英雄という少年
英雄と名付けられた少年は、正義感の強い両親によって育てられた。
少年が、小学生の宿題で母親に名前の由来を聞いたときに「ヒーローのように、誰かを守れる人になってほしいから、この名前にしたのよ」と言われた。
他人からしたら、とても重い。人物を簡単に呼ぶ為だけのものに、ずいぶんと重い責任を、おまけとしてつけられた。
しかし、この時の少年は、とても素直に受け入れた。日曜の朝にやっているアニメのヒーローのように、おなかがすいている人に食べ物を分けているあのヒーローのように、そのようになりたいと素直に願った。
だが、少年は次第に現実を知った。自分は誰かを守ることなど、できるわけがないということを。自分はヒーローになれるわけがないと。
少年は、ヒーローという夢を諦めた。
ただ少年は自分のことで精いっぱいで、他人にかまっている暇などなかったのだ。
少年は、自分の名の意味を忘れていった。
他の子どもと同じように、群れを成し、単独を笑い、それを悪だとは思いもしなかった。
だがある時、少年はある日を境に、変わった。
小学校が終わり、いつものように友達と遊ぶ約束をし、家に急いで帰ろうと思った。
階段の踊り場で、ある生徒がいじめられてるところを見た。
近所に住んでいる雀間朱祢という少年だ。それをいじめているのは2組のやつらだろうか。
別段変わったことのない、群れによる孤独に対する攻撃。
この後予定もあるし、少年は帰ろうとした。その時
「助けて」
その声を聴いてしまった。
孤独になっているがゆえに群れに攻撃をされている、その者の声が。
普段ならば助けなどしない。孤独になっているやつが悪いのだ。いつもならそう思い込み、無視をする。
だが、この時は無視してはいけないと、なぜか、そう確信できた。
「おい、やめろ!」
気づいたときには、声が出ていた。
「ああ、てめえ誰だ?」
「こいつ、3組の坂本じゃない?」
「へえ。お前、こいつになんか用あるの?」
群れが、坂本に吠える。坂本は一瞬たじろいだが、言葉を返す。
「別に。ただいじめているのがダセえなって思っただけだ」
今まで無視をしてきたのに、何を言っているのだろう。ただ、ここだけは無視できなかった。
「はあ?お前何格好つけてんの?ヒーロー気取りかよ」
ああそうだ。ヒーロー気取りだ。だが、それがどうした。
「そういえばこいつの名前、”エイユウ”っていうらしいぜ。おもしろ!」
そうだ。今更ながら、名前の責任に気づいた、バカな英雄だ。
「お前もやられたいのか?ああ!?」
なにか口にしなければ。体が先に動いてしまった割りには喧嘩などしたことがない。
「そんなことしていたら、お前の好きなあかりちゃんから嫌われるぞ」
「!?」
リーダー格の男子が好きな女の子の名前をとっさに思い出した。どうやら効いたようだ。
「うっうるせえし!別に好きじゃねえし!嫌われねえし!」
「俺、あかりちゃんに告られたし、付き合って今のこと、話してもいいだぜ?」
「!」
口からでまかせだが、坂本の見た目、運動神経も相まってどうやら効いたらしい。ヒーローとは思えない攻撃だが、こいつを守らなければいけない。
「お、覚えとけよ!お前ら行くぞ!」
悪の組織の下っ端のように、群れが去っていった。
「大丈夫か?」
朱祢に声をかけた。ヒーロー気取りが、ヒーローのまねごとをした。まさに偽善者だ。
「あ、ありがとう...」
その言葉だけで、よかった。この時だけ英雄でいられたならば満足して、また、元のような生活に戻れるだろう。
「今まで、誰も助けてくれなかった。誰もかれもが、無視をしてきた。
けれど、君は...坂本君は助けてくれた、僕にとって、君はヒーローだ。第二のヒーロー」
その言葉が、坂本を、元の道に戻ることをできなくした。
今まで、無視をしてきた。この酷いいじめに対しても、孤独でいるほうが悪いのだと思い込んできた。
そして、自分の名前にも、両親が願った思いにも無視をしてきた。
自分が英雄になれる器ではないということは、わかりきっている。
だが、今後は、今からは、こいつの、朱祢だけの英雄でいたいと、そう願った。
こうして正義感の強い、坂本英雄という男が作られたのだった。