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アカネの道  作者: 西陽です。
第弐章 強者たち
9/21

第漆話 遠征までのバスの中で

遅くなって申し訳ございません。

 

「・・・えー、では、楽しいゴールデンウィークを過ごしてください。くれぐれもはっちゃけすぎて事故や事件を起こさないこと。また、巻き込まれないこと。あとは、ゴールデンウィークの課題をきっちりやってくること。あとは・・・」


 長い、長すぎる。なんでこの後クラスの清掃があるというのにこんなに長く話さなければいけないんだろう。「あと」が多すぎる。話している最中の「えー」とか「あー」とか多すぎる。もっと省略できるだろ。省略したとしても長いとは思うが。


「では、話が長くなりましたが、楽しいゴールデンウィークを。とその前に今週の掃除係はちゃんとしてってくださいねー、それでは、さようなら」


 楽しいゴールデンウィークという言葉を二度言ったことにこの教師は気づいているのだろうか。そんなことよりも、早くいかないと。朱祢は挨拶が終わると、急いで道場へ向かった。


 やはり遅くなった。「廊下を走るな」という張り紙を無視してきたというのに、朱祢は一番最後に到着した。


「急いで支度して。防具は積んであるから、ジャージに着替えて荷物持って」


 部長の丸山が言葉がけをし促す。


「はい!」


 遠征用の荷物の中から、赤いラインの入ったジャージを取り出し、急いで着替え、外に出た。

 そして荷物をトランクルームに投げ入れた。


「全員集合!」


 丸山の合図で、部員全員が清田の前に整列をした。


「明日の遠征の為に今から滋賀に向かう。ただ、このバスに乗るのはお前らだけじゃなく急遽久能西高校も乗ることになった。滋賀まではそれなりに長い道のりになるから気持ち悪くなったらすぐに運転手である俺か副顧問の道重先生に言うこと。いいな?」


「「「はい!!!」」」


「それと、これは遠征であって遊びじゃない。気を引き締めて臨め、以上だ」


「気をつけ、礼!ありがとうございました!」


 丸山が先に挨拶をし、それに続いて部員が挨拶をした後にバスに乗り込んだ。

 バスの中は見た目通り広く、滋賀まで行くのに窮屈にはならなそうだった。

 これを運転するには大型免許が必要だが、先生方は遠征の為に免許を取っているとしたらありがたいな、と思いながら、朱祢は奥から座っていった。


「おーい、ババ抜きやろうぜえ」


 出る前に言われたことをすっかり忘れたのか、堀田がトランプをシャッフルし始めた。

 いや、忘れてなかったとしても移動中は暇で仕方がない。寧ろ、トランプを持ってくるのは普通と言えるだろう。

 おそらく、運転席と運転席付近にいる顧問、副顧問にも堀田の声は聞こえているだろう。これくらいのことは目をつむってくれるらしい。


「じゃあ、仲野以外の1年生は全員参加するとして...」


「ちょっと、強制ですか...」


「いいじゃん!楽しいから絶対!先輩たちはどうします?」


 堀田は、シャッフルをしながら3年生にきいた。


「悪い。俺はパスで。寝不足だから睡眠取るよ」


 丸山はそう言い、すぐに眠る体勢に入った。


「日野先輩はどうです?」


「んー、俺はやるよ。スマホの充電やばいし、大勢でやってなんか楽しそう」


「じゃあ、日野先輩と俺と波音と丸尾と近野、坂本、姫ちゃん、鍋田の8人が参加者ね」


「その姫ちゃんってのいい加減やめてくれませんか?」


「絶対に嫌だ♡」


 これからもずっと言われるのだと思うと頭が痛くなってきた。


「・・・というか武田先輩はやらないんですね」


 そういえば堀田が数えた中に、武田の名前が確かなかった。


「あ~。ブタは乗り物酔いするから早めに寝るように心がけてるんだって。出荷の時とか大丈夫なのかな?」


「聞こえてるぞ堀田ぁ!」


「寝てなくて平気?いい肉として売れないよ?」


 堀田が武田を煽る。


「お前後で覚えとけよ...」


 その言葉を吐き、武田は眠りに入った。

 言われた堀田はヘラヘラしていて降りた後どうなるのかは考えていなそうだ。


「それじゃあ分けてくよ」


 堀田がシャッフルした山札を、8組に分けていく。

 そしてそれを適当に渡していった。


 朱祢は配られた手札の中を確認する。

 1枚、2枚、3枚...よし、ババはない。

 そのことに安堵してホッと息を漏らすが、そこで気を引き締めないといけないことに気づく。

 トランプでは、表情を読まれないことが大切だ。表情を読まれることは、負けやすくなるということだ。

 今のでババがないことはバレたかもしれない。これからは無表情だ。

 朱祢は顔を固めた。


「じゃんけんね。じゃんけん...ポンッ!あいこでショッ!ショッショッショ!・・・波音が勝ちね。なら波音から右回りで!」


 波音から右回り。ということは、朱祢は坂本から引き、近野に引かれることになる。

 ここ1ヵ月くらいで、部内での関係について分かったことがある。

 日野と丸山は3年同士ということでやはり仲が良く、部を2人で引っ張っている。

 丸山が一番頼りにしていると思われるの2年が丸尾で、丸尾は2年のまとめ役という感じだ。

 2年はもちろん仲が良いのだが、その中でも仲良しに見えるのがやはり堀田と波音で、先生の目が届かないところでいつもふざけていたりもしている。

 そのコンビに新しく入ったのが近野で、近野も二人と地稽古(これまでの稽古で培ってきた技を出し合い、お互いの技を磨き合う稽古のこと)のときによくふざけているのが見られる。

 1年はまだ仲の良さがわからないが楽しそうなことには首を突っ込んでくるのが近野だ。

 まだ1ヵ月ほどだが、楽しそうな部活であることはわかった。


 ゲームが始まった。

 波音が日野の手札から1枚引き、次に堀田が波音の手札から引いていく。

 順調に回っていき、ついに朱祢が引く番となった。


 坂本とは小学生のころからの仲だ。小学校6年生の頃は同じクラスになった。

 その時に、仲の良い友達同士でババ抜きを何回かやった。その時の癖がまだ同じならば、坂本の手札にババがあるのかどうかを見抜くのは簡単だ。

 坂本はババがある時、上唇を少し舐める癖がある。

 その癖がそのままなら、あとは簡単だ。ババを引かないように坂本の目を見ればいいだけである。

 そして癖が出なかった場合は堂々と引いて、ペアを作ればいい。

 早目に上がってみる側に回り、見るのを楽しみたい。

 ゲームというものをあまり触ってこなかった分、ゲームを見ていることがいつの間にか好きになっていた。

 皆でやるのも楽しいが、見るのもまた、やっているのと同じくらい面白いのである。


(とりあえず、唇を舐めてはいないな。よし、ペアが取れるように祈って引いていこう)


 朱祢は慎重に選び引いた。


 ダイやのジャックだ。


 今朱祢の手札にはスペードのジャックがある。ワンペアできた。

 残り手札5枚。

 次に近野に手札のハートの6が引かれて4枚。

 近野もちょうどペアができたようだ。

 2巡目もよく順調に回ったが、朱祢の前で異変が起きた。


 坂本が、上唇をなめたのである。


 坂本の手札には、JOKER(ババ)がある。そう確信した。

 後は、坂本の目を見ながら引いてあたりを見つける。それだけだ。


 そんなことを思っていたら、坂本が真ん中のカードを引き抜いてくれと言わんばかりに引き上げた。


(フッ。そんな子供だましに引っかかる俺じゃねえ!)


 そう思いながら、朱祢は一番右のカードを引いた。

 引き抜くときに微妙に抵抗があった。これはババじゃない。

 ババ抜きでは坂本に負けない。そんな自信があった。


 引いたカードを見るまでは。


「何ぃ!?」


 驚きすぎて声が出てしまった。

 表情も固まった状態から一気に緩み、ポーカーフェイス(笑)の状態である。


 引いたカードは、JOKER(ババ)だった。


 しまった。あんな子供だましを気にかけていたから、坂本の目を見ずに引いてしまった。






 □






 バカだな、朱祢は。お前ひとりだけが相手の弱点を知ってるわけないだろ?


 坂本は、手札で口角の上がった口元を隠しながら、心の中でそう思っていた。


 坂本も朱祢とやっていたころの記憶は覚えている。

 付け加えると、朱祢の弱点も自分の癖も知っている。


 朱祢の癖は、真ん中のカードを突き出すと、朱祢から見て一番右を引きやすいこと。

 もう一つは少し強くカードを持つとそのカードを引きやすくなるということ。

 それを同時に行えば、朱祢はほぼ確実にJOKERを引くのだ。


 これは坂本が一枚上手だった。

 坂本の癖は直すべきなのかもしれないが、それでも手札にJOKERが来たのかがわかる程度。

 朱祢ほどゲームの難易度を自ら上げるものではない。


 坂本は、JOKERを取って取り乱している親友を見て思う。


(お前...他人にJOKERが来たってのバレバレだぞ)


 それでも心から楽しんでいる親友の姿を見て、坂本は思わず笑ってしまった。






 □






 いつの間にか久能西高校の部員が乗ってきていたが、ババ抜きの最終局面となっていた朱祢達は気付かなかった。

 最後に残ったのは堀田と朱祢で、手札は朱祢が2枚、堀田は1枚。


 朱祢は2枚の手札をいつまでもシャッフルし続けていた。


「ねえ姫ちゃん。いつまでもシャッフルしてないで早くしてよー。俺集中力きらしちゃうんだけどー」


「いい加減その呼び方やめてくださいよ。集中力が落ちたほうが俺的にいいんですけどね」


「あ、いいこと思いついた」


「それ絶対嫌な予感しかしないんですけど」


「このババ抜きで、姫ちゃんが俺に勝ったらこの呼び方やめてあげるよ」


「今すぐにでもやめてほしいんですけど」


「それは無理☆」


 朱祢の口からため息が出る。


「それでもし、俺が負けたらどうなるんです?」


「俺の言うことを何でも聞く」


「その賭け絶対にやりません」


 堀田が要件を言ったとき朱祢はすぐに断った。


「えー、乗らないの?男らしく、乗らなきゃいけないんじゃなくて?」


「そ、そんな挑発には乗らないですよ」


「外見も中身も女の子かー?おー?」


「やってやろーじゃないですかああああ!!!」


 堀田の小学生レベルの煽りをうけこちらも小学生レベルの脳みその持ち主の朱祢が遂に挑発に乗った。


「よし決まり!さあ、勝負だ姫ちゃん!」


「二度とそう呼ばないようにしてあげますよ!」


 賭けが成立し、ババ抜きは遂にクライマックスだ。


(と意気込んだはいいけど、目でバレるようにはしたくないな)


 できるだけ負ける要素は捨てたい。作戦を練る。

 相手をじっと見るようにする・・・いや、絶対手札に目が向くし何より堀田の顔をずっと見ているというのは気持ち悪い気がする。

 どうすればいい。

 どうにか見なくする方法は...方法は...


 そうだ。


 最初から見なければいいのではないか。


 朱祢は目をつむりながらシャッフルした。

 そしていい感じに混ざったと思い


「どうぞ!引いてください!」


 腕を前に伸ばした。


「どっちにしようかな~」


 おそらく堀田は今、手を左右に動かしながら選んでいるはずだ。

 そんな空気が伝わり、思わず朱祢は唾をのむ。


 そして


「こっちだ!」


 その言葉とともにカードが1枚抜かれた。


 つむっていた目を開けていく。

 勝率は50%。どちらが勝っても負けてもおかしくはない。


 目を見開いて自分の手札を確認した。


 JOKERだ。


「よっしゃー!俺の勝ちぃ。フ~!」


「クッソオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 堀田が勝利の歓声を、朱祢が敗北の悲鳴を上げた。


「じゃあ姫ちゃん俺の言うこと聞いてね!」


「嫌です...けど...わかりました何です?」


「それは、また今度お預けーってことでぇ」


「なんですかそれ」


 こうして第一次トランプ大戦ババ抜きの部は終わった。


 すると丸山が起きた。


「お前らうるさい」


 不機嫌な声で少し叱り、また眠りに入った。

 滋賀まではまだ少しかかりそうだ。

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