から離すには早いですわ。そう、二、三ヶ月位の仔猫がいいかしら。あちらの奥におりますから、行ってみましょう」


 エレオノーラに誘われ、部屋の奥側と手前を分ける仕切りの方へ移動する。

 まだ動きの覚束ない仔猫達は手前に、もっと活発に動き始めた仔猫達は奥にいて、大人の腹程の高さの仕切りに付けられた扉を開いて中へ入れば、十匹あまりの仔猫がじゃれあうなんとも言えず愛らしい光景が広がっていた。


 壊れ物の様な時期を過ぎ、完璧な猫の形をそのまま小さくした沢山の仔猫達が活発に動き回る姿は先程の小さな小さな仔猫達とはまた異なる愛らしさで、エリザベスはぱっと顔を輝かせながらも陶然と見惚れる。

 ちょこまかと動き回る仔猫を踏まないよう気を付けながら奥へ進むと、見覚えのある仔猫も無い仔猫も代わる代わるやってきて匂いを嗅ぐ。

 エリザベスを覚えている猫はそのままじゃれついて来て、初めてエリザベスと出会う仔猫、忘れてしまった仔猫は僅かに顔を傾けて不思議そうに見上げた後、少し警戒気味にしながらも前足をエリザベスのスカートに掛けて伸びあがり、じっと顔を見詰めて来た。


 それぞれに見詰めて来る瞳はまだ仔猫の色を脱していない青い目も多いが変化し始めている仔猫もいて、様々な色合いの小さな瞳の愛らしさに、ほう、と溜息が零れた。


 板張りの床に敷かれた小さなマットの上に腰を下ろすと、活発な仔猫達の中でエリザベスを覚えている仔猫とより好奇心旺盛な仔猫が寄ってきて体に上ったり、伸ばした手にじゃれついたりと思い思いに動き回る。

 茶虎の仔猫が小走りに走って来たかと思えば何も無い場所でころりと転び、後ろ脚を上にして、何が起こったのか解らない、と言いたげな顔で目をぱちくりと瞬かせたかと思うと跳ねる様に立ち上がって再び走り出す。

 その動きに釣られて香箱を組んでいた灰縞の仔猫がぱっと飛び上がり、茶虎の仔猫にじゃれかかると二人そろってころころと床を転がり、そのまま軽い喧嘩になったかと思えば暫くして飽きたのか、組み合った体制のまま互いに毛繕いを始めた。

 くぁっ、と大きく口を開けてあくびをする顔は微笑ましく、そのまま二匹で抱き合うようにして眠り始める姿は悶絶する程に愛らしい。


 そのすぐ近くでは錆柄の仔猫が何も無い空中の一点をじっと見つめていた。

 大きな目でじっと何かを見付けながら時々ぴくっと体を動かす。

 上体を僅かに横にねじり、顔だけは元の方向へ向けて下から見上げる様に見詰めたり、かと思えば上体を後ろに引き、顎を引いて見詰めたり、或いはそろそろと前足を上げてちょいちょいと何かを触る仕草をした。


「……何を見ているのかしら……。む、虫でもいる……のよね………………?」


 マリーや他の猫も時折やるこの動きは、何も見えない側からすると何がいるのだろうかと少々怖い。

 もっと子供の頃、自室でやられた時には夜、灯りを消してから思い出してずっと怖かったのを思い出す。


 きっと虫に違いない、と自分に言い聞かせながらその仔猫はそっとしておいて、膝の周りに寄って来る仔猫をじゅんぐりに撫でた。

 形は同じでも大人の猫よりずっと小さくか細い体は、月齢の低い仔猫に比べればしっかりとしているが慎重に扱わざるを得ないので、とりわけ抱き上げて欲しそうな顔をしている仔猫を選んでは抱き上げてそうっと抱き締める。

 小さな鼻が顔に寄せられ、ふんふんと匂いを嗅ぐ感触やそれと共に細い髭が頬を掠め、豆粒の様な肉球で顔をぺたぺたと触られる感触に抑えようのない微笑みが零れた。


「気に入った子はいました?」


 同じように寄って来る仔猫をじゃらしていたアンナに聞かれ、悩ましく唸る。


「どの子も可愛くて……っ! どうすればいいのかしら……!」


 今までは単純に愛らしい仔猫とのふれあいを楽しむばかりだったが、一匹連れて帰って良い、となるとまた話が違う。


 白い仔猫も灰色の仔猫も茶虎の仔猫も真っ黒な仔猫も、ぶちも虎も錆もどれも可愛く、選びようが無かった。

 いっそ全部連れて帰りたいが流石にそれは出来ないので、苦悩しながら見回していると、部屋の隅の方にも数匹猫がいるのに気付いた。


お読み頂きありがとうございました。

どうにか間に合いました。

これからもう一本の連載と同時進行でストック無しなので若干遅れがちになるかと思います。

評価、ブクマ、感想、誤字報告いつもありがとうございます。

また明日も13時更新できるよう頑張ります。

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