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【連載版】悪役令嬢は王子様より猫と一緒に暮らしたい  作者: ねこやしき


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18/32

彼女の知らない場所でー黒虎と灰色狼

黒猫ちゃんの話です。短めです。

◇◇


「レギオン、こちらへ」


 古木の影から現れた灰色の髪の青年が呼びかけると、黒い毛並みの、一抱え程の大きさの猫科の動物が茂みを揺らして現れた。


「今なら人目はないぞ」


 密かな声にそちらを見上げたレギオンは、自身の目と耳でも周囲を窺ってからするりとその姿を変え、十歳前後の少年の姿となる。


「随分楽しんでいたな。……良かったじゃないか、可愛いらしい御令嬢に遊んで貰えて。しかしなかなか度胸のあるお嬢様だ。子とは言え黒虎を猫の様にじゃらして遊ぶとは」


 揶揄いを含んだ声に、レギオンはこちらを見下ろす水色の目を睨んだ。


「からかうな、ロルフ兄上。……あの子は俺を猫と勘違いしていたんだから仕方ない。だいたい、この国では黒虎など知っている者も殆どいないじゃないか」


 獣から人の姿に変わると、やはり多少の違和感があるので軽く体を伸ばしながらため息を零す。


 故郷であるジグムントは獣人の国で、かの国において黒虎は強い魔力と膂力を兼ね備えた滅多に生まれない貴重な種族として知られていた。

 猫科の猛獣が多い家系に稀に生まれる黒虎は高い能力を持つ故に大切にされていて、末子として生まれても後継ぎに指定される事が多い。


 通常の貴族家であれば運よく高い能力を備わって生まれた事を喜べばそれで良いのだが、王家に生まれたレギオンの場合は事情が異なった。


 レギオンの母は伯爵位の猫の獣人で、四人目の側妃としての身分も種族としての能力もさして高くない。

 母を違える兄弟は男だけでも上に四人、それぞれに能力も人格も優れた立派な兄弟で、しかも年齢は長兄と十五も離れている。


 レギオンが生まれた時には既に立太子していた長兄もまた貴重な黄金の鬣を持つ獅子で、獅子である父と種族を同じくしているし、その母は公爵家の令嬢である正妃、そして高貴な豹の獣人だったから血統にも能力にもなんの不足も無かった。

 レギオンの母には野心も無かったし、正妃とも友好的な関係を築いている、というよりも愛玩されているから王室内ではさしたる問題も起きていない。


 他の兄達はそれぞれの母の種族の影響もあって一人は白獅子、一人は猫、一人は狼だが彼らは王位に興味が無く、古来から神力と魔力が強いとされる白獅子の兄は太陽神の神官となり、神殿で楽しげに神聖魔法を研究しているし、猫の兄は既に公爵家に婿入り、残る灰色狼の兄は外交と称して諸国を放浪している、つまりは目の前のロルフだ。


 しかし、国の始祖である最初の王が黒虎であった事、まだ幼いうちから強い魔力と明晰な頭脳を示したレギオンに目をつけた者達が暗躍を始めてしまった。


 もともと長兄の派閥と敵対していた彼らはレギオンを担ぎ上げようと接触を試み、何度それを拒否してもあらゆる手練手管を使って取り込もうとしてくる。

 兄とも兄の母とも親しくしているレギオンはそれを厭い、暗躍が激しくなった頃に折よく戻って来たロルフについて去年から諸国を回っていた。


 今は王命を受けて使節としてレンドールに赴いた兄と共に王宮に滞在していて、人が多い国では見慣れない姿は避けた方が良いだろうと国に入った頃からずっと人型で過ごしていた。

 しかし獣人の子供はまだ姿が安定しない場合が多く、今年十歳になったレギオンはおおむね安定して人型を取れているものの時折体が獣化したくてむずつく事がある。

 今朝はまさにその時期で、妙に体がむずついたので人が余り来ない木立の中で獣化し、息抜きをしていた所でエリザベスに出会った。


 子虎の姿のレギオンを見た彼女が浮かべた太陽の様な笑顔に目を奪われ、逃げる機会を逸したまま、レギオンを猫と勘違いしたエリザベスに付き合って鳥のぬいぐるみを追いかけ、膝に乗せられ、口付けまで受けてしまい、自分が獣人であり、彼女より少し年上の少年の姿と思考を持っているのだと知らない彼女に対して居た堪れない気持ちになる。

 しかしそれでも彼女の浮かべる微笑みと優しい声、愛しさに満ち溢れた手が心地よく、この国の王子がやって来るまでずっと付き合ってしまった。


「確かに、大きな猫ちゃんと言っていたな。レリック公爵家の娘と言えばあのダンテス殿が溺愛する掌中の珠と聞いていたが……成程、あれは美しくなるだろうな。……性格も良さそうだからお前の婚約者としても申し分ないが、どうする? 父上に打診を頼んでみるか?」


 耳の良い獣人の事、エリザベスの言葉も聞こえていたのだろう。

 膝に抱かれていた頃に見られている事に気付き、落ち着かない気持ちになっていたのだが、どうやら最初から見ていたらしい。

 ちらりと見上げれば、兄の目が面白げな光を浮かべてこちらを見下ろしていた。


「……受けて貰えるだろうか」


 呟きながら、エリザベスに貰った鳥のぬいぐるみを見下ろす。


 獣人と人の婚姻はこの国でもさして忌避される事ではない。

 間に一国を挟んでいる事、この地域にはもともと人間の方が多い事もあって獣人は多く住んではいないが、貴族の中にも獣人と婚姻を結んだ者はそこそこいるし、獣人とはいっても獣化か半獣化しなければ人間と姿は変わらない。

 むしろ、獣人と人間の間の子は獣化できなくとも強い魔力を持つ事が多いから、積極的に婚姻を結びたがる家もそれなりにいる。

 しかし、掌中の珠と言わしめる程の娘を異種族と結婚させるとなればそれなりの理由が必要では無いかと思えた。


「元々今回の訪問自体が、今後の国交強化の為の下準備だ。それなりの貴族同士か王族との婚姻を結ぶ話も出ているし、ジグムントの第五王子と公爵家の令嬢なら家格も合う。お前がこの国に入るなら受けて貰える可能性もあるぞ。御令嬢はどうやらかなりの猫好きの様だしな。第一王子の婚約者候補とは言うがこの国では十歳で確定するのが一般的だから、先に申し込んで、国益に適うならば目もあるだろう」


「……猫好きだから虎と結婚したいとは限らないじゃないか」


 間近で向けられたこれ以上ない程の愛情が籠った微笑みや優しい声、柔らかな髪の感触を思い出しながら言うと、ロルフは肩を竦めた。


「あれは多分ルイーザと同じ人種だと思うぞ」


 ルイーザはロルフの妻であり、無類の犬好きだ。

 外遊中に狼の姿で息抜きしていたロルフに危うい所を助けられた後、彼女の実家である伯爵家で首輪を付けて飼おうとし、慌てて人の姿に戻って獣人である事を証明した結果熱烈に口説く方向に切り替えて見事理想の夫を手に入れた。

 旅を好む女性だったからロルフの放浪まがいの旅にも喜んで同行し、今回の外遊にもついて来ている。


 狼の夫を得ても相変わらず犬を愛でているし、猫も好んでいるのでレギオンも虎の姿でいるといじられ、獣人だらけの国は天国だと言っていた。

 彼女と同類であれば、確かに喜ぶだろうが貴族や王族の結婚は個人の好悪ばかりでは片付かない。

 異国から突然ルイーザを連れて帰ったロルフの場合は母が女傭兵だからこそ許されたのだろう。


 ロルフの母は気風の良い強い女性だが平民で、父とは戦の際に彼女が所属する傭兵団を雇った時に知り合ってその強さに惹かれたらしい。

 獅子の獣人は獅子と同じく妻を複数持つのが普通だから、既に二人の妻を持っていた父は心惹かれた彼女を熱烈に口説き、ほだされた彼女に受け入れられたが本人が堅苦しい王宮暮らしを嫌がり、今は王国所属の戦士団の鬼の指導教官として新兵達を震え上がらせている。

 そういった身分を理由にしてロルフは早いうちから継承権を放棄し、外交をしながら気楽にふらついていたので、恋に落ちた女性が異国とは言え伯爵令嬢だった事もあり、多少反対もあったがどうにか結婚にこぎつけた。

 

 しかしレギオンの母は伯爵令嬢で、尚且つ相手が異国の公爵令嬢となれば国同士の思惑が深く絡むから、まだ子供のレギオンにも如何に難しい話か理解できる。

 それでも可能性があるのならばそれに賭けたいと思った。


「……帰国したら父上に奏上してみる。兄上も口添えをしてくれるか?」


 意を決して兄を見上げると、大きな手がぽんぽんと頭を撫でた。


「勿論。私の仕事や国にとっても都合が良い縁組でもあるし……お前も無類の猫好きの妻を持つ苦労を味わうがいい。うちは犬だが」


 にやにやと笑いながら言う兄は、苦労とは言いながら義姉と過ごす時には幸せそうにしているし、結婚してからは昔より人当たりが柔らかくなった事も知っているから、苦笑と共に感謝を伝える。


 まずは父王に打診した上でなければエリザベスの父へも話を持っていけないから、まずはこの国で果たす役目を終えてから、と結論付けた彼らが帰国の直前にレンドールの第一王子とレリック公爵令嬢の婚約が公表され、レギオンが深く落ち込む未来が来る事をまだ二人は知る由もなかった。


 本来であればこの王宮の庭でエリザベスとレギオンは不幸な出会いをし、動物に物を投げつけて追い払う上、酷く我儘な令嬢として記憶され長じて後に再会した折には彼女の破滅にレギオンも関わる事になっていたが、その可能性はここで潰え、また未来が一つ変わった事も、やはり誰が知る事も無かった。

お読み頂きありがとうございました。

ブクマ、評価、感想、誤字報告ありがとうございます。

また明日も13時更新予定です。

ストックが今日中にもう少しできたらレイトショーの無限列車に……乗りたい……




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