表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】悪役令嬢は王子様より猫と一緒に暮らしたい  作者: ねこやしき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/32

王妃教育の弊害

エリザベス視点です。13歳になりました。

◇◇


「アンナ」


 低い声で名を呼ぶと、ちらりとこちらを見やったアンナは籠に盛られたぬいぐるみの下から、愛らしいピンクの丸い物を取り出してエリザベスに渡した。


「ありがとう。…………………………っ!!!!!」


 礼儀正しく感謝を伝えてからギリギリと歯を食い縛り、声を出さない様に注意を払った、今年十三歳になるエリザベスは受け取ったそれを渾身の力を籠めて壁に投げた。


 落ち着いたアイボリーに茶と金で植物を描いた壁紙で飾られた壁には花や星など様々な形で作った愛らしいレース編みの飾りが幾つか吊るされていて、その中の一つ、白い花の形をした飾りに当たったピンク色のそれはほんの微かな音を立てて跳ね返り、床に転がる。


「お見事! お嬢様、どんどん的中率が上がっておられますねえ」

「ありがとう。次は菱形よ」


 音がしないよう気を使った拍手をしたアンナが続いて差し出した薄緑のもの……アンナが作ってくれた綿を詰めたボールを受け取ったエリザベスはそれを握りしめた手を振り上げ、今度は菱形の中に細かな文様を編み込んだレースに緑のボールを投げつけた。


 幼い頃の癇癪を抑える為に二人で考えた布のボール投げは、エリザベスが我儘な娘ではなくなってから不要になっていたのだが王妃教育が始まってからは再び活用され始めている。

 勿論王宮から来た侍女達に見せられるものでは無いので、エリザベスの心労が溜まって来るとそれとなくアンナが侍女達を退室させてくれ、アンナのみが部屋に残る様仕向けてくれた。


 部屋の中にはいなくとも、外から気配や音を聞いているのは解っているので声はごく小さく、投げる時は歯を食いしばって無言で、投げるボールは真っ直ぐ飛ぶ程度の重さはあるが柔らかくて音がしない様に作ってある。

 おおっぴらに投擲用と言う事は出来ないので、普段は昔母がくれた古いぬいぐるみを入れた籠のクッションと偽装して飾ってある。


 昔の様に手当たり次第投げる訳にはいかないので、その分精度を上げる事にして、的、それもボールが当たっても壊れず、音もしない、尚且つ女性の部屋にあっても違和感のない物、として淑女教育の一環のレース編みで作った飾りを、「気に入ったから」と言って壁に飾り、標的にしていた。


 最初の頃はボールの軽さもあってなかなか当たらなかったが、アンナが上手く重さなどを調整してくれ、エリザベスの投擲技術も上がって来たおかげで、今は十発中九発程が的中するようになっている。


 ちなみに護身用にも使えるのではないかと思い、夜中にペーパーナイフや小石で試したところ、柔らかなボールよりも上手く投げる事が出来たので満足し、以来ドレスの隠しに投げやすい形の小物、王族の傍に上がる時に持っていても問題にならない小さな愛らしい形の文鎮などを入れる様にしていた。


「アンナ……もう一ついただけるかしら?」


 四つ投げ終わったエリザベスの、部屋の外から聞けば茶菓子でも追加しているのかと思うような柔らかい言葉を受けて、アンナが黄色いボールを手渡す。


 受け取ったそれを両手に包む様に持ち、目を閉じて深呼吸したエリザベスはかっと開いた目で壁のレースのうち、もっとも小さな星型の飾りを睨みつけると腰を落とし、ボールを掴んだ右手を後ろに大きく引いた。

 そのまま振りかぶれば自然と体に捻りが入り、その捻りを元の位置に戻しながら手の中のそれを的へ投げつける。

 果たして黄色い球は僅かな弧を描きながらも壁へ迫り、吸い込まれるように星型のレースに当たると跳ね返ってアンナの足元に転がった。


「お嬢様、もうお一ついかがです?」


 言葉と共に差し出された薄水色のボールを見詰めた後、エリザベスは溜息を零し、肩の力を抜いて首を左右に振った。


「もう大丈夫よ。ありがとう、アンナ」


 言いながらソファに腰を下ろすと、アンナが暖かな紅茶を入れ、菓子を置いてくれた。

 一口大の焼き菓子の端は全てナイフで少しずつ切り取られていて、毒見済である事を示している。

 

 先程、アンナだけになる前に目の前で紅茶も含めて毒見されたそれを一つ食べ、紅茶を飲むとほっと溜息が零れた。

 毒見が終わってから時間が経っているが、程よい濃さに出た所で空のポットに移し替えて茶葉を抜いてあるし、保温魔法が使える侍女のおかげでまだ温かい。


 その有用性から引く手あまたの保温魔法が使える人間、それも傍に置ける身分の侍女を探し出して来てくれた父に感謝しつつ、香り高い紅茶と共に菓子をもう一つ口に運んだ。

 王宮では流石に保温魔法を使える使用人が複数いるが、他の貴族の屋敷では滅多に雇っていないので、茶会などでもエリザベスだけ冷えた茶を飲むことになる事がいつも残念なのだ。


 他の貴族の屋敷で毒見を使うのは不躾では、と最初は思ったのだが、昔、王族の婚約者だった伯爵位の女性が毒見を使う事を怒って拒否した公爵家の茶会で毒が盛られ、その恋人が儚くなった事で公爵家が取り潰されたとかで、今は王族とその婚約者はすべての場所で毒見をするのが慣例となっているらしい。


 今日の菓子は貝殻の形のマドレーヌとクッキーで、クッキーは猫の形が愛らしいうえに濃淡二色の茶色のクッキーと焦げ茶色のショコラのクッキーを合わせて虎猫や三毛猫を表現してあり、王妃教育や人間関係に疲れているエリザベスへの料理人の気遣いを感じた。

 毒見の者もうまく外周を削いでいて、形はあまり崩れていない。


 毒見役が派遣された初期の頃に折角の菓子や料理を派手に崩されて見る影も無くされた料理人と毒見が盛大な喧嘩をした末、何故か意気投合したとかで、毒見しても料理が崩れにくい形や盛り付けを日々研究しているそうだ。


 勿論決まった場所や明らかに切り取りやすい場所を作ればそこを避けて毒を入れられる可能性があるので、どこを取るか予測がつかないようになっているらしい。

 猫のクッキーはエリザベスのお気に入りで良く出されるのだが、目の前に出される時はかなり太った猫の形をしていて、それを目の前で毒見役が上手く削いで普通の猫に変えていく。

 この一連の技術は現在王宮や他の貴族の家にも伝播して、毒見によって見苦しくなった料理を食べなくて済むようになった王族や貴族から好評を博し、今はその王侯貴族達の出資で料理人や毒見役達が時々集まっては研究を重ねているのだとか。


 エリザベスは今までの六年間で幾度も毒を盛られたが、レリック公爵邸には信頼できる医師も常駐しているし、毒見役は毒耐性が高い体質を持つ者が厳しい訓練を受けてから着任しているので大事には至っていなかった。

 幸い屋敷の中は父が厳選した人間しかいないから屋敷では盛られたこともないし、それでも毎回毒見して貰っているので不安なく味わえる。


 エリザベスが口にすれば命を落としていただろう毒を代わりに受けてくれる毒見役には感謝しかなく、その上でエリザベスが美味しく食べられる様考えてくれるのもやはり有難い。


 王宮から来た侍女達も、逐一監視され、週に一度エリザベスの行動について全て王宮に報告されるのは息苦しいが、それぞれに職務に誠実で有能な侍女だし、六年を経てそれなりに親しくもなった。


 しかし未来の王妃になる者として常に笑みを絶やさず、それでいて決して感情を見せてはいけないと教えられた事を厳密に守っているエリザベスはそれなり、以上に彼女らと親しくなる事が出来ていない。


 もともと人懐っこいエリザベスの事、本心としてはアンナと同じ様に仲良く出来れば、と思うのだが、王妃教育を施す教師達の教えを忠実に守る様になってからはなかなか人と距離を詰める事が出来ず、今は父と兄、アンナ、そして時折息抜きに行く修道院の修道女達位しか心を許せる相手がいなかった。

 使用人達は以前と同じ様に親身に接してくれるが、屋敷内に王宮の監視の目が幾つもあると思えば遠慮がちになる。


 エルンストに対しても、教師に厳しく言われた通り王となる人の負担にならぬよう、常に微笑み、婚約者の不調や苦しみには寄り添ってもエリザベス自身は一切の苦しみも悲しみも怒りも一切見せてはいけない、完璧であれ、と言う教えを守っているが、今一つ距離を縮められなかった。

 エルンストからは無理をしないで欲しい、婚約者として親しくなりたい、と言われ、エリザベスも心ではそうすべきと思うのだが、教師に言われた言葉が脳裏を過ってそれをためらわせた。


 エリザベス本人のみならず他の誰も、家族やアンナですら気付いていないが、彼女の自己評価は驚くほどに低い。

 かつて我儘かつ傲慢な子供であった事は確かだが、今はそれを脱し、当時嫌われていた使用人からすら受け入れられていると言うのに、エリザベス自身はあの頃の自分に囚われていた。


お読み頂きありがとうございます。

ここから再びエリザベス視点です。

少し成長しました。

ブクマ、評価、感想、誤字報告いつもありがとうございます。

あともう少し重めです。すみません。

明日も13時更新予定です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ