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ゆめものがたり  作者: Eve
3/5

日常

/02


お互いにバタバタと身支度を整えて、今日も無価値に職場に出社をする。流石に着の身着のまま送り出すことは出来ないので自宅の心許ない設備を貸出すことで上手く取り繕うことは出来るだろう。


「少しでかいけどまぁなんとかなるべ」


「少しどころじゃないけれど流石に草臥れたシャツでは出社も出来ないから助かる」


ーありがとう。


独り身の男性にとって洗濯は本当に面倒くさい。一週間が持つようにストックしていた新品のシャツを貸し与え、上手く対応するようにさせた。


「ねぇねぇ。なんか香水とかないの?」


「あるわけねぇ。非モテの男子なめんなよ?つかこっちもギリだ。いい加減家出るぞ」


時計を眺めてそこまでの余裕かないことを確認し、さっさと家を出ることを促す。そんな態度に深緒は不満を覚えつつも、仕方ないか、と言外に表情で示し荷物を持って玄関へと向かった。


「忘れもんはないな?」


「大丈夫大丈夫。忘れても取りに来るから」


実にアクティブな娘だと思いながら施錠を済ませ通勤路に足をのせる。こんな日がまたあると思うのだろうか?


「ねぇねぇ。連絡先交換しよ?」


「断る」


湊は深緒の言葉に対して食い気味に返答した。これ以上は付き合いきれないと。これ以上は本当に自分の世界観が壊れてしまうと。言葉少なに彼女に対して拒否を示した。これで終わり。ここで終わり。続けることは出来ないと。


「そーいうとこが非モテの根源なんじゃないの?」


「そこらへんをとやかく言われたくはないね。別に身体の関係性を持った訳でもないしキレイさっぱり終わりにしようぜ?」


そう。

これでおしまい。

先に進むことは無い。


「はいはい。そーね、そーですねー」


不貞腐れたように言葉を返す深緒ではあるが特に気にした様子でもない。テクテクと湊の先を歩き駅へと向かう。


ー弱虫。


聞き取れなかった言葉が風に乗る。行く宛てのない言葉は喧騒に飲み込まれて消滅していく。その真意を汲み取れたのは果たして誰なのだろうか?


「じゃぁな、息災で」


「じゃぁね、お元気で」


お互いに別れの言葉を吐き出して、そのまま駅で別れた。ここが終着点。前に進むことも後に下がることも無い。それぞれがそれぞれに道を歩んでいく。さぁ日常に帰ろう。


ー日常とは何か?


既に一部に取り込んでも構わないと嘆いているのに日常に帰るとはなんなのか?

答えのない自問に頭を抱えながら日常に帰る。これが寂しい、そんな感情であることに気がつくことなく日常に帰る。


「艶がありますね」


出社開口。

意味のわからない言葉を紡ぐ後輩に頭を抑えつつ、手元にあったPCを開きながら後輩に言葉を突きつける。


「艶があるとは?」


「文字通りっすよ。ハッピーな憩いでもありましたかい?」


うるせぇな。

シンプルな思いが視線に籠る。視線で人を殺す、とはそういうことなんだなと思いつつ後輩を睨みつけていると、両手を上げて退散していく後輩。そんな背中を睨み付けつつ湊は嘆息を零す。


「やれやれ……優秀なのは認めるんだけどね」


小さく愚痴を言いながら朝の業務を開始する。メールのチェックに始まり、理解の覚束無いシステムに対してマニュアル通りにテストプログラムを走査しつつ、結果を纏めあげていく。定時内での作業内容を頭の中に描きつつ工程を組み上げてどこまでやればいいのかを明確にして、していきながらも違うことに対して思考を廻していく。


「何を考えているのやら」


昔から考えすぎる嫌いはあったが、今回に関してはそれ以上である。キレイさっぱり無かったことにして忘れ去りたいとさえ思っている。とはいえ自分で蒔いた種であるが故に忘れることなど出来るわけがなかった。モヤモヤとした気持ちを抱えつつ作業をしていると時が経つのも早く、気がつけば昼休みを迎えることとなった。


「珍しいですね。私の予想では既に工程の七割くらいは消化してると思ったんですけど」


「こんだけやってれば充分だろ。定時までには余裕で終わるさ」


口の悪い後輩がパソコンを覗き込み作業内容に口を出してくるが気にすることなく答えを返す。そんな答えに、ふーん、と静かに答えると昼飯の誘いが掛る。嫌いではないが苦手なタイプなのであまり一緒にいることは無いが性格の相性が良いせいか一緒にいることは職場の誰よりも多い。偏に自分の性格の悪さが相まった結果ではあるのだが、それについては見なかったことにしている。


「んでなんかあったんすか?」


決して高くも安くもない普通の定食を食べつつ雑談に興じる。大体は後輩の身の上話になることが多いのだが、今回は違った。探りを入れてくるかのように質問をしてくる。別に隠すようなこともないので普通に答える湊だが、その返答に対して驚きを隠せぬ後輩は目を丸くして湊の話を聞いていた。


「うっわーなんだろ?先輩って偶にそーいうスケコマシなところありますよね?」


「言うに事欠いてスケコマシか。言葉が重いっての。別に籠絡もなんもしてねぇよ。あと箸で人を指すな。その眼くり貫くぞ」


「こぇぇよ、やめてよ暴力行為!パワハラで訴えますよ!?いや訴えましょう!!」


勘弁してよ、と言葉を返し手元の定食に手をつけていく。後輩もそれに倣うようにしてパクパクと食事を平らげていく。無言の食事ではあるが決して悪いものでは無い。そういった意味では本当に悪い関係性では無いのだ。食事を終えて残りの休み時間を煙草という消化剤で有意義に過ごしていく。


「いやしかしまぁ」


「ん?」


湊が煙草で時間を無為に過ごすならば、後輩はスマホを弄りながら時間を無為に過ごす。そんなどうでも良い時間をお互いに有意義でありながら無意義に過ごす。


「家まで連れ帰ったなら手ぇださないと失礼でしょ」


「悪いがそういうのは親の腹の中に忘れてきたらしい」


プカプカと煙を吐き出しつつ後輩の意見に答える。忘れてきたつもりは無いが、この社会情勢を鑑みるとどうしようもないのだ。墓場、とまではいかない。それでも生きるのは辛いのだと思わずには居られない。


「聞いたことないけど結婚願望とかあるんですか?」


「ないよ。こんな人間と一緒に居ても幸せになんかなれねぇしな」


「実に独りよがりな意見なことで」


ダメだこりゃ、と手にしていたスマホをテーブルに投げ捨てながら後輩は嘆息を零した。


「先輩が知ってるかどうかは知りませんけど意外と声は上がってるんですよ?」


「あまり聞きたい声ではないけど……」


ーそつなく仕事をこなし、面倒見もよく、独り身の三十代。貯金もしていそうな将来設計にブレがなさそうな先輩は意外に狙われてます。


聞きたくなかった妄言に呆れつつ新しい煙草に火をつける。本当にアホらしい。日々日々煙草と酒とギャンブルに費やしている人間としては、本当に見る目がないなと溜息をこぼす他なかった。


「そーですよねー。先輩ってホント救いようのない坊主ですもんねー」


ほんと五月蝿いなと思いつつ傍にあった伝票に手を伸ばし席を立つ。その姿に手を伸ばす後輩であったが即座に一蹴する。


「雑談の礼だ。気にすんな、少なからずお前よりかは貰ってるからよ」


「ならお言葉に甘えて」


特に気に止めるようなことも無く軽く礼を言い放つ後輩に少しばかり頭を抱えつつその場を後にする。フラットな関係性。こういうのも悪くは無いと少し頭を抱えてしまうが、そんなものかと一人納得しつつ支払いを済ませる。その後は特に記載することも無く仕事をこなし一日が仕事に埋もれていく。無価値な仕事であっても、価値の出る仕事なのだ。仕事無くして人は生きられない。


ーパタン


定時を迎え手元のパソコンのモニタを閉じる。周りにはカタカタとタイピングを続ける音が聞こえているが、それを無視して立ち上がる。そして扉を開け放ち境界線を潜る前に一言だけ、お疲れ様でした、と誰かに届いているようで届いていない挨拶を行い会社をあとにした。

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