彼女を取り巻く者達2
短めです。
公爵家から付いている専属のアンナやユーナ、護衛のカトリーヌ、他の使用人達もエイダ達が派遣された当初からエリザベスを大切にしていて、王宮から彼女に窮屈な暮らしをさせる為にやって来たエイダ達に、丁重ではあるが常に一線を引いていた。
彼らと仲を深めて、王宮の手の物には見せない部分をそれとなく探るのも任務の内だったが、彼らの懐に入るには完全にエリザベスの味方にならねば無理だと早々に判断される。
使用人の子供達ならば口も軽いだろうと思ったのだが、親からそれなりに言い含められているらしく、お嬢様に対する反感は無いらしい、という事しか伺えない上に、どうもエイダ達は子供達から遠巻きにされていた。
これについてはこれまで一緒に遊んでいたエリザベスが王子の婚約者になった事で言葉も交わせなくなり、男女問わず彼女と仲の良かった子供達が拗ねていた事、そんな状況になったのが屋敷内にエイダ達が来た為、という事で反感を招いていたのだが、彼女らがそれを知る由もない。
エリザベスのかつての我儘については、子供達は癇癪の原因とならないよう遠ざけられていたのと、当時はまだ幼かったので、更生したエリザベスと一緒に遊んでいるうちに忘れてしまってあまり記憶に無かった。
幸いと言うべきかエリザベス自身がその優秀さを内外にはっきりと示したので無理に探る必要は無くなった事、エイダ達がエリザベスに職務以上の好意を感じ始めた事を彼らも薄々察したのか、六年を経てエイダ達も受け入れられていた。
勿論一番の任務である監視と報告を怠る事は無いし、それに手心を加える事も無いが、何しろエリザベスがあまりにも完璧で、悪い報告をしようがないのが現状だから、その苦労は余り無い。
しかし、これもやはり最重要の使命の一つである、未来の王妃の傍に仕える者として信頼を得る、という事項においては六年たった今も達成出来ていなかった。
「監視するお役目がある以上、信頼して欲しい、と言うのも難しい話ですが……やはり少し寂しくはありますわね……」
「……お嬢様も頭では解っている様なのですが……真面目で、少し不器用な方ですのでなかなか上手く出来ないようで……。しっかりはなさっておいでですが、やはりまだ十三になったばかりですもの」
「……時々忘れてしまいそうになりますわ。下手な高位貴族の女性より余程立派でいらっしゃるから……。私など、十三の時には学園に行けるか、婚約者が見付かるかどうか、後は今日の茶菓子の事位しか考えていなかった様な気がしますわ」
貧乏と言う程ではないが裕福でもない子爵家の四女だったエイダは溜息を零す。
持参金などの費用を考えれば四女の自分は婚姻は勿論デビュタントすら怪しく、貴族の婚約者が見付からなければ裕福な平民と結婚するか、王宮や高位貴族の屋敷に働きに出て自力で持参金を余り望まない結婚相手を見付けるか、と言う選択肢しか無かった。
だから、あの頃は貴族の婚約者が運よく決まるかどうかが一番の関心事だった。
結局良い相手は見付からず基礎教育は家庭教師を付けて貰った長女のおさらいを兼ねて姉と母から受け、十五歳からの学園は結局行かずに王宮へ侍女として上がる事になった。
子供なりにそう言った悩みも多かったが、それでも十三歳の頃にあれ程自制が効いていた記憶は無い。
その差が身分的なものかと言えば、王宮で働いていた頃やエリザベスに付き添って赴く茶会でそれぞれに目にする同年代の高位貴族の令嬢達に比べても、あの自制心と落ち着きは異常なものに見えたし、彼女が年齢に見合わぬ努力をしているのは表に見せずとも察せられた。
昼寝の一つさえ自分達に知られてはならないと思っているエリザベスをいっそ気の毒にすら思い、未来の王妃として得難い資質を持つ彼女を潰さない為にも、そろそろ監視を緩めるよう次の定例報告で王宮に奏上せねば、と胸に決める。
「私が十三の頃は丁度お嬢様にお仕えし始めた頃ですか……。奉公に上がっていたのでそれなりに落ち着いてはいましたけれど、やはりどう考えても今のお嬢様の『完璧な淑女』の様ではありませんでしたね。もちろん貧乏男爵令嬢と公爵令嬢では教育も違うとは言え……」
「他所のお嬢様方を見ていると……ねえ……」
「……全くもって……たまに他所のお嬢様方をひっぱたいてやりたくなりますね」
フンッ、と鼻を鳴らして言うアンナは、使用人の中でも飛びぬけてお嬢様贔屓ではあるのだが、彼女の言い分はエイダにも良く解る。
身分を考えれば決して出来ないがエイダも折に触れて同じ様な気持ちになるし、その分、相手の非に加算はせずとも一切手心を加えない報告を王宮に上げているが、この六年間で腸が煮えくり返る様な場面はたびたび目にしたのだ。
むしろ、何故あれを笑顔で躱せるのか、と共に付き添う護衛と驚嘆の目線を交わす事もしばしばだった。
「……お嬢様は大変優秀ですし、この六年、何の問題も起こされておりません。もう監視を緩めて問題無いと、王宮に再度奏上するつもりですわ。……他からの横槍が入らねば、通るかと思います」
実を言えば今までに監視を緩めるべき、と奏上はしているのだが、王妃の父、若しくは近い縁戚の座を欲する他の高位貴族からの横槍でなかなかそれが通っていない。
彼らからすれば、監視を続ける事でその負荷によってエリザベスが潰れても、監視中に上手く引きずり落とすに足る傷が見つかっても、どちらにしても都合が良いのだから当然の事だった。
レリック公爵も介入はしているが、エリザベスの父と言う立場である以上、手心を加える方向の介入はし辛い現状がある。
それでも既に奏上は四度に及んでいるし、六年も耐えて来たのだからそろそろ強く出られそうな頃合いだった。
「……かしこまりました。エイダさん、お嬢様お目覚めになりましたら、私は休憩に少々外させていただきますので、宜しくお願い致しますね」
言外にレリック公爵への根回しを要求したエイダの意を酌んだアンナの言葉に頷く。
エイダ達の権限では、レリック公爵への根回しを直接依頼する事も、アンナにそれを頼む事も出来ない。
だが、何もしなければ今回の奏上も今まで通り退けられる可能性が高いから、事前にアンナからこの事を伝えて貰えれば公爵が根回しをする余裕が出来、奏上が通る可能性が高くなるだろう。
廊下に控えている護衛は同じ年頃の娘を持つ騎士で、娘に比べて明らかに無理をしているエリザベスを心配している人物だから、明確な依頼の言葉が出ていないこのやりとりが漏らされる事はない。
あくまでもこの会話は、まだ年若い少女の心身を案ずる侍女二人の世間話だ。
エイダの口からレリック公爵への根回しをはっきりと依頼すれば、彼は上に報告せねばならないが、世間話程度なら報告する必要は無い。
レリック公爵やアンナ達公爵家の使用人を含め、周囲の殆どの人間がそういった機微を理解した上で、これまでの数年間エリザベスの状況を改善すべく動いて来た。
その根回しがそろそろ実を結ぶ頃合いだ。
無事に結んだ実が、あの自分を追い詰めすぎる少女の助けとなる事を祈りながら、エイダは小さく溜息を零した。
お読みいただきありがとうございました。
ブクマ、評価、感想、誤字報告、いつもありがとうございます。
感想にてエリザベスの性格が最悪、とご意見を頂きました。
お気に召さないようで申し訳ありません。
エリザベスは頭の中が成人女性の転生者でも、全てを超越した聖女でもない、猫と家族と侍女が大好きで少し真面目な普通の13歳、日本なら中1です。
小2~中1まで24時間監視され、命の危険と他人からの悪意に晒されて生活した上で心の底から楽しく生活し、あらゆる人に心を開き、全てを受け入れて優しくし、信頼して幸せに生きているとしたら既に壊れているか完全に自我が無いか生まれながらの聖女ではないかと思います。
エリザベスはごく普通の女の子なので自分の心のバランスをギリギリで取っている状況です。
上記のような状況ではなくとも私や周囲はこの年頃は気楽ながらに悩みも多く、変な孤独感や疎外感、無力感にさいなまれたりして自分の事で精一杯な時期だったので。
これから成長していくための思春期真っ盛りの大事な過程の一つなので、ぬるい目で見守っていただけると嬉しいです。
ストック相変わらずギリギリですが明日も13時頃に更新したいと思っています。
よろしくお願いします。




