彼女の知らない場所でー王子とその幼馴染達1
殿下達の話です。彼らもいろいろ考えたりなんだりしているのです。
◇◇
「……なあ、聞いたか」
アルフレッドの問いに、残る二人の目がそちらへ向いた。
「……主語をしょうりゃくするな、といつも言っているだろう、アル」
「そうそう。これだからのうきんは」
王宮の庭園の隅、数日前にレリック公爵の愛娘とまみえた草原で王子が飼う犬達を遊ばせながらも、やさぐれた表情のオーガストとシリルが憮然とした声で言う。
「のうきんって言うな。……エリザベス嬢の事だよ」
こちらも憮然とした顔でハイドの顔を両手で挟み、ぐしゃぐしゃと撫でまわすアルフレッドが言うと、残る二人の顔が更に渋くなった。
「知ってる」
「しってるー……今のぼくじゃ申し込みも出来ないけどさあ、まだ三年くらい決めないって言ってたくせに」
同い年でありながら他の二人より二、三歳幼く見えるシリルがエメルダの胴に頭を乗せて草の上に転がったまま頬を膨らませた。
彼らは一様にそれぞれの父、シリルは来年養父になる予定の伯父にエリザベスへの縁談を頼み、彼女がエルンストの婚約者候補の中でも筆頭、ほぼ内定しているのだと知らされていた。
それだけでも落ち込んでいたと言うのに、昨日、三年後に決まると以前から言っていたエルンストの婚約者がエリザベスに決定したと公示があり、その落ち込みが加速した所だった。
「まあ、元々他の二人は望みうす、ってきいてたけどよ、あいつ陛下にエリザベス嬢がいいってあの日のうちに言ったらしいぜ。父上が言ってた」
「それってあれだ、ぬけがけってやつだよね。でも、殿下がそんな事するかなぁ」
彼らの知るエルンストは、割合お人よしで、同じ時にエリザベスに恋をした幼馴染三人に相談も無く抜け駆けをする様な人間ではない。
四人は四歳で引き合わされて以降仲が良く、他人の耳目がある所では王子であるエルンストを丁重に扱っているが、四人だけの時は年齢相応の子供らしい付き合いをしていた。
「……おおかた、他の二人と結婚させたくない陛下が、殿下のことばをつごう良くつかったんだろう」
「あー、ありそう。あいつあの日ぼんやりしてたもんね。他の候補ってキャロライン嬢と、後はミリオラ嬢だったっけ。キャロライン嬢はなんでだめなの?」
まだ伯父の養子になっておらず、現在の身分は子爵家の三男であるシリルに入る情報は他の二人よりも少ないので問えば、ごろりと仰向けに横になったディーンの腹を撫でまわしていたオーガストが肩を竦めた。
「キャロライン嬢は親にもんだい有りだそうだ。ほら、さいきん良く大人がうわさしてる、神は一人しかいない、ほかはにせもの、って言ってる団体があるだろう。あそことつながってるから、王妃にはできない、って」
「ああ、あれな。おれの父上もいろいろ調べてるけど尻尾がつかめないって言ってたな。キャロライン嬢はさっぱりしてていいやつなのにな」
溜息を零したアルフレッドが残念げに言う。
キャロラインを王妃に、と望むレーダー侯爵はもっと幼い頃から頻繁に彼女を王宮に連れてきてはエルンストに引き合わせていて、未来の側近兼遊び相手として行動を共にする三人も良く知っていた。
候補の三人の令嬢の親の中で娘を王子の婚約者にしたがっていないのはレリック公爵だけで、彼は幾度か国王から水を向けられても微笑みながら全て躱し、娘を王宮に連れて来る事は無かった。
「まあキャロライン嬢はエルンストにきょうみ無さそうだけど、おやがへんだと苦労するよね……。ミリオラ嬢は体が弱いんだよね。うちの伯父上が何度か呼ばれてたけど」
「体さえ治れば、メネット侯爵がもっとつよくおしてきそうなんだが……見込みが薄いのか?」
「んー……魔力過敏症だからむずかしいかな。ちりょう法、まだみつかってない……っていうか、人によって治し方がちがうからねぇ……」
この世界の人間は殆どが大なり小なり魔力を持っているが、それを魔法として扱える人間は魔力を持っていても百人に一人程度、それも生活魔法と呼ばれるごく簡単な魔法のみの者が大半だった。
生活魔法と言えども能力によっては就職に有利なので喜ばれるが、大半の人間は魔法が使える者の恩恵に多少預かる程度。
獣人程強い魔力を持つ人間は少ないし、魔力が高く、将来魔術師団長の後を継ぐ予定のシリルもその伯父も、獣人の血を引いていた。
ちなみに人間は魔力が弱い代わりに繁殖力が他の種族に比べて段違いに高いらしく、人口比において圧倒的な数を誇っているので魔力や武力に秀でた亜人とも、その数を頼みに対等の付き合いを行えている。
そんな人間の中に稀に生まれるのが魔力過敏症と呼ばれる体質を持つ者で、症状は様々だがミリオラ・メネットの場合は大気中に含まれる魔力と体内の魔力の質が合わず、ミリオラの体を弱らせている、と診断されていた。
メネット侯爵は大金を積んで治療法を求めているが、元々人間の中では数の少ない力の強い魔法使いは殆どが国家か神殿に囲われて日々の仕事に追われているし、シリルの伯父も例外ではない。
その合間に診察や調査をしてもなかなか進まないし、侯爵としても国王に願い出て短時間の出張と病と闘う体力を回復させる治癒魔法を依頼している身だから本腰を入れろとも言えない状況だった。
相応の金を出せば雇える獣人は魔力こそ強いのだが攻撃魔法に特化しているから治癒はあまり得手でなく、治癒が得意なエルフは遥か遠い大森林の奥深くから滅多に出て来る事が無い。
それ故、魔力過敏の体質を持って生まれた者は余程の金持ちでもない限りは幼いうちに死んでしまうし、裕福な家であっても成人前後までしか生きられない事が多かった。
「……ミリオラ嬢も良い子なんだよな。起き上がるのも辛いのに、いもうとやあそこの飼い犬にも優しくしてるし、頭も良いし……それにあの子、殿下の事が好きだろ?」
娘に病と闘う気力を与えて欲しい、と乞われて時折見舞いに赴くエルンストに伴われ、三人もそのたびにミリオラと会っている。
病故にひどく痩せた少女は明らかにエルンストに恋をしていて、見舞いに行くと血の気の薄い白い顔に笑みを浮かべて歓迎してくれていた。
エルンストはその身分と容姿もあって様々な少女から同じような目を向けられるために、それが特別な想いを籠めたものと気付いていないが、端で見ているアルフレッド達には良く解る。
メネット侯爵がミリオラ嬢を王子の婚約者に推薦し続けているのは、権勢を求めての事もあるが、同時に王子に恋をしたミリオラ嬢の生きようとする気力をもたせる為でもあるのだろう。
彼らが初めての恋をしたのはエリザベスだったが、同じ年齢の少女が辛い病を抱えている姿を見れば同情もするし、回復して欲しいと思うのは当然の事だった。
「……キャロライン嬢もミリオラ嬢も、親の問題と病がどうにかなれば、エルンストのこうほになる。レリック公爵は乗り気じゃないと聞くし……どのみち、結婚はあと十年は先のはなしなら、どうにかしてみるのも手、かな」
他の二人の候補の親があの手この手でエルンストと娘を合わせて気を引こうとしている中、レリック公爵はこれまで一切娘を王宮に連れて来る事も、屋敷に招待する事も無かった。
彼が美女と名高かった最愛の妻に生き写しだと言う娘を溺愛している事は有名だったから、王妃にして苦労させたくないのだろうと言われていたし、今回の事もかなり渋られたと大人達が話していたのを聞いている。
「そうだよね……どうせ殿下も、こんなことになって頭かかえてるだろうし」
「だろうなあ。もうじき来るから問い詰めようぜ」
くすりと笑ってシリルが言うと、アルフレッドとオーガストも笑う。
「で、どうにかって、どうするんだよ」
アルフレッドの問いに、オーガストが少し考えてから口を開いた。
「シリルは、ミリオラ嬢の病について研究する。大人の魔法使いとちがって、お前なら時間をかけてしらべられるだろう? ちりょう方法が見付かれば、ミリオラ嬢も助かる。ぼくとアルは、例の団体についてじょうほうを集める。子供だから入り込めるばしょもいがいと多いし、子供あいてに口がかるくなる大人はもっと多い。いますぐはむりでも、十年以内に尻尾をつかんでどうにか出来れば、キャロライン嬢もたすかるだろうし、どのみち放っておいたら大人になってからぼくらがやらなきゃいけない事だよ」
「たしかに。それで婚約がみなおされたら……僕らにものぞみはできるよね」
「なるほど……。おし! やってやるか! ……殿下はどうでるかな」
「婚約になったのはもうしわけないけど婚約解消はしたくない、ってうじうじなやみそう」
「間違いないな」
三人それぞれに言い、笑いが零れた。
エルンストと三人はもっと幼い頃からの悪友の様な物で、大人の目が無い所では砕けた言葉で話すし、尊称ではなく名で呼びもする。
少し頼りない所もあるが三人とも将来仕える事に不満は無いし、今後も長く付き合っていくつもりだった。
三人がしようとしている事は妨害工作とも言えるが、国に損害を与える事ではないし、エルンストとエリザベスの関係が良好ならキャロラインとミリオラの問題が解決しても婚約が揺らぐ事はない。
魔力過敏症の治癒方法が一種でも確立されれば他にも助かる者が出るし、怪しげな団体が黒でも白でも、それがはっきりすれば将来の不安の種も減る。
今日はいつも通り王宮に出向いたもののエルンストは婚約に関わる手続きで多忙にしているから、暇のあるうちに、と三人で様々な打ち合わせを行った。
ミリオラの病に関してはシリルが伯父の診療について行って病状を確認し、他の三人も手伝わせて王宮の書庫の資料を調べ、治療に手に入りにくい素材が必要になれば騎士になる前に冒険者も経験する様父から言われていて、来年護衛付きだが冒険者としての登録を行うアルフレッドが素材の採集、もしくはギルドを通じての入手を図る。
一神教を奉ずる団体については危険もあるだろうが、時間を掛けて情報を集め、ある程度の年齢になってから行動を起こす事にし、今はこの年齢を活かした動きのみに留める事にした。
エルンストとエリザベスの仲について積極的に応援はしないが妨害もしない、と決め、エルンストとの友情はこれまで通りで、とりあえず侍女の目がない所で軽くひっぱたく位で矛を収めようと決めた。
お読みいただきありがとうございました。
ブクマ、評価、感想、誤字報告、本当にありがとうございます。
たいへん励みになっております。
思いの外長くなったので二つに分けました。
昨日は某ハロウィンと何故か今やってるクリスマスに夢中で無限列車に乗れませんでしたが近いうちに乗りたいです。乗れるだけのストックが出来ました。
明日も13時更新予定です。よろしくお願いします。




